ウィード村のはずれにて【橘ひかり視点】
ちょろりとした短い尾から、鉄のように固く鋭い鼻先まで、全長2.8メートル。
人々から『スピアボア』と呼ばれるイノシシ型のモンスターが、1匹、朽ちかけた切り株の下に鼻を突き刺していた。
槍のように鋭い頭が『グイ』と上がるのと同時に、めりめりと音を立てて、切り株が引き抜かれていく。日の光にさらされたキノコや虫が、スピアボアの腹にガツガツと収められていった。
――ここが地球なら、散弾銃を持っていても立ち向かいたくない。
そんな化け物に、私、橘ひかりは弓を向けていた。
すぐ隣から、パーティーメンバーの少女、『フィリア』の息を呑む音が伝わってくる。
私は、矢尻に塗られた緑色の毒(390ゴールド)を視認してから、弦を引き絞った。
スピアボアまでの距離は、目測65メートル。
ギルドの射撃場で打ちぬいた的よりも、10メートルほど遠い。
けれど、音を立てずにこれ以上近づくことは無理だろう。勝負を決めるのは、今しかない。
――ああ、こんなとき、『パーチ』ちゃんがいたらなぁ。
と、私はハクナウに想いをはせた。
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攻略対象の一人である、ヨハン第二王子。
幼いころから優秀な兄と比較された彼は、聡明で優しい人柄でありながら、どこかはかなげで、自己肯定感がとっても低い美青年です。
母親の身分が低いために、王族でありながら、一部の高位貴族からは見下されてさえいます。
そんな彼単体の攻略法は、極めてイージー。
話を聞いたり、内緒話を共有するだけで、好感度(というか依存度)はグングン上がっていきます。性格も一途なので、ヤンデレ好きの方にはヨハンルートがおすすめです。
――しかしながら、そのルートに進むためには、一匹の大きな壁が立ちはだかります。それが、ヨハンたんと契約しているクロヒョウの聖獣、『パーチ』ちゃんです。
聖獣と巫子の心は深く結ばれているため、気まぐれで人見知りの彼女と打ち解けられなければ、ヨハンたんの本心にふれることはできません。そのため、ヨハン推しのプレイヤーは序盤から魔物の肉やまたたびの収集に勤しみ、パーチちゃんのご機嫌を伺い続ける必要があるのです。
気難しいパーチちゃんが膝に乗ってくれたなら、もはや『ヨハンルート突入決定ッ!』と叫んでもよいでしょう。
聖獣として『狩猟の成功』をつかさどるパーチちゃんは、RPGパートでもとっても優秀。パーティーメンバーの音や匂いを消せるので、魔物退治に出向く際は、不意打ちから逃走まで、マルチな活躍をしてくれます。
ああ、ここにパーチちゃんがいたらなぁ……。
「バシュッ」
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「やった! やったよ『ライト』!」
眉間を毒矢でぶち抜かれたスピアボアの上で、フィリアがぴょこぴょこと跳ねていました。
私は二の矢を収めてから立ち上がります。
「……あと4回、ですね」
そう言って、私、橘ひかりこと『オレン・ディー・ライト』は微笑みました。
ダンジョンに潜るためには、このような討伐依頼を5回達成する必要があります。私はフィリアとハイタッチしてから、スピアボアの首に解体用のナイフを『ズブリ』と突き立てました。
*1ゴールド=10円です。




