【幕間-2】かすかな疑念
「なあ、アーベル」
と、侯爵家の嫡男、ケヴィン・ルー・ライリーがつぶやいた。その声に、フリーディア王国の第一王子であるアーベル・ノイン・フリーディアが振り返った。
「ニーナ嬢、なんか、変だったよな」
その言葉に、アーベルは心の中で『確かに』と答える。
いつもなら顔を見せただけで「アーベルさま! アーベルさま!」とうるさいくらいに纏わりついてくる彼女が、どうしたことか、今回は終始、怪訝な表情で見つめてくるだけだった。再び歩き始めたアーベルの背中を、ケヴィンの声が追った。
「もしかしたら、今回は本当に、ただ助けただけなんじゃないか?」
「ありえない」
とアーベルは即答した。
いまのノワール家が、なんの見返りもなしに善行をするわけがない。
「パーチが溺れたのも、それを助けたのも、すべてが自作自演だよ」
と断ずるアーベルの言葉に、ケヴィンはしばらく黙ってから、「だとしたら」と問いかけた。
「一人娘を泳がせて、ノワール家は何がしたいんだ?」
「そうまでして、僕たちに恩を着せたいのだろう」
あいつらのやりそうなことだ、とアーベルは続けた。そういうものなのか、とケヴィンはつまらなそうにつぶやいた。
それにしても、とケヴィンは考える。
アーベルの護衛を務める彼にとって、ノワール家は警戒すべき対象である。しかし、さきほどからずっと、ケヴィンはノワール家ではなく、ニーナに対して個人的な疑念を抱いていた。彼はそれについて喋ろうとしたが、不機嫌そうに歩くアーベルの背中を見て、口を噤んだ。
ケヴィンはこう考えていた。
「ニーナ嬢、俺より強いかも」
と。