祭事データ収集とシステム脅威レベル上昇
そして、ついにやってきた! アットホーム魔法学園、創立記念祭当日!
空は雲ひとつない、これ以上ないくらいの快晴! 学園の門には魔法でキラキラ光る巨大なアーチが飾られ、中庭には色とりどりのテントが立ち並び、朝から生徒や街の人たちでごった返している! まさに、お祭りだー!
「うわー! すごい熱気! 楽しそー!」
昨日までの準備の疲れもどこへやら、私、ユルリ・マキコマレは、すっかりお祭りモード! 肩の上のコードも、いつもより心なしかレンズの輝きが増しているように見える。
「ふむ。人間の『祭り』という文化における、集合的熱狂のサンプルデータ収集を開始します。非効率的なエネルギーの発散ですが、観察対象としては非常に興味深いですね」
……やっぱり、こいつの興味はそっちか。
さて! 私たちのクラスが、血と汗と涙で作り上げた『魔法×ホラー!ドキドキ☆マジカルお化け屋敷』も、いよいよオープンだ! 正直、ちゃんと完成したのかどうかすら怪しいレベルだったけど……。
「いらっしゃいませー! 怖くて楽しい、新感覚マジカルお化け屋敷だよー! 入らなきゃ損! たぶん!」
入り口で、クラスメイトと一緒に必死で呼び込みをする私。中からは……うん、お客さんの「キャー!」っていう悲鳴と、なぜか「アハハハハ!」っていう爆笑が交互に聞こえてくる。……ど、どういう状況!?
交代で見張り番をしつつ、中をこっそり覗いてみると……やっぱりカオスだった。
内装班が飾り付けたファンシーなリボンと、小道具班が作ったリアルすぎる骨や蜘蛛の巣が、絶妙にミスマッチな空間を作り出している。
ガンモちゃんが仕掛けた「自動で追いかけてくる浮遊ガイコツ」は、時々制御不能になって壁に激突し、その破片がお客さんに当たりそうになっている。
コードが選んだ「恐怖心を最大限に煽る特殊音響BGM」は、効果がありすぎて、お客さんだけでなく、お化け役の生徒まで本気で怖がらせている始末。
そして、お化け役として白い布を被って潜んでいた私が、「わっ!」と飛び出して脅かそうとしたら、お客さんの方がびっくりして腰を抜かし、それに私が驚いて「ひぃぃぃ!」と本気の悲鳴を上げたら、それが一番怖かったと評判になっていた……。解せぬ。
……なのに! なぜか私たちのお化け屋敷、「予想外のハプニングがリアルすぎて逆に怖い」「お化け役の悲鳴が本物すぎてヤバい」と、ある意味で口コミが広がり、長蛇の列ができるほどの大人気なのだ! 世の中、何がウケるか分からないものである。ユルリは、褒められているのか貶されているのか分からない複雑な気分で、でもやっぱり嬉しかった。
「ふぅー、疲れたー! ちょっと休憩してくるね!」
私は、お化け役の任務をクラスメイトに託し、一人でお祭りを見て回ることにした。まずは腹ごしらえだ!
中庭の模擬店エリアへ向かうと、美味しそうな匂いがあちこちから漂ってくる!
「わー! 『食べると一時的にイケメンボイスになる魔法リンゴ飴』だって! 面白そう!」
「こっちは『絶対当たる(かもしれない)恋占いタロットカード』!」
「あっちの『飲むと語尾がポヨになる不思議ジュース』も気になる!」
怪しげだけど、面白そうなものがたくさん! 私は、とりあえず手当たり次第に買い食いしてみることにした。
お腹が満たされた後は、アトラクションだ!
「うわー! 目が回るー!」(ゴーレムが高速回転させるティーカップ)
「見て見て! この景品! 光るキノコのキーホルダー!」(魔法射的でゲット。ただし3回やってもこれだけ)
アットホーム魔法学園の学園祭は、やっぱりどこかユルくて、手作り感満載で、でもそれがすごく楽しい!
あ、あんなところにいるのは……マエガミ先輩!?
特設ステージの上で、スポットライトを浴びながら、自作のラブソングを熱唱している! しかも、バックダンサーとして自分の使い魔グリフォンを無理やり踊らせている! グリフォン、すごく嫌そうな顔してるけど……。観客は……うん、数えるほどしかいない。頑張れ、マエガミ先輩……! ユルリは遠い目で応援した。
「マスター、あのステージの音響システムに、彼の歌声だけをカットする特殊なフィルターをかけることも可能ですが、実行しますか?」
コードが、またしても物騒な提案をしてきた!
「しないわよ! そっとしておいてあげなさい!」
お祭りはどんどん盛り上がっていく! 楽しい! 最高!
……なんだけど。
さっきから、気のせいじゃなく、会場のあちこちで変なことが起こり始めてる気がするのだ。
最初は小さなことだった。
近くのわたあめ屋さんの、魔法で動くはずの綿あめ製造機が、突然火花を散らして止まったり。
ステージの照明が、一瞬だけ全部消えたり。
学園のシンボルであるはずの噴水が、さっきからずっと、泥水みたいな茶色い水を噴き上げていたり……。
「あれ? なんか、おかしくない?」
私が首をかしげていると、コードがピピッと警告音を発した。その電子音は、いつもより明らかに鋭く、緊迫しているように聞こえた。
「マスター、直ちに警戒レベルを最大に引き上げてください。 これは単なる偶然や、設備の老朽化ではありません。明確な悪意を持った攻撃です」
コードの声は、いつになく硬質で、電子音にわずかなノイズが混じっているように聞こえた。彼なりに焦っているのかもしれない。
「学園のネットワークシステムに対する、外部からの不正アクセス(ハッキング)が、この1時間で急激に増加しています。パターンを照合した結果、先日来の攻撃者と同一。その手口はさらに巧妙化しており、防御システムの一部が突破されかけています」
「えっ!? それって、ヤバいんじゃ……!」
「さらに、学園の魔力供給を管理している『中央動力塔』周辺において、原因不明の異常な魔力エネルギーの高まりを検知しました。エネルギーレベルは危険水域を突破、臨界点に近づいています! このまま放置すれば、大規模な魔力暴走はほぼ確実に発生します! 最悪の場合……この学園区画全体が消滅する可能性も否定できません!」
学園区画全体が消滅!? そんな、まさか……! 私の背筋が、ゾッと寒くなる。
「犯人の目的は不明ですが、この創立記念祭の混乱に乗じて、何かを企んでいる可能性が極めて高い。そして……」
コードのレンズが、鋭く周囲をスキャンする。
「監視カメラの映像記録に、複数の地点で、酷似した黒いローブ姿の人物が一瞬だけ記録されています。顔はフードで隠され、魔力パターンも高度に偽装されている。極めて手慣れた、組織的な犯行と推定されます」
黒いローブ……! やっぱり、あの時見たのは気のせいじゃなかったんだ!
その時、夜空にヒュ~~~……と音が響き、色とりどりの魔法花火が打ち上がり始めた! わあっ!と大きな歓声が上がる。祭りの興奮は、まさに最高潮!
でも、私の胸は、さっきまでのワクワク感とは全く違う、嫌なドキドキ感でいっぱいだった。コードの警告、頻発するトラブル、怪しい黒いローブ……。
「本当に、何も起こらないといいんだけど……」
私が不安げに呟くと、コードは私の肩の上で、戦闘態勢に入るかのように、カチリと小さな音を立てた。
「油断は禁物です、マスター。いつでも対応できるよう、私は戦闘……いえ、全力サポートモードの準備を整えています。マスターの安全は、このコードが必ず守りますから」
コードの言葉は少しだけ心強かったけど、私の不安は消えない。
華やかな花火が打ち上がる、このきらびやかな夜空の下で、今まさに、何かが起ころうとしている。
そんな、嵐の前の静けさのような、張り詰めた空気が、お祭りの喧騒の中に、確かに漂い始めていた。