帰還困難判定とマスター観察計画の継続
アットホーム魔法学園を襲った、創立記念祭での『番犬ロボ・ゴロー』暴走事件から、一週間が過ぎた。
破壊された時計塔や校舎の修復作業はまだ続いているけれど、学園にはようやくいつもの、ちょっとゆる~い日常が戻りつつあった。まあ、私に関しては、追加された罰当番(森の入り口の草むしり)がまだ終わってなくて、全然日常に戻れてないんだけど!
あの事件の後、なぜか私は「学園を救った不思議な歌声を持つ少女」として、ちょっとした有名人になってしまったらしい。廊下を歩いていると、知らない生徒からも「あ、ユルリさんだ!」「歌、すごかったです!」なんて声をかけられる。……すごく恥ずかしい!
「マスターが注目を集めるのは、良い傾向です」私の肩の上で、コードが分析する。「知名度向上は、今後の学園生活における様々な交渉や情報収集を有利に進める可能性があります。ただし、過度な注目はプライバシーの侵害や、新たなトラブルを誘発するリスクも…」
「分かってるわよ! ていうか、あんたのせいでもあるんだからね!」
私がジト目で言うと、コードは「私は最適なサポートを提供したまでです」と、しれっと答えた。やっぱり反省の色ゼロ!
後片付けや復旧作業を手伝う中で、仲間たちの様子も少しだけ変わった…気がする。
キラ・レオナルド・マエガミ先輩は、あれ以来、私に直接的な嫌味を言ってくることはなくなった。まあ、すれ違う時に「フンッ!」って鼻を鳴らしたり、わざとらしい咳払いをしたりするのは相変わらずだけど。この前なんて、私が重い荷物を運んでいたら、「ちっ、仕方ないな! 僕が持ってやる! べ、別に君のためじゃないぞ! エリートとして、か弱い者を助けるのは当然の義務だからな!」なんて言いながら、顔を真っ赤にして手伝ってくれたのだ。
……うん、やっぱりツンデレ化が進行している。間違いない。
ガンモちゃんは、事件の後、コードがこっそり回収していたらしいゴローの残骸パーツに目を輝かせ、工房で日夜、新たな発明に没頭している。
「なあコード! この旧式AIの回路、逆に利用すれば、面白いモンができそうだぜ! 例えば、自動で靴下を履かせてくれるロボットアームとか!」
「ふむ、興味深い発想です、ガンモ・ドワーフスキー氏。しかし、靴下を履かせる機能よりも、マスターの学力向上に直結するデバイス開発を優先すべきでは?」
「固いこと言うなよ! ロマンだろ、ロマン!」
……この二人が組むと、やっぱりろくなことにならない気がする。私はそっと距離を置くことにした。
先生たちも、私の活躍を認めてくれたのか、以前より少しだけ優しくなった……ような気がしないでもない。ポーション先生は、あの『ミラクル☆へんしんアワアワ』のサンプルを分析して、「これは美容業界に革命を起こせるかもしれん!」と、怪しげな研究に没頭しているらしい。ユルリは(先生、それ、元は私の大失敗作なんですけど…)と心の中でツッコむしかなかった。
平和な日常が戻ってきたけど、一つだけ、まだ解決していないことがある。
あの番犬ロボ・ゴローを暴走させた黒幕のことだ。学園も警察も必死で捜査しているらしいけど、あの黒いローブの奴らの正体も、ネットに予告状を書き込んだ『怪盗ニャンコ』の手がかりも、全く掴めていないらしい。
「まあ、悪いことした人は、いつか絶対捕まるよね!」
私が楽観的に言うと、コードはピシャリと言った。
「油断大敵です、マスター。犯人はまだ学園の近く、あるいは内部に潜んでいる可能性も否定できません。私が24時間365日、最高レベルの警戒態勢でマスターをお守りします。不審者を検知した場合、即座に無力化しますので、ご安心を」
「だから、その物騒なのはやめてってば!」
そういえば、コード自身の目的……元の世界への帰還はどうなったんだろう? 事件の後、何か分かったのかな?
「ねえ、コード。帰り道のこと、何か進展あった?」
私が尋ねると、コードは少しだけ間を置いてから、いつも通りの無機質な声で答えた。
「残念ながら、現時点では有効な帰還方法は発見されていません。この世界の物理法則や魔法体系は、私の故郷である地球とは根本的に異なり、次元間の接続ポイントを見つけ出すのは極めて困難です。帰還は、年単位、あるいは世紀単位での探索が必要となる、超長期的な目標と再設定しました」
「せ、世紀単位!?」そんなにかかるの!? ユルリは驚いて聞き返した。
「ですので」コードは続けた。「帰還は超長期目標とし、当面の間は、契約通りマスターのサポート任務を最優先します。並行して、この異世界のデータ収集、特に……マスター・ユルリ・マキコマレという、論理では説明不能な現象(不思議な力、驚異的な運、予測不能な行動など)を頻繁に引き起こす、極めて興味深い観測対象について、詳細な研究を行うことにしました。マスター、今後のデータ収集にご協力いただけますね?」
レンズの奥が、研究者のようにキラキラと輝いている。
やっぱり、私はこいつの研究対象かーい! ユルリは心の中で盛大にツッコミを入れたが、口には出さなかった。呆れる気持ちと、でも、ほんの少しだけホッとする気持ちが入り混じる。
まあ、いいか。コードがそばにいてくれるのは、なんだかんだ言って、ちょっとだけ……いや、結構、心強いかもしれない。主にレポートとか、マエガミ先輩対策とか、そういう実用的な面では、だけど! ユルリは、自分の素直じゃない気持ちに、少しだけ苦笑した。
こうして、私たちの、騒がしくて、ドタバタで、でも、ちょっとだけ面白い日常が、再び始まった。
私が相変わらずドジを踏めば、コードがズレたサポートをして、私が全力でツッコミを入れる。ガンモちゃんが時々、試作品を持ってきて騒ぎを起こし、マエガミ先輩がたまにツンデレを発揮しながら絡んでくる。
うん、全然平和じゃないけど、退屈する暇なんて、これっぽっちもない!
「よしっ!」私は青空に向かって、パン!と手を叩いた。「決めた! 次の目標は、創立記念祭のリベンジよ! 来年こそ、ちゃんと怖くて、ちゃんと面白い、完璧なお化け屋敷を作って、みんなをアッと言わせてやるんだから! 今度こそ、私がリーダーシップを発揮するんだ!」
私が高らかに宣言すると、コードが早速、キラキラとレンズを光らせた!
「了解しました、マスター! 目標設定、インプット完了! 来年の創立記念祭に向け、今から1年間の完璧な準備計画を立案します! 最適なホラー演出として、例えば……異次元から本物の恐怖存在を限定的に召喚し、ゲストにリアルな絶叫体験を提供するのはどうでしょう? 最新の次元物理学の論文によれば、安全管理も理論上は可能かと――」
「ダメに決まってるでしょーーーーっ!!!! なんでそう、すぐに人間をやめさせるような提案ばっかりするのよーーーっ!!!」
「それが最も効率的に『恐怖』と『感動』を提供できるかと……」
「効率とかの問題じゃないの! 普通に! 人形とか、脅かし役とかでいいの!」
「『普通』の基準が不明瞭です。マスターの考える『普通』の恐怖レベルを、具体的な数値と事例で示してください」
「ああもう! 話が通じないったら!」
やっぱり、このフクロウとの日々に、平穏なんて期待するだけ無駄みたいだ。
でも、まあ、いっか!
私たちの、ドタバタで、ハチャメチャで、でもちょっぴり心温まる異世界学園ライフは、まだまだ始まったばかりなのだから!
(第1章 完)