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異世界の吟遊詩人シリーズ

「竜王さま、わたしを食べてください」と言った結果

作者: 流あきら

「竜王さま。どうぞわたしをお食べください」


 わたしはひざまずいて言った。

 おじさんに、そうしろと言われていたからだ。

 わたしは力がなくなったから、もういらないのだそうだ。


 ずっと、暗い所にとじこめられていた。

 わたしは自分がなんさいなのか、よく知らない。

 たぶん十歳くらいだとおもう。

 

 死ぬまでどのくらい、くるしむのだろう?

 でもこわくはない。

 だってそうしたら、おとう様やおかあ様の所へゆけるから。


 わたしは竜王さまをみる。

 竜人は竜にへんしんするしゅぞくらしい。

 けれども見ためはふつうの人間だった。


 竜王さまは、おおきな茶色のめでわたしをじっとみつめ、そして言った。

 

「この子を、つれていけ。じゅうぶんな食事と……それから入浴だ」



★★★★★★


「おお、カミル殿。折り入って相談したい事があってな」


 竜人国(ドラゴニア)王、レドネフ二世の口調には、やや困惑した様子があった。

 灰色の髪に、茶色の瞳。

 まだ三十代と若い王であった。


「いかがなさいましたか陛下」


 吟遊詩人のカミルは一礼したあと、王にすすめられて席につく。


「実はちょっと困った事になってな」


 王は事情を説明する。


 竜人国(ドラゴニア)はロマーナ帝国の北西にあり、モンベリアル辺境伯領と国境を接していた。

 事の発端は、オーデル川での漁場での争いであった。

 竜人国(ドラゴニア)とロマーナ帝国モンベリアル辺境伯領の住人同士でいざこざがあった。

 それはたちまち地域住民を巻き込み、互いの国境警備隊が出動し、小競り合いになるまで時間はかからなかった。


 両国は必死に事態を収拾し、全面衝突は何とか避けられた。

 そしていざ話し合いとなったわけだが……


「先方は、賠償を払えぬと?」

「そうだ。先に国境を侵してきたのはむこうだ。こちらの方が被害が出ているし、補償がないでは話にならんと言ったのだ」


 押し問答になった挙句、モンベリアル側は、ならば人質を出すと主張した。

 そんなもの、貰っても仕方ないと竜人国(ドラゴニア)側は突っぱねた。

 だが今日無理やり送りつけられたというわけだ。


「辺境迫の親族であるのは間違いないのですか?」

「現当主の姪で、今年十歳のアリーゼとのことだ。正直聞いたことが無い。今詳しく調べさせておるが」


「人質といいましても、十歳の女の子では、竜人国(ドラゴニア)側の印象がかえって悪くなりましょうな」

「と思って追い返そうとも考えたのだがな」


 アリーゼは十歳との事だが、見た目は五、六歳にしか見えぬという。

 ひどく痩せていて血色も悪く、銀髪も乱れ、歩行もおぼつかない。

 このまま追い返せば、冗談ではなく死んでしまうかもしれない。

 いっそ竜人国(ドラゴニア)まで来れたのが不思議なほどだった。


 とりあえず、食事をとらせ、入浴させ、今は落ち着いているとの事だった。

 

 だが

 『帰るわけにはいかない』

 『自分はいつ竜王様に食べられるのか』

 と言うばかりだという。

 

「何やら事情がありそうですな」

「われら竜人族については、酷い誤解や出鱈目な噂もまかり通っておる。同じ人族であれば心を打ち明けてくれるやもしれぬと思ってな」 


 カミルは笑顔を浮かべ、国王に向かって軽く一礼する。


「わかりました。おりを見て、私も彼女と話してみましょう」

「すまんな、頼むぞ」


「いえ、私のような素性も知れぬ吟遊詩人を厚く遇して下さり、感謝の言葉もございません」

「なに、われらとて大神オーディンを信仰するもの。オーディンは吟遊詩人の守護者。詩人は神の言葉を伝えるものというし、気になされるな」


★★★★★★

 

 

 わたしは、せまい部屋へつれていかれ、ベッドに寝かされた。

 おひげのはえた人が、わたしの体のあちこちを、さわったり、調べたりした。

 お医者さまらしい。


「これからわたしは食べられるのですか?」

 

 お医者さまは、くびをふった。


「いまは、よく食べそして眠ることです」


 そしてわたしに、コップをわたした。

 わたしはそれを飲む。

 毒なのだろうか?

 だけど、その液の味はほんのりとあまかった。 


 それからテーブルにつくと、お皿がはこばれてくる。

 ちょっと、どろっとしたスープのようなものだった。


「きゅうにたくさん食べるとよくないので、まずはこれを」


 おんなの人が言った。

 お皿からは、いいかおりがした。

 いつも食べていた、にごったようなスープとちがう。


 スプーンをとって、ひとくちすする。


 おいしい。


 でもなかなかうまく食べられない。

 するとおんなの人がてつだってくれた。

 

 それから、お風呂にはいるよういわれる。

 お風呂というものは知っているが、いつ入ったかはおぼえていない。


 わたしを食べるまえに、きれいにしたいのだろうか。

 なにか変だ。

 

 おんなの人たちが、わたしをあらってくれる。

 すごく汚れがおちた。

 

 このまま言われたとおりにすればいいのかな。

 おじさんもそう言っていたし。


 お風呂からでると、からだじゅうに、なにかをぺたぺたとぬられる。

 ちょっとくすぐったい。


「いつわたしを食べるのですか?」


 おんなの人にきいてみた。

 そのおんなの人は、少しこまったかおをして言った。


「食べたりしませんよ。そのうち、おうちにかえれますよ」

「わたし、帰れません。帰るところ、ありません」


 わたしのいたあの場所。

 あそこは、おうちではない気がする。

 おうちというものが何なのかは、よくわからないけれど。


「こんやはもう、お休みください」


 おんなの人は、わたしの言葉にこたえずにいった。


 ベッドはすごくふかふかだった。

 いつも寝ていた、かたいベッドとちがう。

 それにすごくいいにおいがした。

 そしてわたしは、いつのまにか眠っていた。


 つぎの日、おきたらすっかり明るくなっていた。

 こんなふうに朝日をあびるのは、小さいころ以来かもしれなかった。


 昨日とおなじように、食事がでて、からだになにかをぬられた。

 

「すこし歩くれんしゅうをしましょう」


 おんなの人に言われて、ごごはすこし庭をあるいてみた。

 でもすぐにわたしは疲れてしまう。


 ベンチに座ってやすんでいると、ひとりのおとこの人がやってきた。

 おんなの人と、なにやらひそひそ話している。

 そしてわたしにむかって、そのおとこの人は言った。


「こんにちは、アリーゼさま」

「こんにちは……あなたは?」

「カミルといいます」


 その人は、竜人ではなく、わたしとおなじ人間らしい。

 吟遊詩人というおしごとだそうだ。

 くろい髪とやさしい目をしていた。


「『あいての言うとおりにしろ。そしておまえは竜王さまに食べられてしまえ』と、おじさんに言われたんです。でもわたしを食べる気は、ないみたいで」

「アリーゼさまを食べたりしませんよ。みんないい人たちですから」


「わたしはどうしたらいいのでしょう?」

「とりあえずは、いっぱい食べて、いっぱい寝て、それからゆっくりかんがえましょう」


 カミルさんは、やさしくほほえんで言った。

 わたしはとりあえず、カミルさんの言うとおりにすることにした。

 おじさんにも、そういわれたから。



★★★★★★


「アリーゼはどうやら、現当主の姪で間違いないようだ。それになんとロマーナの帝室の血を引くらしいのだ、カミル殿」

「そういえば、先々帝の孫にあたる姫君が、モンベリアル家に降嫁したと聞いた覚えがございます」


 レドネフ二世の私室は、大国の王に似合わぬ、素朴で質実剛健なものだった。


「これはまたやっかいなものを押し付けてきたものだ。余は、ロマーナ帝国と事を構えるつもりはないぞ」


 王は難しい顔をして、目の前の杯に手を伸ばす。


「われら竜人族は、先の大戦の折は、ロマーナ帝国を盟主とする神聖同盟に参加した。祖父は勇者アベル様に直接お目にかかったことを、生涯の誇りにしていたものだ」 

「勇者アベル様に、直接ですか?」


「そうだ。七色の翼と永遠の命を持ち、海を裂き、山を砕き、万の敵軍を己の意のままに操ったという、伝説の勇者だ。にわかには信じられぬがな……しかし面倒な事になったな」

「今のモンベリアル家の当主は、アリーゼ様の叔父君だとしますと……」


「十年程前に先代の兄が急死して、弟のローレンツが家督を継いだとのことだが、まぁ大方察しはつく」

 

 王は厳しい顔をした。


「そのような事情でしたら、判断が難しゅうございますな」

「それに何故、帝室の血を引く姫君たるものが、あのようにやつれた哀れな姿に」


「私などにはわかりかねますが、モンベリアル辺境迫のローレンツ殿はどのようなお方なのです?」

「あまり良い噂はきかんな。強欲で無能で人望もない。我が領土にも、何かとちょっかいを出してくる。だが妙に運のいい所もあってな」


 王はしばらく考え込んだ後、再び口を開く。


「アリーゼと話したそうだが、どうだったかな?」

「良いお顔立ちをしておられます。もう少ししたら、元気な姿を取り戻すだろうと、医師も申しておりました」


「治癒魔術師にも補助をさせよう。だがわが竜人族は生来頑健でな。治癒魔法も発達しておらぬし、治癒魔術師の数も少ない」


「陛下がおっしゃられるように、治療の助けにはなりましょう。アリーゼ様もどうやら、ご自分は食べられる事は無いという事は、ご納得下さったようです」


「どちらにせよ、竜人国(ドラゴニア)にしばらくいて頂く他はないかな。しかしどうしたものか」


「子供の仕事は、よく食べ、よく眠り、よく遊ぶことでございますよ、陛下」

 

 カミルはそう言って笑った。


★★★★★★


 

 きょうの食事も、スープだった。

 もう少ししたら、ほかのものを食べてよいそうだ。


 きのうからいるおんなの人が、なにやらこわい顔でわたしを見ている。

 まわりの人は、ていねいな態度をしていた。

 きっとえらい人、いや、竜なのだろう。


 そんなことを、考えていたら、わたしはスプーンを落としてしまった。

 あわてて拾おうとしたら、こんどはスープのおさらも落ちて、なかみが全部ゆかにこぼれた。


「ごめんなさい。すぐかたづけますから…だからぶたないでください」


 わたしは、わたしをにらんでいるおんなの人に言った。

 怒っているのかな?

 わたしが、ぐずだから。


 何回ぶたれるんだろう。

 一回だったらいいな。

 ぶたれるのはいやだな。

 何回ぶたれても、なれないな。


 するとそのおんなの人は、わたしをだきしめてきた。

 なんだか体がふるえていた。


 やっぱり怒っているんだろうな。

 でもおかしいな。

 おんなの人は、泣いているみたいだ。


 なんでなんだろう?

 


★★★★★★


 昼下がりの王宮の中庭で、お茶を楽しむ国王一家のもとに、近侍が女官長の来訪を告げた。


「陛下、陛下!陛下にお伺いしたい事がございます」

「どうした、ジアーナ」

 

 女官長のジアーナは、年の頃は四十半ば。

 黒髪にはっきりとした目鼻立ちであった。

 だが今はその目を真っ赤にして泣きはらしている。

 

「ああなんということでございましょう!アリーゼ様が…由緒あるロマーナ帝室の血を引く高貴な姫君が、何故あのような…あのような」


「おいおい。何も女官長たるそなたが自ら世話をせずとも」


 だがジアーナは、国王の言葉を聞いていないようだった。


「アリーゼ様は、十歳とうかがいましたが、どう見ても五歳くらいにしか見えませんわ!ひどくお痩せになっていて、体中傷だらけで。どうしてこのようなことを…一体誰がこのような事を」


「それは余に聞かれてもな……」


「それに恐ろしい目におあいになったのか、ひどく怯えておられますわ。ああ、十歳の子に何の罪がございましょう。あのように無垢な子供を傷つけ虐げるような人間は、私の地獄の息吹(ヘルブレス)で、骨も残さず焼き殺してやりますわ!」


「これ、ジアーナ」

「どうなさいまして、陛下?……あらやだ、いたんですわねカミル様」


 ジアーナはカミルに一礼する。


「王子殿下や王女殿下に、異国の珍しい風物についてお聞かせしたり、楽器をお教えしたりしていたところです。私もお気持ちはよく理解できますよ、ジアーナ様」


「いやですわ、今のは冗談ですよカミル様。いえね、カミル様。皆さま私たち竜人族を誤解なさっておいでですのよ。野蛮だとか乱暴だとか血も涙もないとか。私たちほど温厚で平和を愛する種族はおりません事よ。ほほ。ほほほほ。おほほほほほ」


★★★★★★



 このお城にきてから、どのくらいたったろう?

 まだそんなにたっていないと思う。


 さいきんの食事は、やわらかいパンとお肉だ。

 いつも食べていた、かたくて臭いのするものとは全然ちがう。


 さいしょ食べたとき、おもわずこれは、なんなのか聞いてみた。

 パンと肉だといわれても、信じられなかった。

 すごくやわらかくて、ほんのりと甘みがあった。


 そしてこのごろ急に元気になったきがする。

 お医者さまのほかに、魔術師だというおじさんも、わたしをみてくれているせいかもしれない。


 あかるいところでも、目がちかちかしなくなった。

 ゆっくりだけど、ふつうに歩けるようになった。


 あの詩人さんも、ときどきやってくる。


 わたしは今までのことを、ぽつりぽつりと話した。

 暗いへやにとじこめられていたこと。

 さいしょはおかあ様といっしょだったこと。


 わたしはあまり人と話したことがない。

 だからわたしの話しはすごくわかりにくかったと思う。

 でも詩人さんはいつも、やさしく聞いてくれた。


 そしてなんさつか、本をおいていってくれた。

 じつはわたしは文字が読めるのだ。

 ちいさいころは、おかあ様に教えてもらったし、おじさんも本をくれた。

 おじさんに、本をよんでちしきをつけろと、言われていた。

 

 ここにいる人は、みんなやさしい。

 いつもにっこりわらって、あいさつしてくれる。

 わたしの話をきいてくれる。


 あのおんなの人も、とてもやさしかった。

 ジアーナさんといって、なにやらえらいひとらしい。

 さいしょはこわいひとだと思ってごめんなさいと言ったら、にっこり笑ってだきしめてくれた。


 そしてある日、庭をあるいていると、おんなの人たちが話をしているのがきこえた。

 どうやら午後から、まちへおでかけするらしい。


「午後は雨になるから、馬車で行ったほうがいいです」


 わたしの口からおもわず言葉がでた。

 おんなの人たちは、こまった顔をしていた。

 そのときは雲もなく、まったく雨がふりそうではなかった。


「歩いてすぐのところだし、だいじょうぶですよ、アリーゼさま」


 そういって、やさしくほほえんでくれたが、へんな子だと思われたかもしれない。

 

 けれどその日は、わたしの言ったとおりになった。

 おんなの人たちは、お気にいりのドレスをぬらしてしまったらしい。


 そしてつぎの日も、似たようなことがあった。


 おんなの人たちは、少しきみのわるいようにわたしを見る。

 でも、ジアーナさんは、にっこりわらって「ありがとうございます、アリーゼ様」と言ってくれた。


 もしかして、あの力がもどってきたのだろうか?

 おじさんは、わたしは力をなくしたやくたたずだと言っていた。

 だからたまたまじゃないかと思う。

 

 そして、わたしが少し元気になったので、王さまがパーティーをひらいてくれることになった。

 ジアーナさんによると、なんとケーキがでるそうだ。

 

 本でみたことはあるが、わたしはケーキを食べたことがない。

 やわらかいパンよりもっとやわらかく、甘くておいしいそうだ。


「ちゃんとあいさつなさってくださいね」

「はい」

 ジアーナさんの言葉に、わたしは元気よくへんじをした。


 パーティーには、王さま、王妃さま、そしてふたりの子供の、王子さまと王女さまがいた。

 王子さまがイヴァン、王女さまがエステルというらしい。


「こんにちは」


 イヴァン様は元気よくあいさつしてくれた。

 わたしも、「こんにちは」と笑顔であいさつした。


 エステル様は、はずかしがって王妃様のスカートのうしろにかくれている。


「こんにちは」

 わたしはえがおであいさつした。

 エステル様も小さい声で「こんにちは」といってくれた。


 ほかに知らないおことの人やおんなの人たち、それにあの詩人のカミルさんもいた。


 庭のおおきな木のしたにテーブルがあった。

 そこには食事がならべられていた。

 その時だった。


「そこはだめ。危ないわ。こっちにしましょう」


 またわたしの口から、かってに言葉がでてきた。

 おおきな声だったので、みんなびっくりしていた。

 ただカミルさんは、すこし心配そうにわたしを見ていたきがする。


 なにやらひそひそカミルさんと王様が話していた。

 そしてテーブルをべつの場所にうごかすことにした。


 もうわたしはふつうに食べてもだいじょうぶらしい。

 テーブルの上の物は、どれも見たことがないくらいきれいで、ぴかぴかしていた。


「これはほんとうに食べられるの」


 わたしがきくと


「だいじょうぶですよ。たくさんお食べください」


 とジアーナさんが言ってくれた。

 テーブルのうえの食事は、どれも信じられないくらいおいしかった。


 けれどしばらくすると、大きな音がした。

 みんなが立ちあがって、音のしたほうにいく。


 たてものから、ふるくなった石の像が、おちてきたようだった。

 さいしょにテーブルがあったばしょだ。


 そうだ。

 あれがわたしがみたものだ。

 ただしわたしが見たものは、だれかが石の像のしたじきになっていた。


 みんながひそひそ話している。

 みんながわたしを見ている。

 おじさんがわたしを見ていた目といっしょだ。


 わたしはときどき未来が見える。

 おじさんは言った。

 未来をおしえろ。

 未来になにがおこるか知らせろ、と。


 わたしはまたあの暗いところに、とじこめられるんだろうか?


 そんなのいやだ。


 いやだ……

 

 いやだ……



★★★★★★


「『先見』の力だと?」

「さようでございます、陛下。まず間違いないかと」

 カミルがこたえる。

 

 室内にいるのは、国王レドネフ二世、吟遊詩人のカミル、女官長のジアーナ、そして竜人国(ドラゴニア)の魔術師団の長であるヤロスラフであった。


「ふむ……ところで、アリーゼはどうしておるかな、ジアーナ?」

「あの後少し取り乱しておりましたが、今は医師の薬でねむっておりますわ、陛下」


 王はしばらく何か考え込む様子だった。


「『先見』の力は、ロマーナ帝室に密かに受け継がれる力だと聞いておったが……まさか本当に実在したとはな。どう思うヤロスラフ?」


「臣も文献でしか存じませぬが、未来を見る事ができるという『先見』は、きわめて不安定な力かと思われます。今回のように、知れば簡単に結果を変えてしまう事ができるものもあれば、知ったところでどうしようもない事もございますゆえ」


「なるほどな」


「陛下、カミル様のおっしゃることは正しいと思いますわ」

 ジアーナはそう言って、最近経験したアリーゼの力について話した。


「カミル殿とジアーナがそう言うなら間違いないだろうが……」


「アリーゼ様の銀髪に紫の瞳、透き通るような白い肌。『先見』の巫女にあらわれる特徴と言われております、陛下。そうでしょう、ヤロスラフ殿?」


「その通りです、カミル様。かつてロマーナ地方の弱小豪族にしかすぎなかった現皇帝家が、大陸にその名を知られる大国の皇帝となりえたのも、『先見』の力によるものだと言う者もおります」


 一同に沈黙の時間が流れた。

 しばらくしてカミルが言った。


「『先見』の力は帝室の人間かつ女性にしか出現しないとききます。何らかの特別な訓練が必要なのかもしれません。臣籍に下った女性のお子であるアリーゼ様が受け継いでおられるのは、極めて稀な例であろうと思われます」


「だが……いやちょっと待て。……だとすると」


「どうなさいまして、陛下?」


「いや。近年、モンベリアルで起こっている事の説明がつくかもしれんと思ってな、ジアーナ」


 そう言って、王は一同に説明する。

 

 十年前、兄の急死により当主となったローレンツの評判は良いものではなかった。

 だが、不利だと言われていた戦に勝利をおさめたり、不作の年に買い占めていた小麦を売り抜けたりと、数々の幸運に恵まれてきた。


「それがアリーゼの予言によるものだとすれば、納得はいく。だがそれなら何故、アリーゼを人質として寄こすような事をしたのか」


「『先見』の力は、急にあらわれたり消えたりと、極めて不確かなもの。おそらくは、アリーゼ様が力を失ったと思い、もはや利用価値はないと判断したのであろうと推察致します」

 

 カミルは言った。


「ひどすぎます……ひどすぎますわ」

 ジアーナは涙をぬぐった。


「帝室の血を引く姫君をまさか殺すわけにもいかぬしな。先方としても対処に困って、こちらに押し付けてきたのだろうが……」


「陛下。アリーゼ様は既に十歳の少女には過酷すぎる経験をなさってこられました。これからの事は、我々大人の役目でございましょう」


 一同は黙然として、カミルの言葉にうなずいた。



★★★★★★


 わたしは、ベッドに寝ながらじっと天井を見ていた。

 すごくきれいなかざりつけがしてあって、あの部屋とはちがう。


 わたしはどうなるんだろう。

 わたしはどうすればいいんだろう。


 まえは竜王さまに食べられるのだと思っていた。

 おとう様とおかあ様のところへいけばいいと思っていた。


 でも今は……


 今は死にたくない。


 もっとお外をあるきたい。

 いろいろなものを食べてみたい。

 いろいろなご本も読んでみたい。

 いろいろな人と話したい。


 そのときとびらをたたく音がした。


「アリーゼ様」


 それは詩人さんの声だった。


「どうぞ」


 わたしの口からしぜんとその言葉がでてきた。


「ちょうしはいかがですか?医師からは、お体は大事ないとうかがっておりますが」


「カミルさん。わたしはどうなるんでしょう」


 わたしは言った。


「何もかわりませんよ。明日からはいままでどおり、おいしいものを食べて、いっぱいあそびましょう」


 カミルさんは、いつもどおりのカミルさんだった。


 わたしはいままでのことを話した。


 おかあ様が生きていた時のこと。

 おかあ様がなくなった時のこと。

 ずっと部屋にとじこめられていたこと。

 

 おれの役にたて、これから何がおこるか教えろと、おじさんにどなられたこと。

 うまく食事できないと、ぶたれたこと。

 おまえはもうやくたたずだと言われたこと。


 カミルさんは、わたしの手をにぎって、やさしく聞いてくれた。


「それは、さぞつらかったでしょう。でももうだいじょうぶです。私たちはみな、アリーゼ様の味方ですよ」


 わたしの目から、しぜんと涙がこぼれた。


 つらい?

 つらいってなんだろう。


 でもそうだ。

 多分つらかったんだわたしは。

 つらいということも、よくわからないまま。


「アリーゼさま。ロマーナ皇帝ランベルト三世陛下は、そうめいななお方です。罪をおかしたものには、かならずや、せいとうな裁きがくだりましょう。いまはゆっくりお休みください」


 そういってカミルさんは、部屋をでていった。


 せいとうな裁き?

 せいとうな裁きって何だろう?


 でもわたしはこのままでいいらしい。

 いろいろよくわからないけれど、とりあえずわたしは眠ることにした。



★★★★★★


「なるほど、痛ましいことだ」

 カミルの報告を聞くと、レドネフ二世は沈んだ声でそう言った。


「とはいえ、アリーゼ様を人質に出した理由は、今一つ判然としません。アリーゼ様がさらわれたとか無理やり人質にされたと難癖をつけて、攻撃の口実にする……などという事以外は」


「そんな馬鹿なと言いたいが、あの愚かな男ならやりかねんな」


 すると王妃が口を開いた。


「陛下。事の詳細を、ロマーナ側へ知らせるというのはいかがでしょう?」

「ロマーナ帝国に、だと?」


「ええ。先日陛下からおうかがいしたように、モンベリアル前当主の死には不審な点がございます。また先方はアリーゼ様のことを知らない可能性もございます。余計な誤解を招かないためにも」


「私も王妃様のご意見に賛同いたします。この件に関しましては、ロマーナ帝室側は、味方ではあっても敵ではございません」


「なるほど、わかった。よく言ってくれた、エレオノーラ、カミル」


「わたくしとしましては、アリーゼ様にはずっと竜人国(ドラゴニア)にいていただきたいですわ。イヴァンやエステルの良いお友達になってくださいましょうし」


 王妃はそういって微笑んだ。


★★★★★★


 あい変わらず、でてくる食事はおいしい。

 あのあとも、みんなは、いつもどおりに笑顔で話してくれる。


 さいきんわたしは、王子のイヴァン様や王女のエステル様とよくあそんでいる。

 ごく普通の、おとこの子とおんなの子だ。

 竜人というのはやっぱり、ふだんは人間のすがたで生活しているらしい。


 まだそんなに走れないので、かけっこやおにごっこは、むこうも少し気をつかっているみたいだ。


 でもわたしは、文字がよめるのだ。

 だからエステル様に、ご本を読んであげる。

 エステル様は、目をきらきらさせてよろこんでくれる。


「アリーゼ様の、ぎんいろの髪もむらさきの瞳も、とてもきれい」

「ありがとう。アリーゼでいいですよ」

「あの……じゃあ、お姉ちゃんてよんでいい?」


 それからわたしは、お姉ちゃんになった。

 お姉ちゃんだから、もっとがんばらなければいけないだろう。

 ごはんを食べて、だらだらしているだけではだめだ。


 わたしはイヴァンさまといっしょに、勉強を教えてもらうことにした。

 いろいろなことをならうのは楽しい。

 あたらしい知識がふえるのはうれしい。

 いままでは、限られた本しかよんでいなかったのだ。


 でもひとつ疑問がある。

 わたしはおとう様とおかあ様の子だ。

 イヴァン様とエステル様は、王さまと王妃さまの子だ。

 カミルさんは、だれの子供なんだろう?


「私はとても遠いところからきたんですよ」


 カミルさんはいう。

 カミルさんはいつもギターをもっている。

 ギターをもってあちこち旅するのが、吟遊詩人のお仕事らしい。


 カミルさんは、イヴァン様とエステル様に、ギターをおしえている。

 わたしもならいたいとぽつりと言うと、王さまが、二人が使っているような小さいギターをつくってくれることになった。


 わたしはよろこんで、何度もおれいをいった。

 だけど、王さまと王妃さまは、わたしよりもうれしそうだった。


「カミルさんのおとうさんとおかあさんは?」

「さぁ、元気でくらしているとは思いますが」


 あまり聞いてはいけないことだったかなと、思ったときだった。


「あなたはこれからまだ試練を受けねばなりません、遠い異国の地から来たものよ。運命の三人の女神があなたを導きます。三つの苦難と十の試練を潜り抜けた先に、あなたの求めるものに出会うでしょう。まずは北へ向かうのです」


 わたしの口から言葉がでてくる。

 自分でしゃべろうと思ったわけではなかった。

 どんな意味かもよくわからない。

 

 へんな事を言ってしまったかなと、わたしはカミルさんにあやまった。

 だけどカミルさんは、笑ってくびをふった。


「とんでもないです。むしろ私がアリーゼさまにお礼を言わなければなりません。私のもとめるものが、はっきりしました」


 それが何なのかは、わらっておしえてくれなかった。

 そしてカミルさんは言った。


「私はそろそろ、ここを去らねばならないでしょう」

「どこかへ行くんですか?」

「はい。吟遊詩人は、旅がしごとですから。ギターをお教えできずにもうしわけありません」


 せっかく会ったのに、もういってしまうらしい。


「ギターはほかのものが教えてくれます。それにまたあえますよ。私はじつはとても長生きなのです」


 なんとなく下をむいてしまったわたしに、カミルさんは元気づけるようにそう言った。

 

 そしてそれは、わたしがみんなと中庭にいるときにおこった。

 きゅうに目のまえが、炎につつまれる。

 そしておおぜいの人たちが、戦っているのがみえた。


「おじさんがきます。たくさんの男の人たちが……みなみの森に……」


 みんなざわざわしている。

 めのまえのけしきはきえない。

 わたしは手で顔をおおう。

 ジアーナさんが、そっとわたしの背中をなでてくれた。



★★★★★★


 その知らせが入ったのは、アリーゼの『先見』からしばらくたった後の事だった。


「陛下。モンベリアル軍が動き出しました。現在ロストール街道に沿って北上しております。兵の数はおよそ一万」

「やはり、アリーゼの言った通りか」


 竜人国(ドラゴニア)側は、すでに国境付近に兵を配置し、準備万端待ち構えている。


「また懲りずにやってきたか」

「竜人族もなめられたものだな」

「陛下、今度こそ完膚なきまでに叩きのめして、目にものみせてやりましょう」


 重臣たちが口々に叫ぶ。


 だが、国王のレドネフ二世には、若干の迷いがあった。

 モンベリアル辺境迫の独断といえど、できればロマーナ側と戦端を開きたくはない。


「陛下。これはアリーゼ様を苦しめた奴らに鉄槌を下す、絶好の機会ですわ!」

 

 女官長のジアーナが浮き浮きした口調で言う。


「これこれ。これは武官の役目。女官の出る幕はないぞ」


「お言葉ですが、陛下。他国はいざ知らず、この竜人国(ドラゴニア)では、王妃様付きの侍女から下働きの水汲み女に至るまで、ただの女官ではございません。一朝事ある時のため、爪を研ぎ翼を磨き、いざとなれば祖国を守る戦いに身を投じる事を、躊躇うものなどおりません!」


「それはまぁ……昔はそうだったかもしれぬがな」


「いえいえ、まずはお聞きください、陛下。あれは今をさること三十年前。その頃の私は、翼も生えそろわぬ子竜ながら、一端の戦士でございました。そのお姿を拝する事は叶わぬながらも、勇者アベル様の軍の末席に加えて頂き、向かい来る豚頭鬼(オーク)骸骨魔術師(リッチ)どもを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げと……」


 周囲は、また女官長の昔話が始まったと、いささかうんざりしかけた時だった。

 近侍が吟遊詩人カミルの来室を告げる。


「お忙しいところ、申し訳ございません」

「おおカミル殿」


「陛下、私はそろそろお暇しようかと思います。すでに王妃様やアリーゼ様には挨拶をすませましてございます」

「うむ。そうだな。人族といえど、そなたに危害を加えるものはおらぬと思うが……悪いが皆、気が立っている。このような時なので申し訳ない」


「いえ、とんでもございません」

「これはちょっとした餞別だ」


 王はカミルに金貨の袋を渡した。

 カミルは恐縮しながら受け取る。


「して、これから何処へ?」

「まずは北へ向かおうかと存じます」


「ならば戦場と反対方向だな。心配あるまい。では大神オーディンのご加護を」

「はい、陛下もどうかお元気で。ご武運をお祈り申し上げます」


 だが二日後、事態は急変する。

 再び伝令が、国王へ新たな報告を携えて来た。


「陛下!陛下!」

「なんだ騒々しい」


「モンベリアル軍が後退しております。それだけでなく、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと……」

「なんだと?わけがわからぬ。詳しく説明せよ」


 竜人国(ドラゴニア)へと進軍してきたモンベリアル軍は突如進軍を停止したという。

 それだけでなく、兵達は森へと迷い込んだり、前進しては後退したりと、無秩序な動きをしているとの事だった。


「竜魔術師によりますと、幻術にかかっているとしか思えないと」

「馬鹿な!一万の兵が、一斉に幻術にかかっただと?そのような事がありえるはずがない」


「臣もそう愚考致します。ですがモンベリアルの兵士を調べましても、幻術にかかっていることは間違いないと。更には大規模な魔法陣や魔導具の使用もみられず、複数の魔術師が術を行った気配も感じられず、おそらくはたった一人の強大な魔術師によるものだろうと」


「たった一人だと!そんな事ができる魔術師がこの世に存在するはずがない。いるはずが……いや、待て……まさか」

「は、何でございましょう」


「すぐ吟遊詩人のカミルどのを連れ戻せ。いや、おいでいただくのだ。北へ向かうと言っておられた。急げ!」

「御意」


★★★★★★



 あれからしばらくたった。

 けっきょくわたしが見た事は起こらなかったそうだ。

 そしてロマーナからえらい人がきて、王さまと色々話しあった。


 おじさんは帝都につれていかれて、裁きをうけるらしい。

 わたしやおとう様についてとの事だった。

 もう少しわたしが大きくなったら、くわしく話してくれると言われた。

 これがあの詩人さんの言っていた、せいとうな裁きなのだろうか? 


 そして、竜人国とロマーナでは平和じょうやく、というものがむすばれるらしい。

 いままでは色々あって、先のばしになっていたとのことだった。


 ロマーナから来た人に、わたしはどうするかと聞かれた。


「わたしは帰りたくない。竜人国でくらしたい」

 と言った。


 そして、わたしの言うとおりにしてくれることになった。


 王さまも、王妃さまも、イヴァン様も、エステル様も、ジアーナさんたちも、みんなよろこんでくれた。

 みんなやさしくて、いい人で、わたしは大好きだ。


「詩人さんは?」

 わたしはいちおう聞いてみた。


 また旅にでるとは言っていた。

 吟遊詩人さんは、旅がおしごとらしいから、しかたないけれど。

 

 詩人さんは、王さまがよびもどそうとしたけれど、けっきょく見つからなかったらしい。

 

 あの詩人さんはとてもやさしい目をしていた。

 わたしはふと、おかあ様から聞いた、勇者アベル様の話をおもいだした。

 アベル様も、とてもやさしい目をしていたそうだ。

 もっともおかあ様も直接会ったことはないようだけれど。


 もしかすると、勇者アベル様は、あんなかんじの人なのかもしれない。

 だったらいいな。

 もしまた、あの詩人さんに会えたら、こんどこそギターをならいたいな。

読んでいただき、ありがとうございます。

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異世界の吟遊詩人一作目

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