第192話 観藤会5
「うむ、私は数多くの経営者と会ってきたが、君たちの年齢でここまで明確に先を見据えている者はついぞ見たことがない」
(実際に先を見てきたからな……)
尊人は立場上、日本や世界の情勢の行く先を見据えているのであろう。となれば――
「君たちは今後の世界情勢をどのように思っているかね」
(ほら来た……うーん……どこまで話すべきか)
これから起こっていくことを順に語っていくことは簡単だ。
しかし、先に語ったような金融危機のように、予言めいたことを連発するのも不自然であろう。
(まずは当たり障りのないことを言っておくか)
「経済面で言うと、新興国が台頭してくるでしょう」
「ふむ、BRICSか」
白鳥商事の社長、真菅忠臣が反応した。
真菅はその風貌にふさわしい立派な髭をたくわえ、圧倒的な存在感を放っていた。
真菅は世界中を駆け巡り、多岐にわたる国々でビジネスを展開してきた。
したがって、この場の誰よりも国際情勢に精通しているだろう。
BRICSはブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの総称として広まった用語だ。
後にブラジル、ロシア、インド、中国の四カ国の国家協議体となり、徐々に加盟国が増えることになる。
「そうですね、メキシコやインドネシアなども台頭してくると思われます」
「たしかにそうだな……BRICSの中では、どこが最も有力かね?」
「中国でしょう。長期的にみると、いくつかの懸念はありますが」
「む、即答だな。たとえば、ロシアはどうだね?」
真菅は翔太を試すように尋ねた。
「ロシア経済は資源に依存しており、それ以外の産業が育っていません」
「原油と天然ガスかね?」
「おっしゃるとおりです」
「新興国の需要は旺盛だ。資源があるのは大きな強みではないのかね?
それとも、先程、君が言った金融危機がその需要を後退させるのかね?」
真菅の表情からは、翔太が言った金融危機については懐疑的のように見えた。
「金融危機によって、世界経済は一時的に落ち込むと考えていますが、あくまでも一時的だと思います。
新興国の需要が強いという大きなトレンドは、当面続くでしょう 」
「現に、我々はコモディティへの投資を積極的に行っています」
「……ほう」
翔太の発言は、石動が実際に行動を起こしていることを付け加えたことで、説得力を増していた。
真菅が一転して、好奇心を見せた。
「では、ロシア経済に懐疑的な理由を聞こうか」
「当面は資源高による恩恵を受けるでしょう。しかし、エネルギー資源に関しては転換点が訪れると考えています」
「それはもしかして……」
真菅には心当たりがあるようだ。
「はい、シェールガスです」
シェールガスは、頁岩層から採取される天然ガスだ。
シェールガスを含む頁岩は自然の状態では、天然ガスの商用資源とはなりえない。
「しかし、掘削コストを考えると採算が取れないぞ」
「おっしゃるとおりです。しかし、技術革新が起こる可能性が高いと見ています」
「うむ、当社でも出資を計画しているので概要は把握しているが、しかし……」
真菅は考え込む仕草を見せた。
翔太はシェール革命が実際に起こることを知っている。
ポーカーで言えば、自分のハンドが強いと確信しているような 翔太の表情に、さすがの真菅もすぐに反論はできないようだ。
***
「ふむ、末恐ろしいな」
「と、言いますと?」
詮人には、尊人が面白いおもちゃを見つけた子供のようにみえた。
「私と初対面の反応は決まっている。大抵は『恐れ』や『畏れ』だ」
尊人は、自身の持つ権力や権威に相手が萎縮しているのを、嫌と言うほど見てきた。
「しかし、あの二人は自分のことを私と対等、もしくはそれ以上と捉えているかのような目をしていた」
「普通に考えると、若さゆえの無鉄砲さとも言えますが」
「だが、実際に話してみると――」
「そうとも言い切れない、何かがありますね」




