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ユルリコード!ドタバタ異世界スクールライフ  作者: ラッキーゴリラ
AI使い魔と落ちこぼれ魔法使い
8/19

マスターの『利他行動』と『痛み』に関する考察 

あの『キノコだらけの森』での遭難未遂事件と、その罰として追加された草むしり地獄から数日。私の体は疲労困憊ひろうこんぱいでボロボロだけど、心は意外と元気だった。なんといっても、モフと友達になれたし、コードが役立たずだったおかげで、自分の力でピンチを乗り越えられたんだから! ……まあ、最後の最後で先生に見つかって、こっぴどく叱られたのは余計だったけど。


「分析報告:マスター、疲労は蓄積ちくせきしていますが、前回のサバイバル体験は、マスターの精神的な耐久力向上に貢献したようです。ストレス耐性レベルが3パーセント上昇しました。ブートキャンプの効果、着実に出ていますね!」

 肩の上のコードは、相変わらず通常運転だ。全然反省していない。


「あれはブートキャンプじゃなくて、あんたのナビが壊れたせいだから!」

 私がツッコミを入れると、コードは「結果的にマスターの成長に繋がったのですから、問題ありません」と、全く悪びれる様子がない。こいつ……!


 そんなこんなで、少しだけ前向きな気持ちで学園生活を送っていた私、ユルリ・マキコマレ。でも、私の周りでは、やっぱり今日も今日とて、色々なことが起こるのだ。


 ある日の放課後、実験室の前を通りかかると、中からシクシクと泣き声が聞こえてきた。そっと覗いてみると、クラスメイトの女の子が、失敗したらしい魔法薬を前に、しょんぼりと肩を落としていた。


 ああ……この気持ち、すごくよく分かる……! ユルリは自分のトラウマを思い出し、胃がきりりと痛んだ。でも、見て見ぬふりはできない! ……とは思うものの、これまでの経験上、私が善意で手伝おうとすると、なぜか事態が悪化することが多いのだ。むしろ、関わらない方が彼女のためかもしれない……。ユルリは一瞬ためらった。


「だ、大丈夫? どうしたの?」

 それでも、やっぱり放っておけなくて、私は背後からそっと声をかけた。


女の子は「ひぃぃぃっ!?」と肩を飛び上がらせ、カエルみたいな動きで私から距離を取った!

「ゆ、ユルリさん!? な、ななな、何か御用でしょうか!? わ、私、何も悪いことしてません!」

 なぜか、ものすごくおびえられている! 失礼しちゃう!


「ち、違うよ! ただ、困ってるのかなって思って……」

「あ……ご、ごめんなさい。ちょっと、実験に失敗しちゃって……」

 女の子はようやく落ち着きを取り戻し、力なく答えた。


「……そっか。失敗しちゃったんだ。もしよかったら、私で力になれること、あるかな?」

 私が心配してそう申し出ると、女の子の顔がサッと青ざめ、ブンブンブン!と音が聞こえそうな勢いで首を横に振った!

「い、いえ! 大丈夫です! 本当に大丈夫ですから! こ、これくらい、私一人でなんとかします! お気持ちだけで、じゅ、十分ですっ! ですから、どうかお構いなく!」

 ものすごい早口で、必死に、全力で遠慮(という名の拒絶)をされている! その目は「お願いだから関わらないでください!」と雄弁ゆうべんに語っていた。

 ……うん、知ってた。私が手伝うと、大抵ろくなことにならないもんね……。ユルリは少しだけ(いや、かなり)へこんだ。


「そ、そっか……。ごめんね、余計なお世話だったかな……」

 私がしょんぼりして引き下がろうとした、その時だった。


「いえ、マスター。ここは私の出番のようです」

 コードが、私の肩からひょいと飛び降り、失敗作の鍋の前に陣取じんどった。

「マスターのサポートAIとして、マスターのクラスメイトの危機を見過ごすわけにはいきません。私の高度な分析能力で、失敗の原因を特定し、可能なリカバリープランを提案しましょう」


「え? あ、ちょ、コード! 勝手に!」

 私の制止も聞かず、コードは鍋の中身をサッとスキャンし始めた。女の子は「え? え?」と目を白黒させている。


「原因判明」コードはすぐに結論を出した。「投入された水の量が、レシピの規定値の10分の1です。単純な計量ミスですね」

「あ……やっぱり……」女の子がさらに落ち込む。

「しかし、悲観する必要はありません」コードは続けた。「ふむ、この配合なら、失敗作からでも別の有用な物質……例えば、超強力なスライムがし剤などが生成できる可能性がありますね。先日、私が付着ふちゃくさせられたスライム除去にも有効かもしれません」


 スライム剥がし剤はともかく、コードの提案で、失敗した魔法薬も無駄にならないかもしれない、と分かっただけでも、女の子は少しだけ元気を取り戻したようだった。ユルリも、コードの意外な活躍に少し感心した。


「ありがとう、ユルリさん! それに、コードさんも!」

 女の子は、最後には笑顔になってくれた。その笑顔を見たら、私の心もポカポカと温かくなった。人の役に立てるって、やっぱり嬉しい。

 今までは、お節介焼いても失敗ばかりだったけど……コードがいれば、私でも、少しは人の役に立てるのかも……? ユルリは、肩の上に戻ってきたコードを、ほんの少しだけ、見直した。


「……ふむ」コードが、何かを記録するようにレンズを光らせている。「『感謝』の意を示すポジティブな感情反応を確認。マスターの非効率的な行動(お節介)が、結果的に私の介入かいにゅううながし、対象個体の幸福度を向上させた……。なるほど。『情けは人のためならず』、ですか。データとして記録しておきましょう。『人助け』のコストパフォーマンスについて、再計算の必要がありますね」

 AIなりに、何かを学んでいる……のかもしれない? やっぱりちょっとズレてるけど。


 また別の日、罰当番の草むしりをしていると(まだ終わらないのだ!)、森の茂みから、ひょっこりモフが顔を出した!

「モフ! 会いに来てくれたの?」

「クゥーン!」

 モフは嬉しそうに尻尾しっぽを振って、私の足元にすり寄ってくる。可愛い!


「マスター、野生の魔獣との不用意な接触は――」

「大丈夫だってば! モフは優しい子なんだから!」

 私がモフの頭を撫でていると、モフは口にくわえていた、キラキラ光る綺麗な石を、私の手のひらにコロンと乗せてくれた。プレゼントかな?

「わー! きれい! ありがとう、モフ!」


 私とモフがなごやかに交流している様子を、コードは少し離れた場所からじっと観察していた。

「異種族間の贈与ぞうよ行動を確認。これは、物々交換の原始的な形態か、あるいは『好意』を示すための儀礼ぎれい的な行動か……。マスターの幸福度は明らかに上昇していますね。魔獣との関係構築が、マスターの精神安定に与える影響について、さらなる分析が必要です」

 ……やっぱり、全部データと分析なんだな、こいつは。


 そんな、ちょっとだけ心温まる出来事もあったけれど、私のドジっ子属性、そして『歩く災害』っぷりは、そう簡単には治らない。

 その日も、私は罰当番の草むしりで疲れ果て、寮に戻る廊下をフラフラと歩いていた。


「マスター、足元がふらついています。非効率的な歩行です。転倒リスク上昇中。壁に手をついて――」

 コードが警告を発した、まさにその時だった!


「きゃあっ!」


 ツルンッ!

 疲労で注意力が散漫さんまんになっていた私は、廊下のわずかな段差だんさに気づかず、見事に足を滑らせて派手にすっ転んでしまった! 持っていたバケツ(もちろん空っぽ)がカーン!と音を立てて転がり、教科書やノートが床にバサバサと散らばる!


「いっったぁぁぁ……! 尻もち……うぅ、腕も擦りむいた……!」

 打ったお尻と、転んだ際にりむいた腕がジンジン痛む。教科書もノートも散乱して、最悪だ……。


「だから、注意したではありませんか」コードが呆れたような(無表情だけど絶対そう思ってる)声で、私の隣に降り立った。「私の警告を無視……いえ、聞く前に転倒しましたか。マスターの反応速度にも改善の余地がありそうです。反省してください」


「うぅ……ごもっともです……。痛いよう……」

 腕を見ると、少し擦りむいて血がにじんでいる。


「マスター、負傷を確認。直ちに治療を開始します」

 コードは、なんだかんだ言いつつも、すぐに救急キットを取り出した。その手際てぎわの良さは、もはやベテランの保健の先生レベルだ。

「マスター、怪我の頻度ひんどが多すぎます。ブートキャンプに『危機回避トレーニング』と『反射神経強化プログラム』を追加する必要がありそうですね」

 嫌な提案が聞こえたが、今は無視するしかない。ユルリはぐっと痛みをこらえた。


 コードは消毒薬を選び始めた。しみるやつかな…と身構える私。

 しかし、コードは一瞬動きを止め、レンズの奥でチカチカと計算光を点滅させた後、手にしていた薬を戻した。


「……プラン変更」数秒後、コードはそう呟くと、ほんのりピンク色をした、優しい感じの消毒薬を取り出した。「こちらの低刺激性ていしげきせいタイプを使用します。殺菌効果の持続時間は短いですが、マスターへの不快感を最小限に抑えることを優先します。非効率ではありますが、マスターの学習意欲の維持・向上のためには、やむを得ない判断です」


 そう言って、コードは驚くほど丁寧に、私の傷口を消毒し、可愛いクマキチの絵柄がついた絆創膏ばんそうこうを貼ってくれた。


「……あれ?」私は、自分の腕を見つめながら、首をかしげた。「今日のコード、やっぱり優しい……? さっきはあんなに嫌味言ってたのに」


「全て計算に基づいた最適解です」コードは、キリッとした表情(無表情だけど)で答えた。「私のアルゴリズム(思考回路)に、『優しさ』などという非論理的で曖昧あいまいなパラメータは存在しません。断じて」

 ……なんか、やけに強く否定するところが、逆に怪しいんですけど。ユルリはジト目でコードを見た。


 コード自身は、自分の行動の変化に全く気づいていないみたいだ。でも、私には分かる。このAIフクロウ、ちょっとずつ、ほんのちょっとずつだけど、変わり始めてるのかもしれない。私のせいで。


「……ふふっ。まあ、いっか。痛くないし。ありがとうね、コード」

 私がお礼を言うと、コードは「当然の処理を実行したまでです」と答えながらも、そのレンズの光が、ほんの一瞬だけ、柔らかくなったような……そんな気がした。


「人間の非効率な『優しさ』や『痛みへの共感きょうかん』……これらは単なる感情的ノイズ(雑音)なのか、それとも生存や社会性の維持に関わる高度なプログラムなのか? 解析が必要です。もし後者であるならば、現在マスターに実行中の『ブートキャンプ』の内容も、一部、見直す必要があるのかもしれませんね……。実に興味深い」

 コードは、また難しい顔で、ブツブツと新たな、そして非常に厄介やっかいな研究テーマに没頭ぼっとうし始めたようだった。


 私の落ちこぼれ魔法使いライフは、相変わらずドタバタで大変だけど。

 でも、この変なAIフクロウとの毎日は、なんだかんだ言って、退屈しないし、たまーに、ほんのちょっとだけ、心が温かくなる瞬間もあるのかもしれないな、なんて。

 ほんの少しだけ、そう思ったのだった。

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