たこ焼きで焼きそばパンで『あかずの間』 その五
「ほほう。てっきりモンスターか何か、ジャパンで言うところのヨーカイでも出てくるかと思ったら、まさかロングスカートでクラシックなメイドさんのお出ましとは」
謎のメイドさんを前にして、あっけらかんと言うウラ・メシヤだったが、俺には困惑することしか出来なかった。
アカナスビルヂングの『空かずの間』に充満する煙は、実はオバケの仕業だった。
これはギリギリ理解できる。
そのオバケの見た目が、メイドさんだった。
「……何でメイドさん?」
『視えないモノが視える』というウラの目の能力をうつしてもらった(らしい)俺の目にも、はっきりと映るその姿は、メイドさんだとしか言いようがない。
俺に劣らぬ長身が様になる、まるでモデルのような立ち姿、腰まで届くストレートの黒髪をした、アニメに出てくるようなメイドさんである。
俺が困惑していることをに察したのか、謎のメイドさんがウラからこちらへと目線を移す。
切れ長の瞳に整った顔立ちの美人なのだが……どことなく冷たい眼差しをしている。
「わたくしの恰好に何か問題でもありますか?」
「問題があるというか……ただ、何でメイドさんなのかなと思って」
「別に自分の趣味でこの格好をしているわけではありません。生前の仕事着をそのまま着ているだけですし、とやかく言われる筋合いはありません」
「あっ、はい……」
どことなくキツメの語気にたじろぐ俺の前へ、ウラがすっと出てきて会話を引き継いだ。
「ということは! キミは元々は人間のメイドさんだったというわけだね」
「そうですね。そういうことになりますね」
「ハハッハー。つまり『メイド・イン・ジャパン』というわけか!」
話の相手がオバケのメイドさんでも、ウラの調子は今まで通りだった。
「……もしかしてアンタ、アカナスビルヂングの前にここに建っていたっていうレンガ屋敷で働いていたメイドさんだったのか?」
再び口を挟んだ俺に、またも冷たい視線を向けてくるオバケのメイドさん。
「確かにわたくしはそこでメイドをやっていましたが、アンタなどという名前ではありません。浮雲果菜子という名前があります」
ツンとした口調で名前を名乗るメイドさん……浮雲果菜子。
っていうか俺、なんか嫌われてる?
「ワタシの名前はウラ・メシヤ! この『あかずの間』をなんとかしてくれという依頼を受けて、海の向こうからやってきたフリーの救世主だ!」
「……」
ポーズを取りながら決め台詞を言うウラに、浮雲は呆れたような表情で口を閉じた。
コイツ、幽霊?に呆れられてやがる……
「あとこちらは、現地の案内人でビルの住人、フリーで個人的に探偵をやっているミスター・ヤマツチだよ」
「おい。フリーの救世主と同じ流れで俺の紹介をするな」
確かにフリーでやっている仕事だけどね!
「知っています。この建物の住人については、大体把握していますので」
浮雲は相変わらず睨むようなジト目の視線を俺に向けたまま、突き放すような口調で言う。
「余計なお世話かもしれませんが、お洋服は毎日着替えたほうがいいと思います。昨日も同じ服を着て、そのままソファーで寝ていらっしゃいましたよね?」
浮雲の言葉に、俺の背筋にちょっと冷たいものが走る。
俺のフリーダムな一人暮らし、幽霊に監視されていたのかよ。
「ハハッハー! つまりヤマツチに関しては、『ここでは着物をお脱ぎください』でも間違いじゃあなかったというわけだね!」
「そうですね」
爆笑するウラに、同意する浮雲。俺の味方がいない。
「それでキミ、カナコさんは何故この部屋をあんな風に煙で埋め尽くしていたんだい?」
「この部屋を見せかけの煙で充満させていた理由、ですか……」
浮雲はスンとした表情で一度口を閉じたが、すぐまた続きを口にする。
「それに関しては、親切心と言っておきましょうか」
「シ、シンセツシン?」
浮雲の意外な答えに俺は目を丸くした。
「そうです。ここが普通の空き部屋なら、いずれ他の人間が入居してますよね? しかし実際にはここには、このわたくしが住み憑いています。後から来た人間に心霊物件だなんて騒がれるのは、わたくしとしても不本意ですし。それならばと最初から誰も住めないようにしておいたほうが、お互いの為だと思いまして」
「そのために部屋を煙でいっぱいにしてたのかい?」
「そうです。わたくしが出来ることはあまり多くありませんが、こうやって煙を操る程度の能力があります。この能力を使って『他の人間が入居できない部屋』を作り出すためには、こうして見せかけの煙で部屋をいっぱいにすることくらいしか思いつけませんでした」
文字通り煙に巻くような理屈の展開だが……
「そのせいで俺ら……他の部屋の住人も、煙が自分たちの部屋に漏れてこないかどうか、ずっと不安な気持ちで生活してたんだけど」
現住人を代表して一言言っておきたくなり、俺は再び口を挟んだ。
「実際には漏れていないじゃあありませんか」
しかし浮雲はだるそうな視線をこちらへ向けながら、あっさりそう返した。
「そりゃそうだけど……精神的被害というかさ」
「ですがわたくしは別に『この部屋には煙が漏れている』などと言った覚えはありません。ここを調べた方々が、勝手に『地下のパン焼き窯の煙がここへ漏れている』と判断しただけです。煙漏れの場所さえ特定できないにも関わらず、です。そして実際、そちらのウラさんはこの現象が物理的な煙漏れでないということを特定しています。実際に起こっていない、調査不足のせいの思い込みから来る不安までわたくしのせいにするのはお門違い、責任転嫁というのではないでしょうか?」
「すげえ理路整然と言い返してくるじゃん!」
幽霊ってこういう感じなの?
漫画や映画だともっと話の通じない存在ってイメージだったんだけど……話が通じる上で反論してくる幽霊なんてどうすりゃあいんだよ。
「大体アンタそもそも何で幽霊になったんだ? この部屋に取り憑いた地縛霊ってことか?」
「「はぁ……」」
俺の疑問に、今度は浮雲だけでなく、ウラまでもがため息でユニゾンする。
「な、何だよ?」
「ヤマツチ、キミねえ……初対面のレディーにそんなプライベートに踏み入った質問をするもんじゃあないよ」
「まったくです。わたくしがどんな理由でここにいるのか、それが貴方に何か関係がございますか?」
「ねー。ゴメンね、うちのヤマツチが」
なんか俺の悪口で意気投合する二人。
どうやら今のは失礼な質問だったようだ。普通は気になるとこだと思うんだけどな……俺がおかしいのか?
幽霊に対する気の使い方が分からん。
「ヤマツチのデリカシーの話は置いておくとして! しかしだね、カナコさん」
やり込められる俺の肩にポンと手を置き、代わりに一歩ウラが前へと足を踏み出した。
「ここがキミのいたというお屋敷だった時ならまだしも、今やここはビルになっているんだよ。キミがここに住み続けたいというのなら、それ相応の家賃か何かを払うべきだと思うけど」
この世の者ではない幽霊相手に、なんかやたらと常識的な話を持ち出す自称・救世主。
しかし浮雲は相変わらず淡々とした様子で言葉を返してくる。
「先ほど言った通り、わたくしには多少の煙を操る程度の能力しかありません。今こうしてあなた方と会話が出来ていることすら、本来は不可能……わたくしではなく、そちらの金髪の方の目の能力があってのことです。つまりわたくしはほとんどの人間にとって、この部屋に満ちた物言わぬ煙同然……ただの煙がどうやって対価を支払えと?」
「何も支払うことは出来ないが、この部屋から出ていくつもりもないと?」
「今言った通り、わたくしは煙同然の存在ですよ? ただの煙に家賃を払えだなんて、誰も言ったりしないでしょう?」
「いやいやいや! だって、煙じゃなくって幽霊だろ?」
「煙か、幽霊か。視えない方にとって、両者に何か違いがありますか?」
「違いって……」
浮雲の問いに、俺は答えに詰まる。
ウラの目によって、この『あかずの間』の煙は、実は心霊現象であることが判明した。
だがその原因を作っているオバケのほうが、自分はただの煙同然だと主張して部屋から出て行こうとしない。
どうすりゃいいんだよ、この場合。
「……カナコさん。念のため一応、確認しておきたいことがあるんだけど」
何か思いついたのか、顎に手をやりながらウラが口を開く。
「何でしょう?」
「キミはさっきからここにいるのは不可抗力っぽいようなことを言っているけど、キミ自身の希望はどうなんだい? 出ていきたいのに出ていけなくて困っているのかい? それともこの部屋に居続けたいのかい?」
「……それ、この状況に何か関係ありますか?」
自分より背が低いウラのことを、まるで下から見上げるようなジト目で、浮雲は睨んだ。
「大いにあるとも! もしもキミが『不本意ながらここから離れられない』かつ『他の人間を部屋に入れたくない』というのであれば、我々の利害は一致するからね! キミがこの部屋から出る手伝いが出来るはずだよ」
「そうですか。では、残念でしたね」
きっぱりとした口調で、浮雲は断言する。
「わたくしは望んでこの場所、この部屋に留まり続けています。まだ当分の間はここを離れるつもりはありませんので、わたくし達の利害は一致いたしません」
ハッキリとした拒絶にしか聞こえない、浮雲の言葉。
だがそれを聞いて、なおウラはニッコリと笑った。
「オッケー! これでカナコさんの希望はちゃんと理解できた! サンクス、ありがとう! では今からその方向性で、解決策を提案させてもらおう!」
「……解決策?」
眉を顰める浮雲に向かい、ウラはさらに言葉を続ける。
「そう! ゴーストであるカナコさんも、生きた人間であるビルの持ち主も、まとめて救うクリティカルなアイディアがあるのだよ!」
そしてウラは一歩浮雲の前へ出ると、しっかりと彼女の目を見つめ、こう言った。
「カナコさん、キミ、このワタシと一緒にこの部屋で暮らさないかい?」
「……は? 今なんと?」
今まで淡々と反論を返してきた浮雲が、初めて信じられないとでも言いたげな表情で聞き返してきた。
それに対して、ウラは相変わらず、今まで通りに気楽に言う。
「ここで一緒に暮らそう、つまりルームシェアしようと言ったのだがね」
「……正気ですか?」
「ハハッハー! もちろん正気だとも!」
心なしか引き気味になっている浮雲に、胸を張るように宣言するウラ・メシヤ。
「ワタシの故郷もジャパンに負けないくらいフェアリーやゴーストがあちこちにいてね。ワタシにとっては『人間以外のモノ』なんて存在しているのが当たり前のことだからね。ルームシェアぐらいはノープロブレムってもんだよ」
「それって、わたくしに何か得がありますか?」
「もちろんあるとも! ワタシは一応生きている人間だからね!」
尋ねられたウラは、得意げな様子でペラペラとプレゼンを始める。
「この部屋に住めば、ワタシが家賃を支払うことが出来る! そうすれば勝手に他の人間が入ってくることも、心霊物件扱いされることもないよ! 何せワタシは、カナコさんというゴーストの存在を、知ってて一緒に住もうと言っているのだからね! もちろんカナコさんのプライベートは尊重するとも! そんなに狭い部屋でもなし、生活スペースを分けて暮らして、お互いに助け合えるところは助け合おうという提案さ!」
「……それは貴女のほうに徳はあるんですか?」
「なくはないよ!」
その質問を待ってましたとばかりに、ウラは悪戯っぽくニヤリと笑った。
「ここで暮らすことが決まれば、ジャパンでの物件探しの手間が省ける」
「……は? それだけ?」
「重要なことだよ。ありがたいことにワタシには、今回のようにジャパンからの依頼が結構多くてね。やはりこの国には、ゴーストやフェアリーが多いのかな? それで実は前々からジャパンで仕事をするときのために、拠点が欲しいと思っていたんだよ。だからここに住まわせてもらえるなら、正直かなり助かるのさ」
「仕事の拠点、ですか」
「そう。だからワタシの一年三百六十五日ずっとここにいるというわけではない。だがワタシがこの部屋を借りて、家賃を払えば、キミはずっとここにいても問題なくなるというわけだ。ワタシというルームメイトの存在さえ受け入れてもらえれば、ね」
幽霊である浮雲果菜子をまっすぐに見つめつつ、ウラ・メシヤは改めて言う。
「どうだいカナコさん? キミの話し相手ぐらいにはなれると思うのだけれど、ワタシをルームメイトにしてみるつもりはないかい?」
「ルームメイト……わたくしは幽霊とはいえ一応、女なのですけど。貴方はそんな恰好してるけど男性じゃあないんですか?」
「あ、分かりづらくってゴメンね。こんな格好してるけどワタシも女だよ」
ここに来て、聞くタイミングを逃したことを浮雲がさらっと質問してくれたおかげで、ようやくウラの性別が判明した。
やっぱコイツ女だったんだ……
「何故男性物のスーツを着ているんですか?」
「ポケットがたくさんあって便利なんだよね、この服ね」
「なるほど。合理的ですね」
「ハハッハー。そうだろ、特に裏地のポケットが大きくてね」
「……なあ、おい」
話が逸れ始めたのを感じた俺は、また浮雲に睨まれるのを恐れ、囁くようにウラへと声をかける。
「ん? なんだいヤマツチ?」
「お前、マジでこの部屋に住むつもりなのかよ?」
「うん。そうそう。さっきも言った通り、仕事の拠点がジャパンに必要だって前から思っていたから、丁度いいかなって。あ、ここに住んだらキミともご近所さんになるのか。ヨロシクね、ヤマツチ」
「いや住むのはともかく、浮雲と……オバケとルームシェアって、大丈夫か? アイツがどんな奴かもまだよく分かんねえのに」
「ハハッハー。ノープロブレムノープロブレム。カナコさんは悪いゴーストじゃあないから」
「今のは聞き捨てなりませんね」
へらへらと笑うウラを、浮雲はまた、見上げるような目つきで上から睨みつけた。
「会ったばかりの貴女にわたくしの何が分かるのですか?」
睨まれたウラはキョトンとした顔つきで口を開いた。
「だってカナコさん、やろうと思えばワタシ達を殺すことも出来たのに、やらないでしょ?」