髑髏のふたつの顔Sheet2:ロックのかかったファイル
グッさんこと川口が、開店間もない『エンター』に本日第一号の客としてやって来た。
育美さんの一件から足繁く通う様になっていた。
本人曰く、
「また"別荘入り"してると思われたらかなわんからな」
と聞いてもないのに言い訳をする。鉄板の自虐ネタになった様だ。
「ところで二人に…特にエルちゃんに相談なんだけど…」
「"特にエルちゃん"ってのが引っかかるけど、俺も聞くよ」
アキラが言う。別に機嫌を害してる訳ではない。
「すまんすまん、悪気があっての事じゃなくて…恐らくエクセルのサーモン…じゃなかったマグロ、いやマクロが関係してるかと思って。」
「うゎっ、寒っ!」
超絶寒いギャグで室温が何度か下がった気がしたアキラだったが、エルは気にも止めていなかった。
「犯罪臭を和らげようと、イカしたギャグを織り込んだつもりだったけど、結果はカンパチくなかったな…ちなみに…」
「それで相談って?」
ダジャレの流れをぶった切るエル。
そもそもダジャレを理解してるかは怪しいのだが。
「犯罪臭ってどういう事?」
アキラが本題を促す。
「実はクライアントで不正会計があってね。」
「不正会計?!」
「守秘義務もあるんで細かい事は言えないけど…まぁ犯人も特定されて事件としては解決してるからいいか。経理の木戸って奴なんだけど、会計報告のエクセルファイルを改ざんして横領をしてたんだ」
「え?犯人が分かってて事件解決してるなら、何が問題なん?」
「改ざんの手口だけが分かっていない」
「そんなん本人に聞けばいいじゃん」
「木戸はバレそうになった時点で自分がやったと遺書を残して自害した」
「あれま」
「ファイルにはロックがかかっててパスワードを知るもの以外、改ざんはおろか開く事すら出来ない。もちろん木戸自身が作ったファイルだから、自身は開く事が出来る。ただ今回のそれは他人に渡った時点で見る者によって違う中身になってたんだ」
「えーっと、例えばAとBという人がいて、お互いのファイルの内容が違ってたって事?そんなの別々のファイル渡したって話じゃないの?」
アキラが要点をまとめる。エルは無言で聞いている。
「それが、ファイルはメール添付で同時に送られているんだ。送った後で相手によって内容を変えるなんて事が出来るんだろうか?それを教えて欲しい…というのが今日の相談ってワケ」
言い終わると飲みかけのハイボールを一気に飲み干した。
「おかわりも頼んます」
「そのファイル、見ることは出来ますか」
黙って聞いていたエルが口を開いた。
「あぁ、見られるよ。コピーを持ってきた」
川口はスーツのポケットからUSBメモリを取り出した。
「一応言っておくとファイル名は変えてある」
エルは店のノートPCに接続し、念のためそこにコピーしたものを起ち上げた。
「パスワードは?」
「skull、全部アルファベットの小文字でs,k,u,l,l」
「skullってあのドクロのスカル?仕事に使うにしては違和感ハンパないな」
アキラの感想も頷ける。
「まぁ、それには一応納得出来る意味があって…木戸の名前は九郎、漢数字の"九"に岡本太郎の"郎"」
「?」
「つまり、キドクロウ…キ"ドクロ"ウなのよ」
川口は自分が思いついたダジャレでもないのに、どこか自慢気だ。
「またダジャレかよ。グッさんの関係者はダジャレを言い続けないと…」
アキラはそう言いかけて、木戸が自害してたのを思い出し口ごもった。
「そう、我々はダジャレを言い続けないと死んでしまう生き物なんだ」
グッさんは言い切ってから、アキラが途中で止めた真意を悟った。
「あぁそうか、流石に不謹慎だな…」
ちょっと重くなった場の空気を変えるように、アキラが作業するエルに声を掛ける。
「エル、何か分かったか?」
「ダメですね。マクロを見ようとしたんですが、こっちにもロックがかかってます。こっちのパスワードは"skull"ではないようです」
そう言いながらもエルはどこか腑に落ちない違和感を感じていた。