第211話 競合
「あれから社内の雰囲気が悪くてねぇ……」
田村はうんざりしたように言った。
翔太は田村から部長の田口派と、副部長の大野派に分裂したところまでは聞いていた。 ※1
翔太が、アクシススタッフに在籍していたときは、アストラルテレコムか霧島プロダクションに常駐していたため、アクシススタッフの社内の雰囲気は元がどうだったかもわからなかった。
上田はアクシススタッフでは社内の営業をやっており、田村は自社が提供する教育事業『テックバンテージ』の講師であることから、社内事情は翔太よりもずっと詳しい。
「田村はバンテージの仕事をしている分には気にしなくていいんじゃないの?」
上田は古巣には特に興味はないようで、あっさりと言った。
教育事業は大野の管轄にあり、オペレーターをメインとする田口の部署とはあまり接点がない。
「それがそうも言っていられなくなってきたんだよ。お客さんも少し減ってきているし」
「なんで? くまりーのCMでウハウハだったじゃん?」
翔太は芸能界に足を踏み入れるきっかけを思い出した。
今となっては神代は翔太にとってかけがえのない存在にまでなっていた。
「ユニケーションのビジネス版が影響しているのか?」
「うん、可能性は否定できないかも」
「マジで!?」
翔動が提供しているeラーニングサービスは、コンシューマー向けのサービスだが、企業や組織向けのサービスとして『ユニケーション for ビジネス』が提供されている。 ※2
対面による座学の教育サービス『テックバンテージ』に比べて、eラーニングを使うほうが圧倒的コストが安くなる。
仮に、翔太と田村の仮説が成り立つとすると、翔太の行動は古巣のビジネスと競合し、シェアを奪っていることになる。
(梨花さんが幸運の女神みたいだな)
奇しくも今は神代のプロモーションが奏功し、ユニケーションのサービスが好調となり、皮肉な結果を招いている。
「なんか熱い展開ね、燃えてきたわ!」
「もー、他人事だと思って」
アクシススタッフの社員には薄給でこき使われているという感覚があり、会社に対する忠誠心より、反発心のほうが高い。
上田にとっては所謂メシウマ案件なのだろう。
「田村がここにいるってことは、転職の意思があるってことでいいのか?」
翔太はようやく本題と思われることを切り出した。
「そだよ。柊くんのところで雇ってくれそう?」
「柊が首をタテに振れば決まりよ」
「えええっ! そんなかんたんに!?」
上田の発言は誇張ではなく、採用を含めた人事は石動から一任されていた。
「エンプロビジョンよりは、翔動のほうがいいか」
「そうね、そのほうが指示も出しやすいでしょ? 何をやってもらうつもりなの?」
「直近では、エンプロビジョンの従業員の教育を任せたい。ユニケーションで自己学習をさせているけど、広いオフィスがあることだし、直接指導してほしい人材もいると思う」
「いいわね。ついでに教育した人材の評価もしてもらうわ」
「それと、白鳥不動産の案件が教育者を必要とするかもしれない」
「そうね、じゃんじゃんこき使いましょう」
田村は呆然と翔太と上田の会話を聞いていた。
「あ、あれ……私、選択肢間違えた?」
かくして、田村の入社があっさりと決まった。
※1 165話 https://ncode.syosetu.com/n8845ko/165/
※2 「俺と俺で現世の覇権をとりにいく」 114話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/114/




