第186話 割り勘
「驚きました。動画の機能は長町さんがきっかけだったんですね!」
二宮は多くのファンのハートを射抜くような笑顔で言った。
(俺、なんでこんなところにいるんだろ……)
翔太は二宮とイタリアンのレストランで夕食をとっていた。
翔太は断るつもりだったが、二宮から番組のためと言われてしまった以上、断る理由が思いつかなかった。
二宮が言うには、この店は安全らしい。
(メニューに書いてある値段は全然安心できないんだけど……)
二宮について調べたところ、ニュース番組だけではなくバラエティ番組などで多くのレギュラーを持っているらしく、かなりの人気があるようだ。
(人気アナウンサーが、男と食事して問題あるんじゃないか?)
「サイバーバトルでは皇さんがかなりご活躍されていたんじゃないかと――」
(いゃ、俺のことはいいだろ! ……早く帰りたい)
神代の取材に協力する理由でここにいるはずが、いつの間にか、二宮の話題は皇のことが中心となっていた。
「皇さんはどこで神代さんと――」
(その話題はマズイ!)
「あの、申し訳ありませんが、遅くなってきたのでそろそろ――」
「あっ、すみません。私ばかりしゃべってしまって……」
翔太はやっと解放されたことで安堵した。
(これはキリプロや翔動の経費で落とすのは無理だろうな……)
結果的に番組のためとなったとは言え、橘には二宮との食事のことは伝えていない。
「お会計は、別々でいいですか?」
「えっ!?」
翔太の発言に、二宮はイエティでも見つけたかのように驚いた表情を見せた。
***
「あぁあああっ、恥ずかしかったぁ。穴があったら入りたい」
帰宅した二宮は自分のベッドの上で足をジタバタとさせていた。
今日の夕食代の持ち合わせがなかったため、皇が支払うことになった。
二宮の人生の中で、誰かと食事をした際に食事代を自分で出す経験は一切なかったため、財布の中を確認していなかった。
食事で割り勘を提案してきた男性は、皇が初めてだった。
「そりゃ、くまりーは超絶美人だけど、私だって……」
二宮は附属高校から大学に至るまで、学内で開催されたミスコンで前人未到の七連覇を達成していた。
学業も上位をキープしており、学生時代は校内外で圧倒的な人気を誇っていた。
就職してからも、人気アナウンサーとして活躍しており、二宮に近づこうとする男性は大企業のトップやプロ野球選手など、名だたる著名人ばかりであった。
その二宮をもってしても、皇はなびく気配どころか、邪険にされているように感じるほどであった。
「うぅっ……こうなったら」
二宮の目的がずれ始めたことを、彼女は自覚していなかった。




