たこ焼きで焼きそばパンで『あかずの間』 その二
「良い子のみんな~! 今日も一日お疲れマヨ~! マヨおねえちゃんの真夜中のたこ焼き屋さん、『ミッドナイト・オクトパス』へようこそ~! どうぞ美味しく召し上がれますように、あなたのハートにぃ……マヨ・光・線!」
「朝だけどな! もう!」
俺、山土一は、事務所兼自宅のドアの前で空腹で倒れていた、自称・仕事で救世主やっている謎の金髪外国人を引き連れ、年代物のレンガ造り雑居ビル『アカナスビルヂング』を出発し、ある場所へとやって来ていた。
まだ朝早くほとんどの店が閉まっている商店街を通り抜け、駅に着く手前で曲がり、細い路地を通り過ぎると、商店街と並行に走っている緑道に出る。
春には花見客で賑わう緑道なのだが、この時期、この時間帯にほとんど人はいない。
その緑道には、『深夜営業』『たこ焼き』『実際うまい』とデカデカと車体に書かれたキッチンカーが半分乗り上げるように停められている。
今のクセが強すぎる挨拶は、そのキッチンカーの主のものだった。
「あらー! ハジメちゃんじゃないー! いらっしゃーい!」
「おう。お仕事おつかれさん、マヨ姐さん」
たこ焼き屋『ミッドナイト・オクトパス』。
商店街の飲み屋で飲み終わった酔客や夜食を求める住民を相手に、ド深夜から明け方にかけてまで、この緑道で営業しているキッチンカーのたこ焼き屋だ。
「あらー? あらあらー? そちらの美人さんは一体どこの誰さんかしらー?」
そしてこのテンションの高い、絡み方が若干うざ目の女店主は俺の昔からの顔馴染みだ。この辺では『マヨ姐さん』という愛称で親しまれている。
「ハハッハー! お初にお目がかかる!」
話題を向けられた『美人さん』は、白くて長い指をピンと立てて目元に当てるという謎のポーズを取りながら、朗々と名乗りを上げる。こちらもマヨ姐さんに負けず劣らずクセが強い。
「ワタシの名前は、ウラ・メシヤ! 海の向こうからやって来た、全てを救う救世主、ウラ・メシヤ!」
決め台詞なのか、その名乗り……
「へー救世主さん! ウラちゃん! あれよく見たら外国の人? ハジメちゃんどこで知り合ったの!?」
しかし流石マヨ姐さん。ウラの胡散臭さ極まる名乗りにまるで動じずに、普通に会話を続ける。
なぜ俺は朝っぱらからこんなクセ強怪獣大決戦みたいな現場に立ち会っているのだろうか……
よそう。考えると空しくなる。
「ついさっき行き倒れてたコイツを拾ったんだよ」
「ええ。やるべきことがあり、先ほどこの国この町を訪れたのですが、不覚にも力尽きていたところを彼に救われました」
「……カッコいい風に言っているけど腹が減って倒れていただけだからな?」
「えー! 何それー!? 読み切り漫画の始まり方じゃん! 救世主って言ってるし、ウラちゃんは主人公さん?」
俺と似たような感想を抱くマヨ姐さん。
「ハハッハー! そんな風に評価していただけるとは恐縮です。救世主が逆に救われるとか、まさに『レインコートのリバー流れ』でお恥ずかしい限り」
「……レインコート?」
眉をひそめる俺をよそに、マヨ姐さんはケラケラ笑いながら、
「えー! 何それ、『カッパの川流れ』ってことー? ウラちゃん面白ーい!」
「よく分かったなぁマヨ姐さん!」
「伊達に何年も酔っ払い相手にたこ焼き屋さんやってないわよー」
さらっと酔っ払いと同レベルに扱われる自称・救世主。しかしウラのほうも動じることなく、改めてマヨ姐さんに会釈した。
「ハハッハー、面白い方だ。よろしくお願いしますよ、マドモアゼル」
「こちらこそよろしくねー、ウラちゃん。私のことは気軽にマヨおねえちゃんって呼んでね! もしくは『ママ』って甘えてくれてもいいわよ?」
マヨ姐さんの軽口に、ウラは苦笑する。
「いやぁいくらなんでもマザーとは……それほどのお年には見えませんよ?」
「あら嬉しいわ、やだ本当? そんなに若く見えるかしら?」
「……俺がガキの頃からずっと変わらない見た目で、この辺でたこ焼き焼いていたけどな、マヨ姐さんは。当時から車も自分で運転しているし」
「……ん? ということはこの国で車が運転できる年齢から計算すると、少なくとも……」
「もー! 計算しちゃダメだったら!」
頬を膨らませブンブン腕を振るマヨ姐さん……いやマジで二十年近く昔から全然年取ってるようには見えねえんだよなぁ……
この人もたいがい謎だ。
「そんなことよりも! ハジメちゃんがウラちゃんをわざわざ連れてきてくれたってことは~? このマヨ姐さん特製のたこ焼きを食べさせてあげたいってことでいいのかしら?」
「ああ。コイツ腹が減って動けなくなっていたくせに、いっちょ前に食べ物に注文つけやがるからさ。こんな時間に営業しているような食べ物屋、ここくらいだし」
「ハハッハー。実はそういう訳でして是非ともご相伴に預からせていただきたいのです。さっきから漂う香しい匂いがもう気になって気になって」
ぐぅぅぅぅぅぅ。
その言葉に続いて、ウラのお腹がまたも遠吠えにように長い音を鳴らした。
「あらほんと! とってもおなかがペコちゃんみたいね! まっかせて。すぐに美味しいたこ焼きを食べさせてあげるからね」
マヨ姐さんは腕まくりをすると、慣れた手つきで鉄板の上のたこ焼きをキリのような調理器具(そういえば正式名称を知らない)でクルクル回して焼いていく。
「ウラちゃんはソースとマヨネーズで大丈夫? 青のりとカツオブシもかけちゃって平気?」
外国人であることを配慮したであろうマヨ姐さんの質問に、ウラは力強く頷いた。
「ソースもトッピングも全部マシマシでお願いします。味が濃ければ濃いほど最高です」
「オッケー! まっかせといてー!」
マヨ姐さんがよく回る口以上のスピードで右手のキリっぽいのを動かすと、いつの間にか左手に持っていたパックにたこ焼きがひょいひょいと詰められていく。
「うわあー! 美味しそうー!」
みっしりと詰められたたこ焼きにソースとマヨネーズがかけられていく様子を、キラキラと瞳を輝かせて見つめるウラ。
そして程なくして……
「はい! お待たせ! 『ミッドナイト・オクトパス』の特製たこ焼き! どうぞ美味しく召し上がれ!」
「うひょー! イタダキマス!」
黒いソースと白いマヨネーズがたっぷりとかけられ、カツオブシと青のりを舞い散らせたパック入りのたこ焼きを受け取ると、ウラはさっそく串で刺したたこ焼きを一つ口へと運んだ。
「あ、おい、そんなすぐに食うと……」
俺は慌てて忠告しようとしたが、時すでに遅く……
「はふっ! はふっはふっ! ほふほふっ! はふはふはふ! はふふふふ!」
熱々焼き立てを口に入れたウラの口の中で、たこ焼きがダンスを踊っている。
「おいおいおい大丈夫か?」
「あらー冷たい飲み物あるわよ?」
「はふっ! ほふっ!」
俺とマヨ姐さんの言葉をよそに、ウラはずっと口の中のたこ焼きとの格闘を続けて……
「はふっ! はふっ! ごっくん! ふふふふっ! フッフッフ! ハーハッハ! ハハッハー!」
高らかに笑うと、キッチンカーのマヨ姐さんに向かって、ぐっと親指を立てた。
「おいしすぎる!」
ウラのシンプルな感想に、普段から笑顔のマヨ姐さんもさらに目尻が下がる。
「このたこ焼きのアッツアツのトロットロのペチャペチャの生地! 口の中で広がる旨みとソースの香り! まさに口内全体で味わうごちそうですね!」
「気に入ってもらえて良かった~。でも大丈夫ウラちゃん? お口の中、火傷してなぁい?」
「何をおっしゃる。このアッツアツの状態をはふはふ言いながら食べることこそが、たこ焼きを食べるダイゴミですから!」
何でたこ焼きの食い方に一家言あるんだ、コイツ。
「はふはふっ。失礼、まだ食べ終わってないうちに、はふっ、恐縮ですが、はふっ。あと十パックほどお代わりを焼いていてもらってもいいですか、はふはふっ」
セリフの合間合間でたこ焼きを口に運びながら、ウラは追加注文する。
「……って十パックは多すぎるだろ!」
華奢な身体と表現したように、ウラの体型は痩せ型だし背も高くない。しかも今コイツが食べているのは一パック十個入りのたこ焼きだ。
この体にとても百個のたこ焼きが入るとは思えないのだが……
「はふっいや、この美味しさなら全然それくらい余裕で食べられるが?」
「マジかよ」
痩せの大食い……ってやつなんだろうか?
そういやテレビでラーメン何杯も食ってる大食いタレントも痩せてる人が多いような気がするが。
「ごめーんウラちゃん。今日はもうそろそろ店じまいの時間だったんで、あともう八パック分くらいしか残ってないんだけど……」
「む。そうですか。はふっ、ふーっ。ごっくん。そうですか……」
一パック目の最後の一つを飲み込みながら、ウラは少し残念そうにソースとマヨネーズでベタベタになった口を開いた。
「では追加でたこ焼き八パックをお願いします。なーにオクトパスの足は八本だから、ちょうどキリがいい」
「俺の分を残しておこうという優しさはねえのかよ」
ジト目でツッコミ、抗議する俺に、流石にマヨ姐さんも気づいて申し訳なさそうにする。
「あっごっめーん! 忘れてた! ハジメちゃんもたこ焼き食べるわよね? それだとウラちゃんの分は七パックになっちゃうけど」
「ええー」
さっきまでどんだけ食いたいんだ……まあ、いいけど……
「ああいや、いい、いい。思わず突っ込んじまったけど、たこ焼きの残りは全部ウラに焼いてやってくれ」
「あらいいの? たこ焼きの材料使い切っちゃうと、後は焼きそばくらいしか出来ないけど」
「ああ。今朝は俺、そもそも焼きそばを買いに来たんでな。そっちさえ買えるなら問題ないよ」
ウラの登場で忘れかけていたが、俺はずっとぶら下げっぱなしだったコッペパンの入った袋を振って見せた。
それだけで察したのか、マヨ姐さんはニヤリと笑って、車内の冷蔵庫から焼きそば用の麺を取り出した。
「なるほどね! 了解! ソース濃いめで具は少なめの麺多めにしとく?」
「お、流石マヨ姐さんよく分かってるねえ。それで頼むよ」
「はーい。あ、ウラちゃんには、はいこれ、お代わりのたこ焼き~」
俺との会話の間も高速で焼き続けていたらしく、マヨ姐さんは次々と新しいたこ焼きのパックをウラへと差し出した。
「うひょー! サンクス! ではヤマツチ、エンリョなく! はふっ!」
渡された追加のたこ焼きを、ウラは本当に宣言通り遠慮なく一人で食べ始めた。
いいって言ったのは俺だけど、なんかコイツが美味そうに食うのを見てたらたこ焼きも食べたくなってきたなぁ……
若干もやっとした気持ちで待つことしばし……
「はい、ハジメちゃん! 味濃いめ具少なめ麺多めの焼きそば、お待ちどうさま~」
「お、サンキュー」
ハフハフとたこ焼きを食べ続けるウラの横で、俺はようやく朝飯を手に入れることが出来た。
「とりあえず何もかけてないけど大丈夫? マヨネーズと青海苔いる?」
「いやいいよ。青海苔だけうちのを持ってきたから自分で適当に調節する」
「りょーかい」
さて、と……
俺は焼きそばのパックと一緒に渡された割りばしを口で割り、出来たての焼きそばの麺をまずほんの数本だけチュルンとすすった。
うん。美味い。そしてしっかり味が濃い。
キッチンカーの車体側面に付いているテーブル部分に一度焼きそばを避難させると、俺はここまでずっとぶら下げて来た袋からコッペパンを一つ取り出した。もともとはサンドイッチ用のパンなので、既に切れ目が入っている。
「あの味の濃さならこれくらいかな……」
右手の割りばしで焼きそばを適量摘み、左手のコッペパンの切れ目にイン。
さて完成。
「それじゃいただき……」
「何それ美味しそうじゃないか!」
「うわあ! 急にでけえ声出すな!」
いつの間に間近に立っていたのか。ウラのバカでかい声に俺は驚いて焼きそばパンを落とすところだった。危ない危ない。
「キミキミキミ! それはどういう食べ方だね!?」
「どういうって……焼きそばとコッペパンで焼きそばパン作って食うだけだよ」
「ヤキソバパン! 初めて聞いた!」
「たこ焼きの食べ方にはこだわりあるのに焼きそばパンは知らねえんだ……」
いや外国人なら別に不思議ではないかもしれないが。
「気になるんだがヤキソバパン! ワタシもそれ食べたい食べたーい!」
「お前パンいらねえっつったじゃん……」
「バターもジャムもついていないパンオンリーならいらないと言っただけだ! そんなサンドイッチになるなら別の話に決まっているだろ!」
はぁ……まあ、ここで押し問答するのも時間の無駄か……
「仕方ねえなぁ。じゃあお前のたこ焼き一パックと交換してくれるなら、こっちの焼きそばパンも一個やるよ」
「う……」
俺の提案にウラは困ったような表情を浮かべた。
「そ、ソーリー……たこ焼きはもう全て食べ終わっチャッタ……」
「ハァ? 早くね?」
そういえばちょっと目を離している隙に、いつの間にかたこ焼きの空きパックが大量に積み重なっている!
「追加八パックも全部!? あんなにハフハフ言っていたのに!?」
「だって美味しくってぇ……やめられなくってぇ、止まらなくってぇ……」
「で、たこ焼きをそんだけ食べておきながら、さらに焼きそばパンも食べたいというわけだ」
俺にジト目で見つめられ、ウラはしゅんと肩を落とした。
「……いや忘れてくれ。いくらなんでも図々しかった。たこ焼きのおかげでエネルギーは補給できたし、空腹のワタシをここまで連れてきてもらえただけで十分だ……」
しょんぼりとしたことで、そんな殊勝なことをもしょもしょ言い出した。
はぁぁぁ……
「ったく、いいよもう。これやるよ、ほら」
俺はかぶりつく前の焼きそばパンを、ウラに向かって差し出した。
「え……だが、それではキミのブレックファーストが……」
「いいよまだパンも焼きそばも残ってるし、また作って食べるから」
そもそも朝からそんながっつり食べるほうではないからな、俺は。
「し、しかし……そこまで甘えるわけには」
「今さら常識人ぶるなって。朝から行き倒れてたこ焼き八パック食べてる時点でもうお前が腹ペコキャラなのはバレバレだから黙って受け取っとけ」
「ハハッハー。それもそうだね、サンキューベリーマッチ」
ようやく顔を上げたウラは笑顔と共に、焼きそばパンを受け取った。
「ヤマツチ。どうやらキミは非常に誠実で礼節のある紳士のようだね」
「しんしぃ?」
「これはワタシの持論でね。自らの食べ物を相手に分けることが出来る人間は、それだけで立派な紳士なのさ」
それはお前が意地汚いだけでは……と思わなくもないが、その言葉は口に出さずに黙っておく。
「では、ありがたく頂戴して……いただきます!」
焼きそばパンを両手で顔の前まで持ってくると、ウラは大きな口を大きな口を開けて思い切りかじりついた。
「うまい! 濃いソースの麺とシンプルなパンがことのほか合う! サンドイッチの黄金郷や!」
「ふっふっふ。ウラちゃ~ん。焼きそばパンにも、マヨネーズかけてもいいのよ~?」
ガフガフと焼きそばパンを頬張るウラに、キッチンカーから身を乗り出してマヨネーズを容器ごと差し出すマヨ姐さん。
「え~、そんなの絶対美味しいじゃあないか!」
「そうよ~。マヨなんてかければかけるほど美味しいんだから」
ウラはニコニコ笑顔でドバドバと焼きそばパンにマヨネーズをかける。かけすぎて焼きそばの茶色がマヨの白で覆い隠れていく。
……朝からよくそんなコッテリしたもんが食えるなあ。
俺は呆れながら自分の分の焼きそばパン(マヨなし。ソースと青海苔のみ)を作り、ようやく朝飯にありつくのだった。
「……さて」
やがてたこ焼きも焼きそばパンも綺麗さっぱり食べ終え、ソースとマヨネーズでベトベトになった口元をペロリとピンクの舌で舐め取りながら、ウラは言った。
「ではヤマツチ、行くとしようか。アカナスビルヂングの四階にある『あかずの間』……そこに苦しんでいる住人を救うためにね!」