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第128話 就職氷河期

「思ったより資金が増えそうだが、どう使うのが正解なんだ?」

マンスリーマンションの一室で、石動が翔太に尋ねた。


MoGeが上場し、株価は初値よりさらに上昇したため、現在では出資した金額から五倍ほどになっている。

しかも、ゲームの新作発表などが控えているため、株価はさらに上昇する可能性がある。


「人材確保だ」

翔太は即答した。


「うーん……今で十分じゃないか?」

翔太と新田がうまくプロジェクトを管理しているため、最低限の人材で順調に開発が進んでいる。


「ユニケーションのサービスが始まるだろ?」

「あぁ、けど開発は問題なく進んでいるよな?」


翔動の新サービス、『ユニケーション』はeラーニングを提供するサービスだ。

霧島プロダクションの『グロウ』で使われているLMSを元にしているため、開発コストはほとんどかかっていない。


「サービス開始のタイミングで映画のコラボ企画などをやったら、ユーザーが一気に増えるだろ?

そうすると必然的に問い合わせが増えることになる」

「あぁ、なるほど! システムのほうは新田が千人力でなんとかできるかもしれないけど、サポートはどんなに優秀な人がいても回せないか」


「そう、サポート用の人材をどうするか、今のうちに考えておく必要があるんだ」

「アルバイトを増やすのか?」


「それも一つの手なんだが、どんだけユーザー増えるかわからないよな?

そうすると、雇いすぎたり足りなくなったりするリスクがある」

「確かに……でも、予想ができない以上、これは難しいんじゃないか?」


石動は「うーん……」と頭を抱えた。

翔太が示した課題は、かなりな難問だ。

資金に余裕ができたとはいえ、余剰な人材を抱えるのはリスクが高い。

逆にサポート人員が足りないと悪評が立ってしまい、サービスの継続性に大きな影響が出る。


「なので、人材派遣会社を買収する」

「ほおぉえぇっ!?」


石動は思わず変な声が出るほど驚いていた。


「アルバイトを直接雇うのとは何が違うんだ?」

「人材派遣会社は派遣登録している人材がいるだろ? いわば待機要員だ」


「なるほど! 必要なときに必要な分をすぐに調達できるのか!」

「しかも、会社のオーナーになってしまえば、他所の会社で働いている人材をこっちに強引に回すこともできる」

「お前、すげぇな!」


石動はようやく翔太の狙いを理解した。

この先の状況を考えると、派遣会社を保有していることの利点は大きい。

新たに派遣会社を作ることはハードルがかなり高いが、買収してしまえばあっという間だ。

石動はしきりに感心していた。


「企業って何億も積まないと買えないんじゃないのか?」

「小規模な事業者なら、家や車くらいの価格で買えるぞ。

債務超過の企業なら、さらに安く買えるが、この場合は要注意だ」


「でも、買収のアテはあるのか?」

「ああ、あるぞ」


石動は「えっ!」と驚いた声を上げた。


「エンプロビジョンを買いたい」

「え?! 竹野くんの会社?」

「あぁ、そうだ」


竹野は見た目や言動はチャラいが技術力があり、新田は竹野を高く評価していた。


「でも、売ってくれるのか?」

竹野のような優秀な人材を抱えているのであれば、会社を手放すことは愚策にしか思えない。


「エンプロビジョンは俺が知っている中で、一番儲かっていないんだよ」

「え!? マジで?」


エンプロビジョンは柊が勤務するアクシススタッフの子会社の中の一つだ。

翔太は上田の下働きをしてまで情報を集めていた。


「竹野くんは例外なのか?……まぁ、竹野くんの見た目は()()だけど……」

石動は竹野以外の人材が、あまり優秀ではないのかと思い始めたようだ。


「いゃ、俺が調べた限りでは、エンプロビジョン派遣社員は顧客の評価が高い」

「えー、じゃあなんで儲かってないんだ……」


「営業が下手くそでなぁ、顧客に安く人材を提供しているんだ……

おそらく、エンプロビジョンは人材の能力を正しく評価できていない」

「だから、竹野くんがあんなに安かったのか……なんだか世知辛いな」


「しかも、顧客によってはアクシススタッフが中抜きしているから、エンプロビジョンとその派遣社員の取り分はさらに少なくなる」

「マジで悲惨だな……」


この時代では、二重派遣や三重派遣が横行しており、派遣社員の収入は雀の涙だ。

竹野に関してはエンプロビジョンから翔動へ直接派遣されているため、中抜きがない分、報酬は高い。


「なので、エンプロビジョンの優秀な人材の派遣先を、もっと高く評価してくれる顧客に変えるとどうなる?」

「一気に収益が改善するな!」


「そう、買収した会社が収益を上げれば、翔動の利益にも大きく貢献するし、何なら企業価値が高まった時点で売却してもいい」

「もはや、一石何鳥かわからんな……」


「もしかして、竹野くんを雇ったのは……?」

「あぁ、エンプロビジョンの人材の働きぶりを直接確認しておきたかった」

「はあぁ……柊は何手先まで読んでるんだよ……」


石動は呆れるように言った。


「今は就職氷河期って言われているだろ? 石動にとっては想像もつかないかもしれないが、俺の時代では人材難なんだ」

「ってことは今と逆ってこと?」

「あぁ、そうだ」

「うそーん」

「まぁ、信じられないのも無理はない」


この時代では、翔太もかなり苦労してアクシススタッフに入社している。

したがって、石動がこれを信じられないことは理解できる。


「俺達の世代は正に氷河期なんだが、これは雇用される側の視点なんだ」

「というと?」


「逆に雇用する側――つまり、お前のような経営者にとっては優秀な人材を割安な報酬で得られる……これってチャンスだと思わないか?」

「確かに……そういう見方もあるのか……」


「今の時代、竹野くんのように優秀な人材がごろごろと埋もれている」

「それを俺達が発掘して磨けば……」

「そう、世の中が良くなって、ついでに俺達が儲かる。順番は逆でもいいが」

「サポート人員をどうするかって話が、いつの間にか急にでかくなったな!」


「今の大企業は既存の社員の雇用を維持していく必要がある。なので、新規雇用が難しい」

「俺達のような零細企業にとっては、そんなしがらみがまったくないってことか……なんとなくだが、会社の方向性が見えてきた気がするぞ!」


翔太は石動の野望を利用し、当時報われなかったこの世代に、スポットライトを当てることを考えていた。

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