第209話 クーデター
「二宮さんは大変ご活躍されているようですね」
翔太は皇のことを追求されないよう、二宮の話題に切り替えた。
今回は以前のような徒手空拳ではなく、事前に二宮のことを調べる時間があった。
できるだけ話題を二宮自身に集中させることで、皇や翔太の存在を薄める狙いがあった。
「あら? 私のことに興味を持っていただいているんですね」
二宮は顔をほころばせた。
「二宮さんはジャーナリズムに対して情熱を持っているように感じました」
「そうなんですよ! 私、アナウンサーはただ渡された原稿を読み上げるだけではダメだと思っているんです!」
どうやら二宮に何らかのスイッチが入ってしまったようだ。
先日放送されたドキュメンタリー番組の製作に当たって、神代への取材も熱心に行われていた。
石巻の取材に関しても、内容はわからなかったが、二宮が自ら志願して取材したのだと思われる。
このようなことから、二宮の報道に対する姿勢は一般的なアナウンサーとは一線を画しているように思われた。
加えて、二宮はIT業界のことを相当勉強したことが推察できた。
放送ではカットされたものの、対談の司会進行では技術に関する鋭い質問や議論が交わされていた。
「石動も感心していました。IT業界関係者と話しているようだと言っていましたよ」
「ホントですか! そう言っていただけると嬉しいです。結局は使われなかったんですが……」
「知識を持っていなければ、それが態度や言動に現れます。視聴者には二宮さんの努力が伝わったのではないでしょうか」
「そんなことを言ってくれたのは皇さんが初めてです!」
二宮はキラキラとした目で翔太を見つめている。
「あ、あの。メトロ放送のことをお伺いしても宜しいでしょうか?」
「はい?」
「社内の方からご覧になって、刈谷社長の体制はどう思われますか?」
刈谷はメトロ放送の黄金時代を築いた人物だ。
そして、刈谷は社長を退いても長期に渡って影響力を持っていた。
その影響力は『メトロ放送の天皇』とまで言われている。
翔太は今後にメトロ放送に起こる出来事を知っているため、内部にいる人間の情報を得たいと考えていた。
柊翔太の姿では聞きづらい内容でも、皇の姿であれば多少突っ込んだ話をしても問題ないだろうと判断した。
「んー、そうですね……私にとっては雲の上の存在ですが、労働組合のトップを経験していたこともあり、社員のことをしっかりと考えてくれています」
「逢妻さんの時からはかなり変わったようですね」
「ご存知なんですか!?」
「えぇ、多少は……」
「皇さんがご存知のことを教えてください!」
社内のことは二宮のほうが詳しいはずであるが、なぜか彼女は翔太に聞いてきた。
「逢妻さんは創業者の一族でしたが、当時はまだ若かった刈谷さんを編成局長に抜擢しました。
刈谷さんはその期待に応えて、輝かしい業績を残しました」
「ふむふむ」
「しかし、先代の社長が亡くなったことで刈谷さんの求心力は低下し、解任されるのではないかとの怪情報が流れるようになりました」
「へぇ……」
二宮は感心しているようだが、翔太の話の内容に対してなのかどうかはわからなかった。
「逢妻さんは自身の権力維持のために、重役を身内で固めました。
しかし、それが仇となり、会社を私物化したとして解任されることになりました。
この解任劇――クーデターを首謀したのが刈谷さんで、彼はそのまま社長に就任し、その地位は盤石なものになりました」
「……」
二宮は、ぽぉーっとした表情で翔太を眺めていた。
「あれ? 間違っていましたか?」
「そんなことないです! むしろ、私よりも詳しくて驚きました!」
二宮が驚いたのも無理はない。
翔太がこの知識を得たのは、メトロ放送のこの後に控えている出来事がきっかけであったからだ。
奇しくも、翔太と石動はこの事件に介入することになる。
「本当に驚きました。普通は逆なんですよ」
「逆とは?」
「大抵の人は、世間でチヤホヤされている私のことを知っていて、社長の刈谷さんのことを知っている人なんて限られています」
「まぁ、そうかもしれませんね」
「それが、皇さんは私とお会いしたときは、私のことを路傍の石くらいにしか思っていませんでした」
「そこまでではなかったと思いますが……」
「なのに、社長に関しては私より詳しい。すごく興味深いです!」
「は、はぁ……」
翔太が情報収集のために出した話題が、何故か二宮の興味を惹いてしまったようだ。




