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突然の来客

「事前の連絡もなくお伺いしてしまい、申し訳ありません」

「ンニィ」


 そう言って、フリーディア王国第二王子、『ヨハン・ウィード・フリーディア』(と子猫のパーチ)は頭を下げた。

「いやぁ、そんな。こちらこそ大したおもてなしもできず……」

 と恐縮する僕の背中を、すぐ後に控えるリディアさんが『黙ってろ』とばかりに軽くつねった。


 ……そうだった。

 僕が()()()()であることは、ノワール家以外の人間に、知られてはならないのである。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 本来なら、お客さんが来たとしても『あいにく、お嬢さまは体調を崩しておりまして……』と断れば済む話だ。しかし相手は第二王子(ヨハン)に加えて、辺境伯の孫であり、次期騎士団長の呼び声高い(らしい)『イェルド・ヴァン・ホルダー』氏である。


「下手な嘘をつくと、面倒なことになりかねません」


 と、駆け付けた執事長のボッスさんは、滝のように流れる汗をハンカチでぬぐいながら説明してくれた。

 彼の15メートルほど後ろ、レッスンルームの入り口には、何か言いたげな表情のイェルド氏が立っている。


 うーん。

 ばっちり目があってしまった。もはや仮病は使えない。 


 いっそのこと、逃げちゃおうかな、と考えていた僕に、リディアさんはどこから取り出したのか、30㎝くらいの『でっかい扇子』を手渡しながらこう言った。


「……なにを話しかけられても、『おほほ』とお笑いください。それ以外のことは、決してなさいませんように」


 僕は、フリルのついたでっかい扇子を『ファサッ』と広げると、口元を隠して「おほほ!」と笑った。手にしっくりと収まる高級な重みに、テンションがブチ上がった。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「おほほほほ!」

「グヒャベバギャベギベロ」


 挨拶の最中、「にぃ」と鳴きながら膝に乗ってきたパーチの腹を、僕は右手の人差し指で優しく連打した。一突きするたびに、パーチは指を目掛けてガバッと飛びつくけれど、惜しい、それは残像だ。

 続けざまに腹を突かれながら、僕の膝の上で、パーチは野生の本能を爆発させていた。


「おほほほほほほ!!」

「ギャフベロハギャベバブジョハバ」


 背後から、リディアさん率いるメイド軍団の「なにやってんだあんた」という圧を感じるが、もはやどうでもいい。僕はいま、どちらかが力尽きるまで子猫と遊んでいたいのだ。



「ふ、ふふ」



 と、正面から、風鈴のような、透明感のある声がした。

 見上げると、ずっと堅苦しい表情を浮かべていたヨハン少年が、白魚のような手で口元を隠しながら笑いをこらえていた。彼の白くて細い喉から声が漏れるたび、肩まで伸びた金色の髪がひらひらと揺れた。


 まごうことなく、美少年である。

 記憶の中の母も姉も橘さんも、10点満点の札を高く掲げている。

 背後のメイド軍団から「はぁ…」という吐息や「ゴクリ…」と唾をのむ音が漏れ出した。


 僕は、僕の指をとらえて満足げに力尽きたパーチの額を撫でながらヨハンを見つめる。年齢は、10歳前後(ニーナとおなじくらい)だろうか。顔立ちがアーベル王子とよく似ている。しかし、ヨハンからは()()()()()()()()()を感じない。


 ……どうして(ニーナ)は、あんなにもアーベルに嫌われているのだろう。


 まあ、悩んだところで答えは出ない。僕はなんとなく、ヨハンの後ろに立っているイェルド氏に目を向けた。彼の青い瞳とばっちり目が合う。次の瞬間、イェルド氏は咳払いをして視線をそらした。


 ……どうしてイェルド氏は、僕を見つめ続けているのだろう。敵意や殺気は感じないのに、見上げるたびに目が合うんだけど。


 この二つの疑問をヨハン少年にぶつけたいのだけれども、言葉狩りをされた僕は、悲しいかな「おほほ」しか言えないのである。

 そんなジレンマを抱えていた僕に、笑いの波が収まったのか、ヨハンが声をかけてきた。


「すみません、挨拶もきちんと、済んでいないのに」


 背後からリディアさんが僕の代わりに何かを言おうとしていたが、なんかもう面倒になったので、僕は普通にこう言った。


「こちらこそ、パーチさんと遊ぶのに夢中になってしまって……」


 疲れ果てて半ば液状化しているパーチを両手ですくい上げると、僕は立ち上がってヨハンに手渡した。振り返りざま、リディアさんに向かって『やっぱしゃべります』とアイコンタクトを送る。彼女は固い笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと天を仰いだ。



「あらためて、お礼を言わせてください」


 腰を下ろした僕に、ヨハンはそう言った。


「先日はこの子を助けてくれて、ありがとうございました」


 泥のように眠るパーチを膝に抱きながら、ヨハンは深く頭を下げた。その直後、リディアさんとメイド軍団は一斉に、腰を曲げて深々とお辞儀をした。

 ……事前に教えておいてよ、そういう(さほう)


 完全に出遅れた僕は、軽く頭を下げながら「いや、全然。やりたいことをやっただけなので」と素直に答える。

 顔を上げたとき、ヨハンと目が合った。その()()()()()に、僕は既視感(きしかん)を覚えた。


「ニーナさん」


 と、ヨハンは言った。



「ぼくはいつか、あなたのお役に立ってみせます」



 ――そうか。と僕は思い出した。

 中二の夏、万引きの冤罪をかけられていた同級生を助けたとき、彼は同じようなことを僕に言った。内向的だけれど、責任感の強い、信頼に値する男だった。


 彼と同じ瞳の強さを持つヨハンに、僕は好感を抱いた。

 この子にだったら、打ち明けてもいいかな、と思えた。


「でしたら」


 と、僕は口に出す。


「ひとつ、相談に乗ってもらってもいいかしら」


 その言葉に、ヨハンはすこしだけ驚いた顔を見せたが、にこりと笑ってうなずいた。


「これは、できれば秘密にしてほしいのだけれど」


 僕はテーブルの上に手をついて、ヨハンの耳に顔を寄せると、


「私、異世界から転生してきたんです」


 と告げた。

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