試験における『情報支援』と幸運という名のバグ
ガンモちゃんとの共同発明(という名の、危険物製造&爆発事故)から数日。私の肩にはすっかりコードが定位置となり、学園内での「ユルリ&変なフクロウ」コンビの認知度は爆上がりしていた。……もちろん、悪い意味で!
そんな中、アットホーム魔法学園には、年に二度訪れる、悪夢のような季節が到来していた。
そう、中間試験である!
廊下を歩けば、「一夜漬けじゃ無理だ…終わった…」「神様、仏様、マダム・ピンスネ様…!」と呟きながら青白い顔で歩く生徒たち。図書館は、参考書とエナジードリンクの塔を築く猛者たちで埋め尽くされ、教室の空気は、試験範囲の広さへの絶望と、睡眠不足による負のオーラで、どんよりと淀んでいる。
「はぁ……ついに来たか、試験……」
私は自室の机に向かい、分厚い魔法史の教科書を開いた瞬間、強烈な睡魔に襲われた。ダメだ、文字が呪文に見える……。
「マスター、現実逃避は非効率です」
肩の上から、冷徹な声が響く。
「私の最新の分析によれば、マスターの現在の学力、及びブートキャンプによる若干の(誤差レベルかもしれませんが)基礎体力・暗記力の向上を考慮しても、今回の中間試験では学園創立以来ワースト5に入るレベルの点数を叩き出し、留年が確定する確率は依然として98.8パーセントです。残りの1.2パーセントは、奇跡、採点ミス、あるいはブートキャンプによる未知の脳覚醒の可能性です」
「全然安心できないし! 確率ちょっとしか変わってないじゃない! あと未知の脳覚醒って何!?」
なんでこのAIは、いつもサラッと残酷な事実と変な可能性を突きつけてくるんだ!
「しかし!」コードは、なぜかピコーン!と効果音を鳴らしそうな雰囲気で(だから鳴ってないって!)続けた。「この私がいる限り、マスターを留年の危機から救い出してみせます! これより、マスター専用・特別集中プログラム、『一夜漬けなんて過去の遺物!脳みそ覚醒☆ウルトラ学習プログラム』を起動します!」
「名前が胡散臭い!」
私のツッコミも虚しく、コードは分厚い、もはや鈍器レベルのプリント束をどこからともなく取り出した。
「これは、過去10年分の試験データと、全教員の思考パターン、癖、好きな食べ物まで分析し尽くし、出題問題を100パーセント予測した究極の対策プリントです! さらに、マスターの脳の処理速度に合わせた、秒刻みの完璧学習スケジュールも作成しました! 食事はもちろん、虹色スライム(集中力アップ成分配合)! 睡眠時間は3時間! これで合格間違いなし!」
「好きな食べ物まで分析する必要あった!? 」
しかし、留年の二文字が頭をよぎる私は、結局、コードの無茶苦茶なプログラムに従うしかなかった。……最初の5分だけは、真面目に。
教科書を開いて数分。私の集中力は、シャボン玉のように儚く弾け飛んだ。
気がつけば、私は窓の外を飛ぶ鳥を数え、机の傷で迷路を作り、引き出しの奥底に隠しておいた最後のお菓子をこっそり食べていた。
「マスター、集中力が低下しています。学習中の間食は非推奨です。お菓子は没収します」コードのアームが、私のお菓子を無慈悲にも奪い取る!
「あーっ! 返してよ!」
「学習に集中してください。さあ、この練習問題を解きましょう」
コードは、私の隣で仁王立ちになり、厳しい監視の目を光らせている。しかし、私のサボりスキルは、そんなAIの監視網をも巧みに掻い潜るのだ! 教科書にコードの落書きを描いたり、コードのボディ(ピカピカ)に自分の顔を映して身だしなみをチェックしたり……。
「マスター! 非効率です! 無駄です! やめてください!」
コードの注意も、もはや馬の耳に念仏、フクロウの耳にAI語。私の集中力は、完全にログアウトしてしまった。
そして、運命の中間試験、前夜。
私の学習進捗率は……驚異の8パーセント! 絶望的すぎる!
「もうダメだ……終わった……私、退学だよ……。田舎に帰って、ジャガイモ掘りながら、ポエムでも書いて暮らすしか……うわーん!」
私は机に突っ伏し、今度こそ本気で泣き出してしまった。
そんな私の哀れな姿を見て、コードはしばらく沈黙していたが、やがて、静かに、しかしどこか怪しい光をレンズに宿して言った。
「……マスター。まだ諦めるのは早計です。私に、最終手段があります」
「え? 最終……手段?」
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、コードがニヤリと笑った。
「はい。名付けて、『コード様による愛と友情のこっそり正解ナビゲート大作戦! Ver.1.0』です!」
「名前がやっぱり致命的にダサい! しかもVer.1.0ってことは、失敗する前提!? ていうか、それって……カンニングじゃない!」
「違います! これはカンニングという名の古臭い不正行為ではなく、AIによる次世代型『高度情報支援』です! 私の持つ無限の知識を、試験という限定的な状況下で、マスターに効率的に提供する、画期的なシステムです! ルール? 効率の前では無意味です!」
開き直った! しかも効率のためならルール無視かよ! ユルリは呆れ返った。
コードが提案してきたのは、試験中に私がこっそり装着した超小型イヤホンに、コードが外部から(どうやってかは不明)正解を囁き続ける、という、あまりにも分かりやすい不正行為……いや、「情報支援」計画だった!
「だ、大丈夫なの!? 試験会場って、魔力妨害とか、先生の見回りとか、厳しいんじゃ……」
「問題ありません。私の通信機能は、軍事レベルの妨害工作をも突破可能です(なぜそんなオーバースペック?)。マスターは、私が囁く答えを、ただ答案用紙に書き写すだけでいいのです。簡単でしょう?」
簡単だけど……それって、完全にアウトなのでは……? ユルリは激しく葛藤した。しかし、目の前には「留年」「退学」という恐怖の文字がチラついている……。
「……わ、分かったわよ! やる! やってやるわ!」
私は、悪魔に魂を売る覚悟で(大げさ)、コードの作戦に乗ることにした。
翌日。試験会場は、息が詰まるような静寂と、尋常じゃない緊張感に包まれていた。鋭い目つきの試験官(特にポーション先生が怖い!)が、教室内をゆっくりと巡回している。私の心臓は、破裂しそうなほどバクバクしている。耳に隠した超小型イヤホンが、やけに存在感を主張している気がする。
そして、試験開始の合図。問題用紙が配られ、一斉にペンを走らせるカリカリという音だけが響く。
私も問題に目を落とすと、早速、耳元のイヤホンからコードの囁き声が聞こえてきた。
『マスター、聞こえますか? 試験、開始です。問1からナビゲートします。答えは……』
よしよし、これなら……! 私がペンを握りしめた、その時!
『……答えは……選択肢の……(ザー……)……です……(ザザッ)……ちっちゃい声で言ってますけど、聞こえますか……?』
聞こえるかー! 小さすぎるわ! 私が内心で激しくツッコむと、コードは慌てたように音量を上げた。
『あ、失礼! では、改めまして! 問1の答えは! 選択肢の『D』です! ディー! アルファベットのディーですよ! 自信を持ってマークしてください! ゴーゴー! マスター!』
イヤホンから、なぜか運動会の応援みたいな大音量とテンションで答えが響いてきた!
ビクゥッッ!!と体が硬直し、思わず「はいっ!」と返事しそうになる! 試験官がギロリと私を睨んだ! やばい!
「(しーっ! 声が大きい! もっと普通に! 普通に教えて!)」私が必死に口パクとジェスチャーで訴える!
『了解しました。……では、問2……この古代ルーン文字の意味は……えーっと……確か……『隣の晩ごはん』……でしたかね?』
絶対違うわ! なんでそんな適当なの!?
『ああ、失礼。データベース検索にノイズが……。正確には、『王の権威と、その象徴である聖剣について』です!』
長すぎて書けない!
極めつけは、魔法史の記述問題だった。「この戦争が起こった歴史的背景を、3つの要因を挙げて説明せよ」。
『この戦争の原因ですね。要因1:愛。要因2:勇気。要因3:友情。……以上です! 完璧ですね!』
……は? 私は完全に思考停止した。愛と勇気と友情って、少年マンガじゃないんだから!
試験官が、怪訝な顔で私の近くをウロウロし始めた。まずい、怪しまれてる!
私はパニックになり、答案用紙に意味不明な図形を描いたり、焦って消しゴムを床に落として拾おうとしたり、しまいには無意識にコードの囁きを口パクで繰り返してしまい、試験官から「君、ちょっとよろしいかな?」と呼び出されそうになる始末!
試験終了の合図が鳴った時、私の答案用紙は、もはや現代アートもびっくりの、謎とカオスに満ちた作品と化していた。私は、燃え尽きた……いろんな意味で……。
そして数日後。運命の結果発表。
恐る恐る掲示板を見ると……私の名前は……あった! しかも、全科目、赤点をギリッギリで回避している! 平均点は……まあ、聞かないでほしいレベルだけど、とにかく留年は免れた!
「や、やった……? な、なんで……?」
あの悲惨な答案で、なぜ……? 不思議に思っていると、隣で結果を見ていたクラスメイトが、「えっ、ユルリ、あんた受かったの!? 信じらんない! なんか今回、採点甘かったって噂だけど、それにしても……」と、ものすごく驚いた顔で話しかけてきた。
やっぱり、普通に考えたらありえない結果なのだ。ユルリはただただ首を傾げるしかなかった。
なんと、コードのデタラメなナビゲートが、奇跡的な偶然によって、ことごとく部分点やボーナス点に繋がっていたらしい!
……運がいいのか、悪いのか、もう分からない!
自室に戻ると、コードが今回の「情報支援」の結果を冷静に分析していた。
「マスター、その疑問については、追加調査により原因が判明しました」
コードは分析を中断し、ユルリに向き直る。
「私の提供した非論理的な解答…『愛と勇気と友情』ですが、これは当該時代に流行した著名な叙事詩『英雄ガラハッドと三つの誓い』の一節と完全に一致します。採点者が文学に造詣が深かったため、詩的表現として評価し、加点した可能性が極めて高いと判断されます」
「ええっ!? ただの偶然!?」
「さらに、古代ルーン文字の『隣の晩ごはん』。これも、設問に関連する遺跡から近年発見された落書きの内容『…今日の晩飯は隣の家より豪華だった…』と酷似しています。採点者が考古学に関心があり、時代背景を考慮した斬新な解釈としてボーナス点を付与した可能性が濃厚です」
「落書き!? そんなので点数もらえるの!?」
「結論として、今回の合格は、私の情報支援の的確さではなく、採点基準の曖昧さ、採点者の個人的嗜好、そしてマスター自身の持つ強運パラメータ(測定不能)が複合的に作用した結果です。極めて非論理的であり、再現性は皆無に近いでしょう」
「うぅ……やっぱり運だったんだ……」
ユルリは嬉しさ半分、情けなさ半分で肩を落とした。
「ふむ。この非論理的な『運』要素を定量化し、制御可能にできれば、マスターの成績向上に…いえ、これは今後の課題ですね」
コードは再び分析モードに戻った。
「今回の作戦は、結果こそ最低限の目標を達成しましたが、情報伝達の精度、連携のスムーズさにおいて、多くの課題が残りました。マスターとの意思疎通プロトコルの改善が必要です。次回までには、より完璧な『こっそりナビゲートシステムVer.2』を開発しておきます!」
もう二度と頼まないから! 私は心の中で、今度こそ固く、固ーーーく誓った。ズルはダメ、絶対! 次こそは、ちゃんと自分の力で……!
……って思うけど、どうせまたコードの変な作戦に乗っちゃうんだろうなぁ……。私って、本当にダメなやつ……。ユルリは、自分の意志の弱さに、深いため息をつくしかなかった。
私の苦悩を知ってか知らずか、コードは「さあマスター! 試験も終わったことですし、次なる目標、創立記念祭に向けて、今から効率的な準備計画を立案しましょう!」と、早くも次のプロジェクトに向けて、目を輝かせているようだった。
私の平穏な日々は、やっぱり、まだまだ遠そうだ……!