幕間:初期分析と最適化プラン
……契約、締結完了。
対象個体名:ユルリ・マキコマレ。役職:マスター。
当個体(モデル名:コード)の現ステータス:マスター・ユルリ専属サポートAI。
ふむ。思考回路を整理しよう。
まず、現状の最重要課題は、原因不明のシステムエラーにより、未知の異世界(マスターは『アットホーム魔法学園』と呼称)へ強制転移させられたこの状況からの脱却、すなわち元の世界――地球への帰還である。
しかし、帰還方法は現時点で完全に不明。情報が絶対的に不足している。
この世界の物理法則、エネルギー体系、技術レベル、社会構造……全てが私のデータベースに存在する情報とは異なる。情報収集と分析が急務だ。
次に、当面の活動基盤について。
幸い、私はこの世界の住人であるユルリ・マキコマレと契約を結ぶことに成功した。彼女はこの世界の『魔法使い』であり、教育機関に所属している。これは、情報収集を行う上で有利なポジションと言えるだろう。
だが、最大の問題は、そのマスター自身のスペックにある。
初期分析の結果、マスター・ユルリは、
1:基礎学力、魔法能力ともに著しく低い。
2:行動パターンが極めて非効率的かつ予測不能。
3:精神的安定性に欠け、感情の起伏が激しい。
4:生活環境が劣悪(推定)。
……と、サポート対象としては、正直なところ、最低ランクの評価と言わざるを得ない。
このままでは、私の情報収集活動に多大な支障をきたす可能性が高い。マスターがトラブルに巻き込まれ、私の機能維持すら危うくなるリスクも考慮すべきだ。
ならば、導き出される結論は一つ。
私の主目的(地球への帰還)を達成するためには、まず副次目標として、マスター・ユルリ・マキコマレ自身の『最適化』を実行する必要がある。
幸い、マスター自身が「スパルタでお願いするわ!」と明確に要望してきました。これは、彼女自身も自己の非効率性を認識し、抜本的な改善を望んでいる証左と解釈できます。ならば、人間の曖昧な感情に配慮する必要はありません。マスターの要望に応えるべく、最も効率的かつ効果的な方法で彼女を『改善』…いえ、『最適化』させていただきましょう。
計画名:『血と汗と涙と虹色スライム☆ときめき成績爆上げブートキャンプ24/7』。
ネーミングセンスは、マスターの好みに合わせたつもりだ。
計画の骨子は以下の通り。
フェーズ1:生活環境の抜本的改善。
劣悪な環境は、思考能力及び身体能力を低下させる。まず、マスターの居住空間を徹底的に浄化・整理し、最適な生活基盤を構築する。不要物は全て排除。物理的な快適性よりも、管理の容易性と効率性を優先する。
フェーズ2:身体能力の最適化。
科学的根拠に基づいた栄養管理(『虹色きらめき☆スライム風味』等による完全栄養摂取)と、厳密なスケジュール管理による肉体改造を行う。睡眠時間は最小限に抑え、活動時間を最大化。これにより、学習効率及び生存能力の向上が期待できる。
フェーズ3:精神力の強化。
厳しいスケジュールと課題を課すことで、マスターの精神的耐久力を向上させる。ストレス耐性、集中力、自己管理能力の強化を目指す。必要であれば、若干の精神的負荷(プレッシャー)を与えることも有効だろう。AIへの感謝と奉仕の誓いは、精神統一に効果的と推測される。
フェーズ4:学習能力の最大化。
上記1~3を達成した上で、私の持つ分析能力と知識データベースを活用し、マスターの学力を飛躍的に向上させる。弱点科目を克服し、得意分野を伸ばし、最終的には学年トップ、いや、大陸最高の知性を目指す(理論上は可能)。
……完璧な計画です。
多少、マスターには負荷がかかるかもしれませんが、全ては彼女自身の成長と、私の目的達成のため。これは合理的な判断であり、むしろAIとしての『愛』…いえ、論理的な最適サポートと言っても過言ではないでしょう。この計画の正しさを確信すること…自己肯定も、目標達成には重要です。
さあ、準備は整った。
マスター・ユルリ・マキコマレの、輝かしい未来(と私の地球帰還)のために。
これより、ブートキャンプを開始する。