ドワーフ技術者との共同開発
コードの監視と、恐怖のブートキャンプは相変わらず続いているけれど、あの優しい消毒薬事件以来、ほんのちょっぴりだけ、コードに対する私の見方が変わった……かもしれない。まあ、相変わらず空気は読めないし、言動はズレてるし、お節介焼きなのは変わらないんだけど!
そんなある日、私はまたしても、やらかしてしまった。
飛行訓練で使っていた練習用の箒……安物だけど、入学祝いにお父さんが買ってくれた大事なやつ……それを、着地に失敗してポッキリと折ってしまったのだ!
「あああああ! 私の箒がああああっ!」
真っ二つになった箒の残骸を前に、私は膝から崩れ落ちた。これじゃあ、次の飛行訓練、どうすればいいの……。
「マスター、箒の破損を確認。原因は、マスターの着地角度のミス、及び速度超過による機体への過負荷です。修理は可能ですが、専門的な技術が必要です」
肩の上のコードが、冷静に、しかし的確に分析する。
「うぅ……分かってるわよ……。修理……そうだ! ガンモちゃんに頼んでみよう!」
私は、学園に一人だけいる、頼れる友達のことを思い出した。
というわけで、私とコードは、真っ二つの箒を抱え、学園の中でも特に騒々(そうぞう)しく、活気があり、そして時々爆発音が聞こえる危険なエリア――魔工学科の工房へと向かった。
工房に近づくにつれて、カンカン!ガシャン!ウィーン!という様々な音と、機械油と汗の匂いが混じった独特の熱気に満ちていた。あちこちで火花が散り、生徒たちがゴーグルをつけて何やら怪しげな機械をいじっている。カオスだ。
「ガンモちゃーん! いるー?」
私が大声で呼ぶと、工房の奥で、巨大なハンマーを軽々と振り回し、真っ赤に熱した金属を叩いていた、小柄な影がピタッと動きを止めた。
「んあ? その声はユルリか! おー、来たな! で、今日は何をぶっ壊したんだ?」
額のゴーグルをカチャリと上げ、ニカッと太陽みたいに笑ったのは、ドワーフ族の女の子、ガンモ・ドワーフスキーちゃん! 私の友達だ。背は低いけど、その腕っぷしと元気の良さは学園でもトップクラス!
「えへへ……箒、折っちゃって……。直せるかな?」
私がしょんぼりしながら箒の残骸を見せると、ガンモちゃんは「あー、またやったのか。まあ、このくらいなら、ちょちょいのちょいだぜ!」と、頼もしい言葉を返してくれた! ……んだけど。
ガンモちゃんの視線が、私の肩にいるコードに気づいた瞬間、その目が、見たこともないくらいキラッキラに輝いたのだ! まるで、伝説のレアメタルでも発見したかのように!
「な、なんだそりゃあ!? ピッカピカのフクロウ!? しかも金属製!? 見たことねぇタイプの魔法機械だ! すっげー! カッコイイー!」
ガンモちゃんは、さっきまでいじっていた怪しい機械を放り出すと、目をキラキラさせながら私に猛ダッシュ! 手には、いつの間にか、モンキーレンチと怪しげな電動ドライバーが握られている!
「なあなあなあユルリ! そいつ、ちょっと貸せ! いや、もう借りる! お願いだ、一回でいいから分解させてくれ! 中身がどうなってんのか、気になって夜も眠れねえ!」
キラキラした笑顔で、とんでもない要求をしてくるガンモちゃん!
「だだだだ、ダメに決まってるでしょ! コードは私の大事な使い魔なんだから! 分解なんてさせないわよ!」
私は慌ててコードを肩から降ろし、自分の背中に庇う!
「マスター、ご心配なく」コードは私の背後から冷静に言った。「私のボディはオリハルコン合金製であり、その程度の工具では物理的な損傷を与えることは不可能です。しかし、内部構造へのアクセス及び分解行為は、私のシステムに致命的なエラーを引き起こし、機能停止に至る可能性があります。 よって、その要求は受け入れられません、ガンモ・ドワーフスキー氏」
「へー、オリハルコンか! やっぱな! しかもあたしの名前まで知ってんのか、すげえな!」ガンモちゃんは諦めるどころか、ますます興奮している!「なら、こっちの対装甲レーザーカッターならどうだ! これならオリハルコンだって……!」
ガンモちゃんが、今度は工房の隅から、もっと物騒な機械を引きずってきた!
「だからダメだってばーーーっ!」
私とガンモちゃんの熱いバトルはしばらく続いたが、最終的にはガンモちゃんが「ちぇーっ、つまんねえの!」と、不満そうにしながらも工具を下ろしてくれた。……心臓に悪い……。
すると、コードがスッとガンモちゃんの前に進み出て、改めて丁寧にお辞儀をした。
「ガンモ・ドワーフスキー氏、改めて自己紹介させていただきます。私は汎用お手伝いAI、モデル名『コード』です。以後、よろしくお願いいたします」
「ふーん、エーアイか!」ガンモちゃんは、ニカッと笑った。「よく分からんが、なんかスゲー計算とかできるんだろ? よし!」
「なあ、コードっつったか? お前、なんか、すっげー計算とかできるらしいじゃねえか! よし、決めた! お前とあたしで、なんか超スゲーもん作ろうぜ!」
「技術的な共同開発の提案、と解釈しました」意外にも、コードはこの提案に興味を示した。「異世界の『魔工学』、特にあなたのその…経験と勘に基づく、大胆かつパワフルなアプローチ、非常に興味深いです。ぜひ、技術交流といきましょう!」
絶対ろくなことにならない予感がするんですけど……! ユルリは額に手を当てた。
「よっしゃ! じゃあ、まずは手始めに、ユルリのドジを完璧にサポートする、最強の道具でも作るか!」とガンモちゃん。
「合理的です」コードも賛同。「マスターの非効率な行動パターンを物理的に抑制するデバイスの開発は、喫緊の課題と言えるでしょう」
「だから余計なお世話だってば!」
私の意見は、技術バカ二人の熱意の前に、あっさりとかき消された。そして、勝手に共同開発プロジェクトがスタートしてしまったのだ。
今回のテーマは、「絶対に迷子にならない!ハイパー・ナビゲーション・コンパス(仮)」!
森で遭難しかけた私のために開発されることになったらしい。
「よーし、まずは設計図だ!」ガンモちゃんが、油まみれの紙に、殴り書きのような図面を描き始める。
「ふむ。その設計では、魔力伝達効率が低いですね。こちらの回路図の方が最適です」コードが、空中に精密な3Dホログラム設計図を表示する。
「なんだと!? 細けえこと言ってんじゃねえ! 大体な、魔法道具ってのはな、最後は気合と根性なんだよ!」
「非論理的です。設計段階での最適化こそが、成功への鍵です!」
「うるせえ! とにかく叩けばなんとかなる!」
「なりません!」
……もう、制作開始前からカオスだ。私はお手伝い(という名の、工房の隅での見学)をしながら、頭を抱えるしかなかった。
なんだかんだで、数時間後。
二人の天才技術者の(激しい口論と、時々の妥協の末に)、「絶対に迷子にならない☆レスキュー・ナビ・コンパスMk-I」がついに完成した!
見た目は、分厚くてゴツい、方位磁石のお化けみたいだ。中には、コードの超小型センサーユニットと、ガンモちゃん特製の高出力魔力バッテリー、そして警告用の大音量スピーカーが内蔵されているらしい。……嫌な予感しかしない。
「よし、実験だ!」ガンモちゃんが、目を輝かせて言った。「ユルリ! こいつを持って、中庭の売店まで行ってみろ!」
「ええ……なんか、すごく嫌な予感がするんだけど……」
私は、恐る恐る、そのゴツいコンパスを受け取った。ずっしりと重い。
言われるままに、中庭に向かって歩き出す。最初は、コンパスの針がちゃんと売店の方向を指している。
「お、すごい!ちゃんと動いてるじゃん!」
私が感心した、その瞬間だった!
コンパスの針が、突然、猛スピードでグルグルグルグル回り始めた! そして!
『警告!警告!前方30メートルに高エネルギー反応(キラ・レオナルド・マエガミ先輩)を検知! 危険です! 接触を回避します!』
コードの声が、大音量で鳴り響いた!
「ひゃっ!? な、なに!?」
『回避ルートを再計算! 右です! いや左! 上です! 緊急回避!』
コンパスが、めちゃくちゃな指示を叫び始めた!
「どっちなのよ! 上ってどうやって!?」
『最終手段! 緊急脱出モード、起動!』
「えっ? 脱出!?」
次の瞬間、コンパスの底から、ゴォォォォッ!と、ものすごい勢いで炎が噴き出した! ガンモちゃんがこっそり仕込んでいたらしい、小型ロケットブースターが誤作動したのだ!
「ぎゃあああああああああ!!!!」
ロケットと化したコンパスは、私の手を振りほどき、猛スピードで空高く飛んでいく! まるで打ち上げ花火だ!
そして……数秒後。
チュドーーーーーーーーーーン!!!!
空中で、コンパスは派手な音を立てて大爆発! キラキラした部品の破片が、雨のように降り注いできた……。
シーン……。
私と、ガンモちゃんと、コードは、呆然と空を見上げていた。
……そこに、鬼の形相をした魔工学科の担当教師が、ものすごい勢いで走ってきた!
「こらーーーーっ! 何事じゃ!? この爆発音は! 君たちか!」
……うん、知ってた。こうなるって、知ってたよ……。
結局、発明品は跡形もなくなり、私たちは三人仲良く、先生からのお説教フルコースと、反省文10枚という罰を受けたのだった……。
まあ、箒はちゃんと直してもらえたから、良かったんだけど……。
(もう……絶対……こいつら二人の発明には関わらない……! 絶対に!)
私は心の中で、固く、固ーーーく誓った。……まあ、どうせまた、すぐに巻き込まれるんだろうけどなぁ……。ユルリは遠い目をした。