第196話 手がかり
「――というわけで、残念ながら東北先端科学大学で学んだことを覚えていないんですよ……」
翔太は飯盛に自分の記憶がないことを打ち明けた。
翔太の記憶について知る人物は、家族に加えて、アクシススタッフの同期である神代、橘、石動、新田、そして飯盛となる。
柊翔太が飯盛の研究室に所属していたことは確認済みであった。
今後、ビジネス上のつながりがあることを考えると、事情を打ち明けたほうがよいと判断した。
飯盛は翔太の話を神妙な表情で聞いていた。
「にわかには信じがたいな」
「そうですね、私も記憶喪失なんてフィクションの世界でしか存在しないものだと思っていました」
翔太は飯盛に信じてもらう必要はさほど感じていなかった。
学生時代の話題になった場合に、記憶がないことさえ申告していれば、話の都合が合うためだ。
仮に覚えがないことに対して問い詰められたとしても、翔太としては言い訳ができる状況を作っておきたかった。
「そうではないよ。柊くんは数年も経たずに、ゼロからの知識でこれだけの実績を作ったことが信じられないんだ」
(そっちかーぃ)
これまでの飯盛の態度から、柊翔太の心象は悪くないと感じていた。
飯盛は親身になって翔太の話を聞いてくれるが、流石にこの場で石動景隆の話をするつもりはなかった。
「自覚がないだけで、潜在的に覚えていたことが知らず知らずのうちに役に立っている可能性はあります」
これは嘘だった。
翔太にとっては石動景隆の記憶しかなく、柊翔太の記憶が混ざった経験はない。
「どちらにしても、これほどのものが作れるのは驚異的だよ」
***
「――私の入院前に何か不審な点はありませんでしたか?」
翔太は柊翔太の過去を探ってみることにした。
柊翔太を知っている人物で、記憶のことを知っているのは家族のほかは、ここにいる飯盛だけになる。
両親は柊翔太の過去を掘り下げたくない様子であり、これまでは翔太も同じ考えであった。
しかし、今後のことを考えると、柊翔太のことを把握しておく必要があるという予感があった。
(鷺沼さんくらい勘がよければ、直感でがんがん行動するんだろうけどな……)
「うーん……柊くんはあまりプライベートなことは話さないからねぇ」
(そうだったのか……)
飯盛が知らないとなると、残りは大学の友人を当たってみる手段も考えられるが、この場合、事情を打ち明ける必要がある。
翔太にとってはかなりハードルが高い行為だった。
(となると、次は両親か……)




