第218話 いい娘役
「あった、ここか。スマホの地図アプリがないとツライな……」
翔太はある人物を迎えにいくため、とある小学校に来ていた。
(これで公立なんだから、都会の学校ってすげぇな……)
校門の周りはコンクリートの壁に囲まれ、その上には緑豊かな植物が植えられていた。
壁にはツタが絡まり、都会のビル群の中でも自然の息吹を感じさせていた。
校門には卒業式の看板が掲げられ、その日が特別な日であることを告げている。
「今は式が終わったところか、間に合ってよかった。
しかし、何でこんなことに……」
翔太は自分が知らない小学校に来た経緯を思い返した。
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「すみません、柊さん。お願いがあるのですが――」
グレイスビルで作業をしていた翔太は、橘に頼みごとをされていた。
「雫石の卒業式ですか?」
橘の依頼は雫石の送迎だった。
「彼女はまだ当事務所との契約が済んでいません。
したがって、当事務所の人員が接触すると、余計な混乱や憶測を招いてしまいます」
「なるほど」
橘の言い分は理解できた。
翔太も出入りの業者ではあるが、霧島プロダクション側の人間と認知できる者は限られるだろう。
「念のため、皇の格好のほうがよいですかね」
「そうですね。お手数をお掛けしてしまいますが」
橘は申し訳なさそうに言った。
とはいえ、一人の少女を送迎するだけなので、かなり美味しい仕事ともいえる。
翔太はアクシススタッフに所属していたときよりも、高い単価 ※1 で契約しているため、こんな簡単な仕事でお金をもらうのは多少の後ろめたさもあった。
しかし、橘が許可を出していることは、霧島が許可を出したこととほぼ同義であるため、後で問題になる可能性は皆無だ。
「あの、立ち入ったことですが、雫石の両親は健在なんですか?」
「そうですね……柊さんはある程度知ってもらったほうがいいですね。実は――」
雫石はプロ野球選手並みに稼いでいた。
このことが、雫石の両親にとっては良くない結果をもたらした。
雫石の家庭環境は一変し、両親は雫石の収入を当てにするようになった。
変わり果てた両親に、雫石はいい娘役を演じていたが、限界が訪れて別居しているとのことだった。
(雫石は私生活ですら、演技しているのか……おそらく、学校でも……)
翔太にとって雫石は面倒な相手であったが、雫石の境遇には同情を禁じ得なかった。
→→→
「なっ……なんで……?」
卒業式が終わり、雫石はすぐに現れた。
交友関係を広げないようにしているのか、友人と思われる少女と二人だった。
雫石は小刻みに震えながら何かに耐えているようだった。
「あー、雫石……あれ、ここじゃ違うのか? とにかく卒業おめでとう」
(そういえば、雫石の本名を確認していなかった……)
翔太は自分が芸能界関係者と名乗れるようになるのはまだまだ先だなと思っていたところで、雫石はとんでもない行動に出た。
「ったー!」「うおおぉぃ」
雫石は翔太に駆け寄り、飛びつくように抱きついた。
友人と思われる少女は、驚愕のあまり、口をパクパクとさせていた。
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