おすすめ転生スポット
……なんだろうこれは。
僕は足元に落ちていたボールペンを拾うと、改めてわら半紙を読み返す。
『転生希望先申請書』
ふむ。
別に希望してないのだが?
とはいえ、地獄に落ちたり無に還るよりは、転生できるほうがはるかにましである。僕はペンを握ると、『転生者』の欄に自分の名前を書いた。
問題はその次だ。
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転生先 | A.千葉県柏市 B.ヴァザリア帝国
| C.死の都サリ D.ワンダバー鉱山
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うーん。
治安の良さでいうと、たぶん『柏市』だけど、
うーん。
僕の心は『柏市』と『ヴァザリア帝国』の間で大きく揺れていた。『鉱山』も悪くはないけど、帝国の魅力にはかなわない。
当然、言うまでもなく『死の都サリ』は論外だ。死にゲーの香りがプンプンする。僕は×印を書くため、『C』の選択肢にペンを伸ばした。
「そこはやめておいた方が……」
と、左側から声が掛けられた。見ると、ひかれ仲間の女性が僕の転生希望先申請書を覗いていた。
「たぶん、5分くらいで死んじゃいます」
そんなにか。
思わずひるんだ僕を憐れんでくれたのだろう。彼女は恐る恐る、ある提案を持ちかけてきた。
「あのう、私、ライフプランナーを務めておりまして……。よろしければ、ご相談に乗りましょうか?」
「お願いします!」
僕は身を乗り出して、書きかけの申請書を彼女に差し出した。彼女はきれいな笑顔を浮かべると、『転生者』の欄をちらりと見てから、僕の名前を呼んだ。
「加藤さまは、安全な暮らしと、冒険の日々、どちらをお望みでしょうか?」
僕は「敬語はやめてください!」と伝えてから、少し悩んで、「冒険、ですかね」と答える。
「でしたら、Bのヴァザリア帝国をお勧めします。こちらは……間違っていたら恐縮では済まないのですが、おそらく、ほぼほぼ確実に、国民的RPGゲーム『ドラグーンファンタジー5』の舞台となっております」
「はぁ」
彼女の説明を要約すると、ヴァザリア帝国というのは、ある有名なゲームに登場する巨大都市らしい。帝国の周辺には大小さまざまなダンジョンが点在し、世界中から戦士や魔法使いといった『冒険者』が集まっているそうだ。
中でも活気のある城塞都市『ヴァッサバ』には、鍛冶屋や魔法具店、ギルドや酒場が所狭しにひしめき合っているとのこと。
……なんだかもう、今すぐにでも転生したくなってきた。僕は話を聞きながら、『B.ヴァザリア帝国』を大きな丸印で囲んだ。
「続いて『スキル候補欄』ですが、……ダンジョンに潜るとなると、おすすめは、『A』と『D』、それに『F』ですかねぇ……」
言われて、僕はスキル候補欄に目を向ける。
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所持スキル候補欄(転生先B/C/Dのみ)(3つまで)
A.【身体強化】 B.【毒無効】
C.【聞き耳】 D.【分身】
E.【鑑定】 F.【鎧化】
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「身体強化と分身と……、よろい、か?」
「はい、こちら、鎧化と言いまして、体の一部を鎧に変えられるんです。DF5でも強力なスキルの一つでして、ネットユーザーからは『公式チート』とも呼ばれてますね。防御はもちろん、攻撃にも転用できる、非常に使い勝手の良いスキルです」
「ははぁ……」
僕は言われるがままに、AとDとFを丸で囲むと、ひとつの疑問を投げかけた。
「あの、あなたもヴァザリア帝国に?」
この人が一緒に転生してくれたなら、非常に頼りがいがありそうだ。僕は期待を込めて尋ねたが、彼女は「いえ、それが」とあいまいな笑顔を浮かべ、自らの転生希望先申請書を見せてくれた。
「実は、私の『転生先』、加藤さんのと全然違うんです」
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転生先 | A.群馬県甘楽 B. フリーディア王国
| C.山形県鶴岡 D. CA州ナパ
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4分の3が地球である。なんなら『フリーディア王国』も田舎のテーマパークあたりに存在するのかもしれない。下の項目に目を向けていくと、スキル候補欄も僕のと全然違う……。
あ、でも回復魔法とか書かれてるし、(Bのみ)って項目もあるから、フリーディア王国は異世界なのか。
僕は二枚の申請書を見比べながら、「全然違うんですねぇ」と無難な感想を述べた。そして、
「ちなみにですけど、どれを選ぶんです?」
と尋ねたとき、目の前の女性から発せられる『オーラ』が変わった。
「フリーディア王国一択です。だって、……だって『アーベル王子』や『イェルド団長』、『リオンさま』もいらっしゃるんですよ!!! ええ、当然、『ヨハンたん』も見逃せません!! あぁ、できるなら貴族令嬢に産まれて壁のシミになりたい……。とはいえ、位が高いと『ノワール家のニーナさま』に目をつけられちゃう……。あああでもでもでもッ!! 没落しても追放されたとしても、『カイくん』に出会えれば安泰です!!! おおおぉ神さま仏さま女神さま!!
……そして、お父さん、お母さん。
私、わたしに生まれてよかった……。
これまでの、すべてに、感謝……」
言い終えた彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
僕が言葉を失っていると、前方から
「小文字のgの15から25番!! 前に来てください!!!!」
という怒声があがった。