第187話 正座
「それで、柊さんはノコノコとついて行ったんですね?」
グレイスビルの休憩室のソファーで、翔太は正座しながら神代の尋問を受けていた。
敬語であることが、余計に凄みを感じさせる。
(正座なんて何年ぶりだろうか……)
前の人生では柔道部に所属していたが、それは十代の頃だ。
神代の迫力に押されて、いつの間にかこんな状況が出来上がっていた。
「神代さんの個人情報に関連することは話してないです」
「そこは信用していますよ」
どうやら、神代が問題視しているのは、二人で食事に行ったことのようだ。
(タスケテ……タスケテ……)
「柊さんのことは何か聞かれましたか?」
「異議あり。被告人の名前は皇です。被告人に柊なる人物を知る方法はありません」
「なるほど、それでは皇さんの――」
「お、しょうちん、浮気がバレたん?」
神代検事の尋問が続くなか、星野が現れ、さらなる燃料を投下してきた。
「そもそも、誰に対しての浮気だよ」
翔太としては、弁護人がいない中、新たな嫌疑を増やすわけにはいかなかった。
「浮気なら、あたしにしときな。バレないようにうまくするぞい」
「ちょっと、鈴音!」
神代の矛先は星野に向かったが、すぐに戻ってくるだろう。
翔太はどうにかしてこの場を切り抜けようと、頭を働かせていたところで――
「梨々花、あなたがやっていることは人権侵害よ。
皇さんは誰と食事に行くかを選ぶ権利があるわ」
「うっ……」
(ほっ……)
橘が現れたことで、検察側の尋問は一段落し、翔太は安堵した。
橘の中では、皇は別人格として扱われているようだ。
「柊さんも、こんな格好やめてください」
「は、はひっ!」
さすがに所属タレントが、出入りの業者に正座をさせているように見えるのは体裁が悪いだろう。
この現場を見られたのが、橘と星野であることに再び安堵した。
「神代さん、対談のほうは問題なさそう?」
「んー……なんとかなるんじゃないかな」
翔太は問いかけてはみたものの、神代に関しては心配していなかった。
(問題は石動なんだけど、当時の俺だったらガチガチに緊張しそうだな……)
「おー、にのみーのことだったのか!」
星野は合点がいったようで、手のひらに拳を当てていた。
『にのみー』とは二宮のことであるが、一般的にそう呼ばれているのかは不明だった。
翔太は何に対して得心したのかは、聞かないでおいた。
「柊さんはスタジオに来られるの?」
神代、上村、石動の三名の対談はテレビ局のスタジオで行われる。
司会進行は二宮が担当する。
「どちらかというと、石動のほうが心配なので行ったほうがよさそうですね」
「そうなると、柊さんではなくて――」
「皇が行くことになります」
(またあの姿で二宮さんに会うのか……)
翔太はがっくりと肩を落とした。




