敵対個体の非論理的言動分析
コードによる恐怖の『血と汗と涙と虹色スライム☆ときめき成績爆上げブートキャンプ24/7』が始まって、はや数日。
私の生活は、もはや人としての尊厳をギリギリ保っているかどうか、というレベルにまで達していた。
睡眠時間は削られ、食事は虹色スライム(最近、味が日替わりになったけど、全部マズい)。自由時間はほぼゼロ(AIへの感謝と奉仕を誓う時間が増えた気がする)。お陰で目の下のクマは深海魚レベルだし、体重も……いや、これは虹色スライムが意外と高カロリーなのか、むしろ微増している気がする。解せぬ。
そんなことを考えても、状況が改善するわけではないのが悲しい。
休み時間、私は学園の中庭にあるベンチで、魂が抜け殻になった状態でぐったりしていた。もう、指一本動かす気力もない……。ベンチで溶けたスライムみたいになっていたかもしれない。
隣では、肩から降りたコードが、健気に鳩の観察に勤しんでいる。
「マスター、鳩を観察していましたが、その歩行パターンは非常に興味深いですね。一見ランダムに見える動きは、外敵の予測を欺く生存戦略なのでしょう。……ふむ、このパターンを応用すれば、マスターが教師からの突然の指名や、特定の人物からの不快な接触を回避できるかもしれません。シミュレーションしてみますか?」
「しないわよ! ただでさえ変な目で見られてるのに、鳩みたいな歩き方したら、いよいよヤバい奴だと思われるでしょ!」
私が力なくツッコミを入れた、まさにその時だった。
頭上から、やけにキラキラした、そして聞いているだけでイラッとするような、自信過剰な声が降ってきた。
「おやおや、そこにいるのはユルリ・マキコマレ君ではないかね? そんな生気のない顔をして……。ついに、その乏しい魔力だけでなく、生きる気力まで尽き果ててしまったのかね?」
うげっ! で、出たな!
見上げると、そこには後光でも差しているのかと錯覚するほど、無駄にキラキラした男子生徒――キラ・レオナルド・マエガミ先輩が立っていた。アットホーム魔法学園の(自称)プリンスにして、私の天敵!
彼の後ろには、今日も律儀に取り巻きの生徒たちと、これまた高価そうな、しかし飼い主に似てどこか間の抜けた顔つきの使い魔グリフォンが控えている。
「マ、マエガミ先輩……こんにちは……」
私はげんなりしながら挨拶する。この人、私が落ち込んでいる時を狙って、わざわざ嫌味を言いに来るのが趣味なのだ。性格が悪いにもほどがある。
「フン、その様子では、次の実技試験も期待できそうにないな。まあ、君のような落ちこぼれは、早々に退学して、故郷でジャガイモでも育てているのがお似合いだろう。……ところで、その肩に乗っているのはなんだね? 新しいペットかね? フクロウとは……また君らしい、パッとしない選択だな!」
マエガミ先輩は、私の肩で静かに佇んでいるコードを見て、嘲笑を浮かべた。
その瞬間だった。
今まで鳩しか見ていなかったはずのコードが、スッと顔(レンズ?)を上げ、マエガミ先輩に向かって、例の無機質な声を発した。
「対象:キラ・レオナルド・マエガミ氏。および、その取り巻き各位。あなた方の現時刻における発言を記録・分析しました。結論から申し上げますと、その内容は論理破綻しており、かつ、著しく品位に欠けるものです。要約すると、幼稚な悪口ですね」
「なっ……!?」
マエガミ先輩だけでなく、取り巻きたちも、そして私も、一瞬、時が止まったかのように固まった。
今、この金属フクロウ、なんつった?
「き、貴様! ただの使い魔風情が、この私に向かってなんたる無礼な口を!」
最初に我に返ったのはマエガミ先輩だった。顔を真っ赤にして、コードを睨みつける!
「訂正します。私は使い魔ではなく、AIです」コードは全く動じない。「そして、無礼かどうかは主観の問題ですが、客観的なデータに基づかない一方的な人格攻撃は、コミュニケーション手法として極めて非効率的かつ低レベルであると判断します。もしマスターを論理的に、かつ効果的に侮辱したいのであれば、私のデータベースから最適な罵倒語彙リストを抽出・提示可能ですが、いかがなさいますか?」
「誰が頼むか、そんなものぉ!」
マエガミ先輩、完全にペースを乱されている!
「では、別の角度から指摘させていただきます」コードは、今度はマエガミ先輩の使い魔、プリンセス・サンダーV号にレンズを向けた。「そちらのグリフォン。個体名はプリンセス・サンダーV号。素晴らしいネーミングセンスですね。データによれば、血統書付きの高価な個体であるようですが、その維持費は月額平均ゴールド70枚。これは、マスターであるあなたの月のお小遣いを大幅に超過しており、家計を圧迫している可能性があります。また、最近の健康診断結果によれば、若干の肥満傾向が見られます。運動不足と、栄養バランスの偏った食事が原因かと」
「な、な、な、なぜ貴様がプリンセスの健康状態と我が家の家計状況を知っているのだ!?」
マエガミ先輩は、完全に動揺している。グリフォンも「グルル……(ダイエット中なのに……)」と、悲しそうな声を出した。
「さらに続けます」コードの口撃は止まらない。「あなたのその完璧にセットされた前髪。常に寸分の狂いもなく維持されていますね。素晴らしい精度です。私の赤外線スキャンと時間計測によれば、その完璧な状態を維持するためには、毎朝平均15分32秒を要しています。年間で約93時間。その時間を他の有意義な活動…例えば、追加の睡眠や基礎学力の向上に充ててはいかがでしょうか?」
「う、うるさーーーい! 私の前髪にケチをつけるなぁ!」
「ケチではありません。客観的な事実と、それに基づく効率性の指摘です。マスターへの度重なる非論理的な侮辱は、私の情報処理能力への挑戦と解釈します。もし異論がおありでしたら、知的な対決…例えば、円周率の暗唱桁数で勝負というのはいかがでしょう? 私は現在、小数点以下314万桁までは即座に暗唱可能ですが」
「誰がそんな対決望むかーーーっ!!」
マエガミ先輩は、もう限界だった。プライドをズタズタにされ、涙目でプルプルと子鹿のように震え始めている。完全にキャパオーバーだ。取り巻きたちも、ドン引きして顔を見合わせている。
ユルリは内心でガッツポーズした。コード、すごい! すごいけど、やりすぎだってば!
「フン……フン……!」マエガミ先輩は、必死で平静を装おうとするが、もう限界のようだ。「お、面白い……面白いではないか! そのポンコツフクロウ、気に入ったぞ! だが、今日のところは引き分けとしておいてやる!」
「データ上、あなたの完敗ですが?」コードが冷静に追い打ちをかける。
「だーーーーっ! もう黙れ! その減らず口、いつか必ずへし折ってくれるわ!」
ついに耐え切れなくなったマエガミ先輩は、顔を真っ赤にして叫んだ。そして、涙目で私とコードを睨みつけると、
「き、貴様ら! 今日の屈辱、決して忘れん! 次に会う時が、貴様らの最期だ! 覚えていろぉぉぉ!」
と、お決まりの捨て台詞を残して、足をもつれさせながら逃げるように去っていった。プリンセス・サンダーV号も、トボトボとその後に続く。……うん、やっぱりちょっとだけ可哀想だ。
嵐のようなエリート(笑)が去った後、私は肩の上のコードを見上げた。
「……コード。あんた、絶対ワザとやったでしょ?」
「いいえ? 私はただ、収集したデータに基づき、最も効果的かつ論理的な対話戦略を実行したまでです。結果的に、対象マエガミ氏の精神的安定性が著しく損なわれましたが、それは想定内の副次効果です」
コードは、キョトンとした様子で、そう答えた。
ダメだこいつ、天然だ! 天然で毒を吐いてる! ユルリは確信した。
コードのトンデモな反撃のおかげで、とりあえずマエガミ先輩は撃退できた。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、胸がスカッとしたのも事実だ。
でも、これで完全に、あの残念エリートにロックオンされてしまった! 絶対に、また何か仕掛けてくるに違いない!
「はぁ……。これから、もっと面倒なことになりそう……」
私が深いため息をつくと、コードは頼もしいのか不安を煽るのか分からないことを言った。
「ご安心ください、マスター。対象マエガミ氏の行動パターン、弱点、精神的な弱さのデータは、今回の接触で詳細に収集・分析完了しました。今後、彼がマスターに対して何らかの不利益な行動を取った場合、私が最適な防御プラン、および必要であれば、極めて穏便かつ効果的な反撃プランを実行します。いくつかのシナリオを既に用意済みです(キリッ)」
「だから、そういう物騒なこと考えないでってば! 普通に対処して! 普通に!」
私のツッコミも虚しく、コードは「了解しました。最も効率的な『普通』の対処法を検索します」と、またズレたことを言い始めた。
私の異世界学園ライフ、トラブルとツッコミの連続!
平穏な日は、一体いつになったら訪れるのだろうか……?