たこ焼きで焼きそばパンで『あかずの間』 その三
「ジャパンの地方都市『獄呟市』にあるショッピングストリート、『こっくり商店街』。そこに建つレンガ造りの雑居ビル『アカナスビルヂング』……その四階には『あかずの間』が存在しており、オーナーも住人も立ち入ることが出来ない。このワタシ、救世主であるウラ・メシヤはその部屋を開け放ち、苦しむ住人を救うためにこの国、この町、このショッピングストリートにやって来た、というわけだね。さてヤマツチ、ここまでで何か質問はあるかな?」
「何で初登場したときにその感じで始められなかったの?」
今になって有能な仕事を引き受けてやってきた謎の外国人みたいな雰囲気出しても、もう手遅れだよ。
俺の中ではもうウラ・メシヤは、顔と声が良いだけの、腹ペコドカ食い外国人だよ。
「ハハッハー。腹が減ってはキャンノット・バトルというやつだね」
『ミッドナイト・オクトパス』で味の濃すぎる朝食を取り終えた俺達は、朝日が木々の合間から漏れる緑道から、徐々にシャッターが開き始めた商店街……『こっくり商店街』へと移動して来ていた。
「それで? アンタに依頼をした人間の名前は?」
「ハハッハー。依頼人の名前は……」
ぱかっと口を開けたウラは、しばらくの間固まって、そのままパクパクと空気を咀嚼していたが、ようやく続きの言葉が絞り出された。
「……名前なんだっけ?」
「知るわけねえだろ。俺が」
「ネットでしかやり取りしてなかったんだけど、そういえば、依頼人の名前を聞くの忘れてたかもしれない」
「……」
「いやいやいやいやワタシのところまで助けを求めに来るのは、もう切羽詰まってて名前を言う余裕もないパターンが多くてね! 決して商店街やビルの名前はちゃんと聞いたし、今から名前を尋ねるのも気まずいからまあいいやと思ったわけじゃあないよ!」
俺の無言を疑われたと判断したのか、ウラは言い訳がましくまくしたてた。
「それにこうして依頼人から教えてもらった現地の案内人、ハジメ・ヤマツチ、つまりユーにも会えたしね!」
「俺は何も聞いてないんだけどな」
今朝倒れているところを見つけるまでコイツの存在も知らなかったわ。
「……リアリー? 本当かい?」
ウラはやや不安そうな上目遣いで、隣の俺を見上げる。
欧米人としてはウラの背は特別低いわけではないのだが、俺自身が割と高身長なせいで、並んで歩いているとお互いの目線には頭一つ分くらいの高低差があった。
「その依頼人からは、ビルの住人への話を通してあるはずだったのだが……もしかして、ワタシは騙された……?」
「いや……」
自分の名前は言ってないくせに、ビルの名前やらなんやらは伝えており、他人、つまり俺のことを伝えて詳しい説明をぶん投げる、という雑で適当な仕事の依頼をする奴がいるわけない……と言いたいところだが……
一人、その条件に該当しそうな人物に心当たりがいるんだよなぁ。
「確認するから、ちょっと待て」
俺はスマホを取り出すと、メッセージアプリで『オッサン』の連絡先を立ち上げた。
この時間ならおそらく起きている……というか、まだ寝てないと思うんだが、とりあえずメッセを飛ばしてみて、既読がつかなきゃ通話してみるか。
『今、大丈夫か?』と送ると、返事はすぐに返って来た。
『大丈夫だよー。山土くんがこんな朝から連絡くれるなんて珍しいね』
『今こっちにウラ・メシヤっつー外国人が来てるんだけど、なんか知ってるか?』
『あ、もう来たの! そうそう。ネットの知り合いに紹介されたんだけど、四階のあの部屋のこと相談したら、なんとか出来るかもしれないって言ってたから、お願いしてみたの!』
「……っはぁぁぁ。やっぱその依頼人って『オッサン』かよ!」
俺は虚空に向かって吠えた後で、がっくりと肩を落とすと、『もっと早く言え!』とだけメッセージを送信し、ウラのほうへと向き直った。
「確認したよ。アンタが仕事の依頼をされて『アカナスビルヂング』に来たっていうのは、マジだったみたいだな」
「そこで何故キミがそんな複雑そうな表情になるかまではちょっとよく分からないんだが……もしかして迷惑だったかね?」
「アンタに落ち度はねえよ。アンタに依頼をしたオッサンが、俺になんも説明していなかったのが悪い」
脳裏に浮かぶへらへらしたオッサンの顔を追い出したくて、俺はガシガシと頭をかいた。
「別に悪人だというわけじゃあないんだけどさ、どうも仕事が雑っていうか、適当でチャラポランなところがあるオッサンでな……」
セリフの途中で右手のスマホが震える。通知が入ったようだ。
画面に目をやると、『めんご~。じゃあ詳しい説明は山土くんがよろしく~』というメッセージが来ていた。
「こうして思いつきでやったことを俺らにぶん投げることも、ままある。だから、アンタは気にしなくていいよ。オッサンが前々から四階の『あかずの間』のことを心配していたのも事実だしな」
「ならいいんだが……結局、その依頼人は何者なんだい? ワタシへの報酬とか大丈夫?」
その説明も俺がしなくちゃなんねえのかよ。
「今回はちゃんと支払われると思うけど……でも最低限、依頼人の名前や身元は確認してから仕事引き受けたほうがいいぞ。いつか騙されるぞアンタ」
ネットで仕事を募集している自称・救世主なんていう冗談みたいな人物をわざわざ騙そうとする詐欺師がいるかどうかは分からないが。
「ハハッハー。でも最低限、現場の画像を送ってもらって、見て確認はしているからね」
「それそこまで意味あるか?」
見ないよりかはマシかもしれないが。
「とはいえ、今回のキミのように、協力者に余計な心配をかけてしまうケースもあるのは誤算だった。以後、気を付けます」
殊勝な様子でペコリと頭を下げるウラに、はぁ、と溜め息をひとつついてから俺は説明を続ける。
「アンタに依頼をしたオッサンは、このビルの持ち主の伯父だよ」
「伯父? アンクルというわけか。オーナー本人ではないんだね」
「ああ。そのオーナーはまだ未成年の学生でな」
「未成年。あの古めかしいビルの持ち主がかい」
「そもそもあのビルの持ち主は金持ちの老人……そいつの祖父であり、オッサンの父親に当たる人物だったんだ。その爺さんが亡くなったときに『アカナスビルヂングは孫に譲る』っていう遺言を残してな。とはいえ未成年がいきなりビルを相続するのも面倒が多いらしくて、間にオッサンが入って法的なこととか税的なこととかやってくれたらしい」
俺も後からオッサンに聞いただけなので、詳しいことは知らないのだが。
「それがアンタに仕事を依頼したオッサンだよ。雑だけど、まあ、悪いオッサンじゃあない……俺があそこに住まわせてもらって、探偵事務所なんてやっているのもアンタと似たような経緯だしさ」
「そうなのかい?」
「そのビルを相続した未成年の孫は、今『アカナスビルヂング』で一人暮らしをしててさ。流石に未成年の一人暮らしは心配らしくてな。普段から気にかけておいてやってくれ、って頼まれてるんだよ、俺は」
「ははぁ。そのミスター・オッサンから随分と信頼されているんだね、ヤマツチ」
「そうなのかね? オッサン自身はあのビルとは別のところに住んでいるんだけど、保証人をやっている以上、特に安全面や防災面に関するアレコレに関しては心配しててさ」
以前から「あの『あかずの間』は何とかしといたほうがいいよね~」みたいなことはよく言っていたしな。
「だから俺は探偵というより、あの『アカナスビルヂング』の用心棒みたいなもんなんだ。おかげで格安の家賃で住まわせてもらってるよ。そう考えるとアンタとは仕事仲間だと言えなくもないな」
「ナルホド、アイシー! ということは、キミはワタシの先輩でもあるってわけだね!」
「先輩? 俺が?」
ウラはニヤリと口角を持ち上げると、戸惑う俺の前に回り込んで、歩みを止めた。
「ハハッハー! よろしく頼むよ! ヤマツチ先輩! 我々の仕事現場にも無事、戻ってこられたようだしね!」
そう言うウラの背後には、古めかしい赤茶けた建物が建っていた。
オッサンの話をしているうち、俺たちはいつの間にか商店街を抜けて、『アカナスビルヂング』の前まで辿り着いていたのだった。
『アカナスビルヂング』は、赤レンガで出来た四階建ての雑居ビルだ。
何でも五十年前だか百年前だかには、ここはレンガ造りの屋敷だったらしい。なんでも当時……というか、こんな地方都市には珍しく、使用人としてメイドを雇っているようなハイカラな家だったとか。家庭菜園がやれるほどの広い庭もあったらしい。
その屋敷を取り壊した後で、使われていたレンガを再利用して、このビルを建てたそうだ。
おかげで、庶民じみた商店街の片隅にあるにも関わらず、この一角だけまるで海外にある港町の倉庫のような雰囲気になっている。
そんな経緯で世界観が周囲から浮いている、異物のような雰囲気の『アカナスビルヂング』なのだが、俺は案外、嫌いではない。
嫌いではないのだが……
この『アカナスビルヂング』、外観だけでなく、内部のほうも相当年代物になっている。恐ろしくって調べたことはないのだが、正直現在の建築基準法に照らし合わせたときに、違法じゃないかどうか怪しいところだと思っている。
当然エスカレーターどころか、エレベーターすらない。
俺とウラはビルの中に入ると、レンガで作られた階段をえっちらおっちら上って行った。
「アンタ、どうも、『あかずの間』の、『現状』を、詳しくは、聞かされて、ないような、気がするんだが」
一歩一歩上への段差を踏みしめながら、俺は気になっていたことを尋ねた。
「ふむ。四階に、誰も入れない部屋、つまり『あかずの間』があって、困っている……そうミスター・オッサンからは聞いているが?」
俺の呼び方に引っ張られたのか、ウラのほうも依頼人からミスター・オッサンになっている。別にいいけど。
「それだけか?」
「それだけだよ。ドアの外から部屋を撮影した画像は送ってもらったけれど」
「それじゃあ意味ねえだろ……部屋の中を撮らなきゃ」
「ん? しかしドアは開かないんだろう?」
やっぱそこをちゃんと伝えていないのかよ、あのオッサン。
「問題の部屋は、別にドアが開かないから、入れない、ってわけじゃあないんだぜ? ドアはちゃんと開くんだよ」
「ドアが開く? しかしドアが開くなら、『あかずの間』なんて呼ばれているのは変じゃあないかい?」
首を捻り、階段を上りながらもっともな疑問を口にするウラ。
「このビルの『あかずの間』は、『ドアが開かないから入れない』んじゃあなくって、『部屋の中が空いてないから入れない』……だから俺達、住人の間では、ドアが開かないから『開かずの間』、ではなく、中身が空いてないって意味で『空かずの間』……って呼んでんだ」
自分で説明しといてなんだが、なんつー分かりづらい説明だよこれ。
このネーミングの微妙なニュアンス、流石に耳で聞いただけだと理解できねえか。
「……アイ・シー、ナルホドね。『キャンノット・オープン』ではなく、『ノット・エンプティー』で『空かずの間』というわけだね」
「分かるのかよ」
相変わらず妙なところでこの国に対する知識が深いというか、理解が早い外国人だ。
「いや、まだ『空かずの間』の字面が分かっただけで具体的にどんな部屋なのかピンと来てはいないが……とはいえ、『seeing is believing』だよ」
「なんて?」
急にめちゃくちゃ流暢な発音が飛び出してきて、ビビった俺は思わず聞き返した。
今までのウラのセリフに混ざっていた単語がカタカナ交じりだったとしたら、まるで突然アルファベットになったかのような滑らかな発音だった。
「『seeing is believing』、ワタシが救世主をやる上で常に心掛けている言葉だよ」
「シーイング、イズ、ビリービング……」
ウラほど滑らかな発音が出来ないのがなんか地味に悔しいな。
「なんて意味なんだ?」
「ようするに『見たほうが早い』っていうことなんだけどね。ジャパンで言うところの『百聞は一見に如かず』かな? もうその『あかずの間』に着くんだ。詳しいことは、実際に『視てみれば』、分かるだろうさ」
確かにウラの言う通り、四階分の階段もそろそろ終わりが見えて来た。
わざわざ俺が拙い説明をするまでもなく、もうすぐに分かることである。
「ふぅっ……ここの突き当りにある部屋が『空かずの間』だよ」
最後の一段を踏みしめて、俺は四階の廊下の奥を示した。
赤茶けたレンガの壁には扉が二つ並んでおり、手前のほう、階段に近い部屋にはドアプレートがかかっている。
「手前にある部屋は普通に人が住んでる。さっき話に出た、このビルの持ち主の部屋だ。今は学校に行ってて留守だと思うけどな」
最上階である四階の奥にある部屋、つまりビルの一番奥に位置する部屋のドアには、何も書かれていない。
「『空かずの間』は……こっちの部屋のことだ」
「ふーむふむふむふむ。確かにドアだけだと『見た感じ』、特別におかしいところはなさそうだけど……」
ジロジロと上から下まで舐め回すようにドアを見るウラだったが、異常は見つけられなかったらしい。
「では早速このドアを開けてみるけど、いいかな?」
ドアノブに手をかけようとするウラに、俺は待ったをかける。
「ああ、待った待った。『開かずの間』じゃないと言っても、普段は鍵をかけてるよ。何があるか分かんねえからな」
滅多にないことだとは思うが、子供や酔っ払いがここまで上って来て、勝手にドアを開けて入ろうとする可能性がゼロだとは言い切れない。
「では鍵は……ビルのオーナーやミスター・オッサンが持っているのかな?」
「持っているだろうけど、俺もオッサンからここの合い鍵を預かっている」
「すひょーっ」
なんかウラの尖らせた口から、吐息が漏れて変な音が鳴った。何今の。
「随分と信用されているようじゃあないか、ヤマツチ」
「え、このまま続けるの? なになにさっきの変な音!?」
「何って口笛だけど?」
口笛下手だな、コイツ!
「じゃあ開けるが室内には入らないで廊下から中を見るんだぞ? 危ないから」
合い鍵を鍵穴に突っ込み、カチャリと回してドアノブに手をかけ、俺はウラへ向かって注意した。
「ふむ。了解したが、それはどういう意味だね?」
「見れば分かる」
ガチャリ……キィィ……
蝶番が軋んだ音を立てながら、ゆっくりと『空かずの間』の扉が開いていく。
ところどころ錆が浮いたドアが開いた先に見えてきたのは……
「……ハッハー」
白。
ドア一枚隔てた先、そこにある空間は真っ白だった。
赤レンガで出来たビルの一室でありながら、その部屋の中は圧倒的に白かった。
壁が白いとか、床や天井が白いとか、そういうのではない。
目の前の空間が白い気体で満たされているのだ。
おかげで部屋の広さも間取りもインテリアも、一体何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「ハハッハー。これはこれは。凄いことになっているね」
部屋の奥から漏れ出て来ているであろう『白』にギリギリで浸食されていない玄関先に立ち、ウラは青い目を丸くしていた。
「どうよ。すげえだろこの部屋?」
戸惑い、混乱しているだろうウラの背中に、俺は言葉を投げかけた。
ああだこうだと言葉を重ねるよりも、こうして見てもらったほうが話が早く済む。
まさにウラが言う通り、『seeing is believing』ってやつだ。
「それで、この部屋は一体全体、何故にこんな状態になっているのかな? まさかちょうど今、この部屋の中で殺虫剤を使っている最中なんてオチはないよね?」
雲のような白を背にして振り向いたウラが俺に問いかけた。
さて、何をどっからどう話せばいいかな……