容疑者三・古市卓巳②
「そ、それは・・・まあ、そうかもしれませんが、妻の遺体はまだ見つかっていません。死んだとは限りません。警察だって、捜索願を受け付けただけで、本気で妻の行方を捜してくれようとはしてくれていませんよね。妻はまだ何処かで生きている、私はそう信じています」
「捜索願を受理した以上、失踪者の捜索はちゃんと行われています。遺体でも見つかって事件性があれば、殺人事件として捜査が始まるでしょう」まるで古市を挑発しているかのような発言だ。
隣で聞いていた茂木は古市に同情した。
「ああ、そうだ、刑事さん。私が東城社長を疑うのは、もうひとつ理由があるのです。妻が失踪する数ヶ月前、東城社長はここ、呪い谷で山をひとつ買っているのです。妙仏山というお屋敷の裏手に広がる山です。特に目的があって山を手に入れた訳ではないようです。購入後は、立ち入り禁止にして、ほったらかしになっています。どうです? 刑事さん、変だと思いませんか?」
「ほ、ほう~それは面白い。死体を埋める為に、山をひとつ買ったと言いたいのですか?」柊は察しが良い。やはり優秀な刑事だ。
「東城社長にとっては、こんな僻地の山をひとつ買うなんて、はした金でしょうからね。私はね。妻を捜して、この近辺を隈なく歩き回ったのです。ですが、妙仏山は私有地ですから、勝手に入ることができない」
「東城社長が山への立ち入りを認めてくれないのですね?」
「いえ」と古市は、ばつが悪そうな顔をした。「山への立ち入りは認めてくれるのですが、それも社長がここに滞在している間だけです。後は管理が大変だとかで、勝手に入れてはくれません」
「なんだ、ちゃんと認めてもらっているのではありませんか。あちらさんとしても、留守の間に勝手に山に入って荒しまわられては迷惑でしょう。特に怪我でもされたら。それはそれで仕方ありません」
「刑事さん。行ってみてくださいよ。とにかく、あんな広くて大きい山、一週間くらい歩き回ったって、たかが知れています。それこそ大人数で、徹底的に捜索しないと――」
「そうですか? 一日、歩き回ると、一周くらいできるのではありませんか? 一週間もあれば、ほとんど見て回れるのではないですか?」
「そ、そんな無茶苦茶な! もし、地中に埋められていると――」古市はそこで言葉を切ると頭を降った。それ以上は考えたくないというジェスチャーだ。
頭の回転は早いが、気遣いに欠ける柊がきっちりとフォローをしてくれる。「ほ、ほう~それは面白い。死体が地中に埋められているとすると、それを探し当てるのは至難の業だと言いたいのですね。まあ、そうでしょう。しかも、時間が経てば経つほど、死体を埋めた場所は分からなくなります。大雨でも降って、土砂崩れでも起きて、そこにたまたま死体が埋まっていない限り、地中の死体が地表に現れることはないでしょう。可能性は限りなくゼロに等しい」
「ああ、刑事さん。もう結構です」古市が苦々しく遮った。
古市の気持ちを察した訳ではないだろうが、「ところで――」と柊は話題を変えると、「奥さんが追っていた東城社長のゴシップがどんなものだったのか、ご存知ありませんか? ひょっとしたら、今回の事件と関係があるかもしれません」
「ああ、そうですね。そうですよ。私なんぞ疑っていないで、彼らを調べてみた方が良い」
「彼ら?」
「妻は何時も取材ノートを持ち歩いていました。ゴムバンドの付いた、ちょっと大きめの手帳なのですが、残された私物の中にありませんでした。それがないと、詳しいことは分かりませんけど、大体のことは妻から聞いています。刑事さん、八田正武と言う人間をご存知でしょうか? ほら、新聞配達から不動産王に成り上がり、最後は国会議員にもなった、あの人です」
「名前は聞いたことがあります。その八田さんが何か?」
「東城社長は八田正武の愛人だったのですよ」
「ほ、ほう~それは面白い」
「東城社長がエステ・チェーンを都内に展開できたのは、背後に八田の財力とコネがあったからです。随分とあくどいことをやったみたいですよ。ほら、秘書をやっている佐藤さん。彼も実家の工場を借金のかたに取り上げられたと聞きました」
「佐藤さんからは、話を聞いてあります。それで――?」
「東城社長が八田と知り合った頃、彼女はまだ独身でした。ですが、八田には奥さんがいて、子供もいました。不倫関係だった訳です。妻の調査で、二人の間に隠し子がいることも分かっています。八田の奥さんは心中、穏やかではなかったでしょうね。
ゴシップが表に出ると、八田の名前に傷がついてしまう。だから極秘だった。でも、東城社長にとって、八田の妻の存在は目障りだったと思います。しかもね、刑事さん」寡黙だった古市が水を得た魚のように、よく喋る。他人のゴシップを暴露する喜びは、人を饒舌にさせるようだ。「八田が亡くなってから、八田の不動産会社は東城社長の会社に乗っ取られたようですよ。ミイラ取りがミイラになるってやつですかね。会社の経営は、実質、東城社長に牛耳られていて、八田親子は身ぐるみ剥がされて放り出されたという噂です。正妻の立場を使って、嫌がらせでもしていたのかもしれませんね。それで、東城社長の恨みを買って復讐された。そんなとこですかね。自業自得ですね」
「八田親子は東城社長を恨んでいたということですね?」
「そうです。刑事さん、その八田親子もこの旅館に宿泊しています。ちらりと見かけただけですけど、間違いないと思います。休みの日に妻の仕事を手伝って、書類整理をしたことがありますので、写真を見て、八田親子の顔は覚えていました」
「ほ、ほう~それは面白い」柊がにやりと陰険な笑顔を浮かべて言った。「ほ、ほう~それは面白い」が柊の口癖のようだ。




