桜の木の下で眠る
パトロール艇のコンピュータで小数点以下まで計算して航路を算出する。
母星が太陽系帝国の中心地から銀河帝国の中心地に躍進した原動力であるワープ航法、約6000年前にワープ航法の理論が提唱され数百年後ワープ航法が実現した。
実現してから約5500年経ったがその欠点は未だに解消されていない。
それは小数点以下まできっちり計算して計算通りにワープしなければ、何処に出現するか分らないという事。
だから約5500年の間に我々は銀河の2〜3割程を支配する銀河帝国を築いたが、5500年の間に数千万人の行方不明者が出ていた。
行方不明者は皆んなワープ航法の失敗により、大宇宙の何処かに飛ばされたと思われる。
思われると言うのは、天文学的な幸運により、銀河帝国辺境部で救助された者たちが極僅かながら存在しているからだった。
目的地に向けて算出した航路を設定しワープボタンを押す。
ボタンを押している途中、零コンマの後ろに0が数個並ぶ僅かな時間にパトロール艇のエンジンを微小な隕石が貫いた。
バシン! 「あ!」
ワープを中止する余裕なんて無く、パトロール艇はそのままワープする。
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「あああ〜あ」
ワープ空間から通常空間に戻った。
ビーイ! ビーイ! ビーイ! ビーイ!
パトロール艇のコクピットにエンジンがダメージを受けた事を知らせる警報音が鳴り響いている。
コクピットから見える宇宙は見覚えの無い物。
私も行方不明者の1人になってしまったようだ。
だが嘆くのも悔やむのも後にしてやる事をやらねば。
観測できる限りの恒星や惑星を目安に、コンピュータに登録されている座標を調べ自分が今いる場所の特定を進めると共に、緊急遭難信号を発信。
矢張りと言うべきか、今いる場所はコンピュータに登録されていない未知の宙域だ。
次に私は避難できる惑星を探す。
重大なダメージを受けているエンジンが息を引き取るのも時間の問題だから。
何処でも良いという訳にはいかない、生存が可能な惑星を探す。
ドオン!
「く……」
エンジンが火を吹いた。
生存が可能かどうか分らないが、あの恒星の第3惑星に降下しよう。
パトロール艇から緊急避難カプセルであるコクピットを分離して脱出する。
パトロール艇は火達磨になり猛スピードで惑星の地表に突入して行った。
コクピットは惑星の大気との摩擦で火達磨になったが、自動的にブレーキが掛かり降下スピードが落ちて火が消える。
火が消えると此れも自動的にパラシュートが開きコクピットはゆっくりと惑星の地表に向けて降下して行く。
コクピットが惑星の地表に向けて降下して行く間に私は、此の惑星が生存が可能な物か調べる。
「クソ」
調べた結果、惑星の大気が即死するレベルでは無いが私には有害な物と判明。
私の命も此処までか、銀河パトロール隊に入隊して20年、20年の間に上司や先輩に同期の者たちなど、多数の隊員がパトロールに出かけたまま行方不明となって帰隊しなかった。
その行方不明者の名簿に私の名前が書き加えられるのだろう。
ゴトン!
コクピットが地表に接触しパラシュートが自動的に切り離される。
狭い緊急避難カプセルの中から降下した惑星の地表を眺めた。
カプセルが着陸した場所は小高い丘の上でかなり遠くまで見渡せる。
頭上には真っ青な空が広がり、ポツン、ポツンと浮いている白い雲がゆっくりと風に流されていた。
丘は森林に覆われ丘の下には平原が広がっている。
森林や平原のあちらこちらで巨大な生物たちが生死を掛けた戦いを繰り広げている、弱肉強食の世界。
「あ! あれは」
森林と平原の狭間に木の梢に沢山の桃色の花を咲かせた大木があった。
私が生まれた故郷の遥か東にある、10000年前母星の全ての民族が統一され統一政府ができるまで島国だった島の者たちに大事にされ、今も島出身の者たちに愛されている名前は忘れたがその花そっくりだ。
緊急避難カプセルに搭載されている非常用バッテリーでは、有害部質除去空気洗浄機と緊急遭難信号発信機の2つを長時間同時に使用する事は出来ない。
だから私はあの大木の下を墓所に定めた。
緊急遭難信号発信機にカプセルの非常用バッテリーを繋ぐ、これで2〜3000年程のあいだ微弱な遭難信号を発信し続ける。
微弱な遭難信号と言っても馬鹿には出来ない。
私がパトロール隊に入隊した頃、銀河帝国辺境部のそのまた先を探索していた無人探査機が、ある惑星から発信されていた遭難信号を探知して3000年前に行方不明になった遭難者の遺体を発見しているのだからだ。
遭難者の遺体は母星の遭難者が所属していた部族の廟に葬られ、安楽の眠りに就いている。
私は緊急サバイバルバッグを背負い、有害部質除去空気洗浄機と爆裂弾が装填されたライフルを持って、惑星の大地を踏みしめた。
有害部質除去空気洗浄機の内蔵バッテリーはもって2日程、それまでにあの木の下まで行かなくてはならない。
丘を下る私の前に牙を剥き出して威嚇する巨大な生物が現れたが、爆裂弾で排除する。
梢に桃色の花を咲かせている大木の下に着いた。
サバイバルバッグから携帯円匙を取り出し、大木の根本に私自身が入る墓を掘る。
掘り終えた穴に横たわり、大木の枝の間から見える満天の星空を見上げた。
妻と子供たちの顔を1人1人思い浮かべてから「サヨナラ」と呟き、安楽死する為の薬剤を身体に注入する。
梢に桃色の花を咲かせている大木を朝日が照らす。
原初の桜の大木は自身の根本に横たわり永遠の眠りについた異星の遭難者の冥福を祈るように、その甲虫類のような身体を桃色の花弁で覆い隠してやるのだった。