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第219話 新居

「ちょ……離れろ……俺を社会的に殺す気か?」

翔太は雫石を引き剥がそうとしたが、彼女の力は思いのほか強かった。


「私はへーきだもん!」

「これからも芸能活動続けるんだろ? キャリアに傷がつくぞ?」


翔太は辺りを見回した。

幸いなことに、雫石たちは卒業式が終わってすぐに出てきたようで、校門の人出は少なかった。


「ひかりのご学友の方ですね。私は霧島プロダクションの関係者で、今は彼女の保護者のようなことをやっています」

翔太はコアラのように抱きついている雫石をスルーしつつ、目の前の少女に挨拶をした。


「あ、あのっ。わたしはひかりちゃんと同じクラスの遠藤といいます」


遠藤と名乗った少女は呆然としていたが、翔太に対してしっかりとお辞儀をした。

学校の佇まいからして、ここの児童は育ちがよいのだろうと推察した。


雫石は翔太が『ひかり』と名前を呼んだところで、腕に込める力が強くなったことを感じたが、それを悟られないようにした。


「遠藤さん、ご丁寧にありがとうございます。

ご歓談のところ申し訳ありませんが、ひかりは仕事があるため、失礼させていただきます。

今後とも、彼女とは仲良くしてあげていただけると助かります」

「はい、もちろんです!」


翔太はできるだけ自分が怪しい人間でないことを強調しつつ、雫石を回収した。


***


「はー……マジで焦った……お前とんでもないことするんだな」


翔太は運転しながら、雫石にこぼした。

雫石は学内でもパーフェクトヒロインを演じているのだろうと思われた。

したがって、自分のイメージを壊すことをするとはとても思えなかっただけに、翔太は度肝を抜かれた。


「ふーんだ。私を驚かせたバツよ」

「急に決まったんだから、仕方ないだろ……遠藤さんはアレで大丈夫だったのか?」

「見てのとおり、すごくいい子よ。あることないことを言いふらしたりはしないわ」


雫石の人間観察力は一級品だ。

その彼女が言うのであれば、本当に問題はないのだろう。


「皇さん……ここなら柊さんでいいわね、運転できたんだね?」

「まぁな、いつもは橘さんが運転してるんだけどな」


翔太が運転しているのは霧島プロダクションの社有車だ。

柊翔太は学生時代に運転免許証を所有していた。

石動景隆も運転免許証を持っており、運転経験もあるため、翔太が車を運転していることに問題ない。

雫石には後部座席に座ってほしかったのだが、彼女は頑として助手席に座ると言って聞かなかった。


「それで? 私をどこに拉致するつもり?」

雫石はその年齢にとても似つかわしくない妖艶な表情で翔太を見つめながら言った。


「俺相手に演技してどうするんだ……お前の新しい住処だよ」


橘は雫石のために社宅を用意していた。

グレイスビルが所有する物件で、霧島プロダクションの関係者のみが居住しているため、セキュリティは万全だ。

霧島プロダクションと雫石の契約はこれからだが、橘は雫石の安全を優先して住居を用意していた。


「わぁ、楽しみ……ねぇ、柊さん?」

「なんだ?」

「柊さんって、料理得意なんでしょ? 今晩の食事を作ってよ」

「職務外だ」

「じゃあ、仕事だったらいいってことだね」


雫石は携帯電話を取り出して、電話をかけた。

おそらく、相手は橘であろう。

(あれ? 選択肢を間違った……か?)


「――はい、ありがとうございます。柊さんをお借りします」

電話を切った雫石は、満面の笑みを浮かべていた。

(どうやら、間違ったらしい)


「今晩はよろしくね♪」

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