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旅人   作者: 水樹洋
2/2

ユースホステルを使った北陸の一人旅そして昭和の古き武蔵小杉で過ごした少年時代

午前八時二〇分金沢駅発の、のとかんこう三号の座席に洋太は座っていた。金沢駅を出発して、能登半島を一周して、金沢駅に戻る定期観光バスだ。能登半島で一泊して再び乗車することができるバスだった。ローカルバスを乗り継ぐという選択肢もあったが、バスの便がすこぶる悪く、洋太のような旅慣れていない観光客には、ありがたいバスだった。 夏休みということもあって、他の乗客はほとんど家族連れだったが、席は半分ほどしか埋まっておらず、洋太は二人がけの席の通路側に荷物を置き、窓側に座っていた。

運転手が運転席に座り、バスガイドが自己紹介をし、いよいよバスが走り出した。こういうバスに乗るのは、高校の山陰山陽への修学旅行以来で、昨日まで感じていた孤独感が大分収まり、何か少しウキウキするような気分になっていた。昨夜、ユースホステルで群馬県の高校生に住所を訊かれたことも、洋太の気持ちに、変化をもたらしていたのかもしれない。

しばらくすると、左手に海が見え始めた。天気は快晴だった、沖の方では、青い海が真夏の陽射しを反射して輝き、岸には白い波が打ちつけていた。山本コウタローの「岬めぐり」のメロディーがふと心に浮かんできて、何度も繰り返された。

バスは、重要文化財の喜多家・気多大社・能登金剛の巌門・関野鼻・門前総持寺を経て、漆器と朝市で有名な輪島に向かった。バスガイドの説明は、決して興味深いものではなかったが、熱心に説明してくれているので、できるだけ傍で聞くようにした。

 バスの斜め前の席に、洋太を除いて、唯一家族連れでない乗客が座っていた。二人の女性で、全くタイプは違うが、二人とも美しい顔をしていた。特に一人は、街で見かけたら誰もが振り返りそうな、女優のような顔立ちだった。だがそのことで、その女性の周りには、近寄りがたい雰囲気が漂っていた。年は洋太と同じか少し上に見え、二人とも、化粧も上手く服装もお洒落で、垢抜けした都会的なセンスを感じた。女優のような女性は鮮やかなピンクのTシャツを着て、もう一人はやはり鮮やかな黄色いTシャツを着ていた。

ところが、二人が話し出すと、その近寄りがたい雰囲気は消し飛んだ。

「~だがね」と、言葉の語尾に洋太が聞いたことのないものが付き、大きな声で明るく話した。だが、その見た目と話し方のギャップに、洋太は一層惹かれるものを感じた。

「写真撮ってもらえますか?」

 女性の一人が洋太に言った。バスガイドの後について、観光地の一つを歩いている時だった。

「いいですよ」洋太は、そう言ってシャッターを切った。

「ありがとうございました。どこから来ているんですか?」

もう一人の、女優のような顔立ちの女性が言った。

「神奈川の川崎です。どこから来ているんですか?」

「一宮です」

「一宮?」

「愛知県の名古屋の近くです」

「ああ、名古屋のそばですか。行ったことはないけど」

 二人は、高校を卒業したばかりのOLで、驚いたことに、洋太より二歳年下だった。


バスは海岸線の傍に停車し、三人は階段を降りて、波打ち際まで行き、再び長い階段を上ってきた。

「えらかったね」女性の一人が言った。

いつの間にか、三人とも敬語は使わなくなっていた。

「えらい?なにがえらいの?」洋太は、意味が理解できずに尋ねた。

「疲れたね、っていうことよ」ピンクのTシャツの女性が答えた。

「いっしょに写真撮らない?」女性は続けた。

「うん」

洋太は答え、家族連れのお父さんに頼み、三人で美しい海を背景にポーズを取った。

「写真送るね」

その女性がそう言ってくれたので、三人は住所を交換した。






寮の玄関前に十人ほどの子供が集まって輪になっていた。そして、その中心にはミカンの缶詰の缶が置いてあった。これから缶蹴りが始まるのだ。

五年生になった洋太は、所謂、ガキ大将になっていた。この日、かよっぺ・ピッコロ・ちびきんに加え、取り壊しになった寮から洋太達の寮に引っ越してきた四年生と三年生の兄弟・ちびきんの妹、そして、一年生二年生も数人混ざっていた。ジャンケンで鬼を決めると、二年生の男の子が鬼になった。洋太が缶を蹴り、みんな散り散りになり隠れた。隠れる場所はそれほどたくさんはないので、二年生の鬼も割と簡単に、隠れている子供達を見つけることができた。だが、問題はその後だった。見つけた後、缶に戻って、見つけた人数分、缶を踏む必要があった。その前に缶を蹴られてしまうと、見つけられた子供達は逃げることができた。

二年生の鬼は、何度見つけても、缶に戻ろうと走っている間に、後ろから抜かれ缶を蹴られた。そんなことが四~五回続くと、ついに泣き出してしまった。その様子を見て洋太が言った。

「俺が、鬼になってあげるよ」

二年生は泣きながらも、肯いてほっとした表情を見せた。洋太が鬼になると、五分もしないうちに、全員捕まえ、その後、数回鬼が変わって缶蹴りは続いた。そして、さっきの二年生が再び鬼になるところで、洋太は言った。

「缶蹴り止めて、かけっこやろう」


「かけっこ」には、いくつかのパターンがあった。ひとつは、まっすぐ走って行って、屏にタッチして戻ってくるもので、寮を一周するパターンもあった。そして、その変形バージョンとして、寮を一周する途中に洋太が立ち、ランナーはそこで一旦止まり、洋太の出す問題に正解できなければ、進めない「問題かけっこ」と呼ばれるものもあった。問題は、なぞなぞだったり、算数の問題だったりしたが、一応、ランナーの年齢によって難易度を調整した。共通していたのは、全員を二チームに分けたリレー方式で行われたことで、人数が奇数の場合には、一人、二回走る者を決めた。チーム分けは、走る速さが近い者同士でジャンケンして決めた。

その日は、普通の寮を一周するかけっこをすることにした。玄関側からスタートし、見えなくなる裏を通っている間に、順位が入れ替わったりすると、大歓声が挙がった。かけっこが始まると、買い物帰りなどの寮のおばさん達が立ち止まって、応援に加わった。おばさんの一人が言った。

「洋ちゃんのおかげで、みんな走るのが速くなって、ありがたいよ」

その言葉を聞いた洋太は、ちょっと嬉しい気分になった。

 この他にも、石蹴り・ケンパ・どろけい・目玉焼き・縄跳びなどの遊びが行われ、ローラースケートが流行った時もあった。洋太は毎晩、次の日何をして遊ぶかを考え、わくわくしながら眠りについた。



放課後、学校から帰ってくると、洋太はグローブと軟球を持って、すぐ裏の鉄筋コンクリートのアパートの前にやって来た。それが最近の洋太の日課になっていた。

 まず、東側の外壁の前に立って、一階の壁に向かってボールを投げ、跳ね返ってくるボールをキャッチする練習をした。それを二階三階四階と上げていって、ライナー、フライなど、違う種類のボールが跳ね返ってくるようにした。しかも、左右の斜め方向から投げ、

反対方向に跳ね返るボールを、走ってキャッチするようにし、五十球連続で取れなければ、またはじめからやり直した。そして、斜めの角度も少しずつ変えて、より速く走らなければキャッチできないように練習した。

それが終わると、北側に移動した。北側にはアパートの各部屋の玄関ドアが並んでいたが、一階の廊下の下の部分が、幅五十センチくらいのコンクリートの打ちっぱなしになっていた。高さが、ちょうどキャッチャーの座った位置ぐらいの高さだったので、ストライクゾーンに見立てて、そこに蝋石で枠を書き、十五メートル位離れたところからそこに向かって投げ、投球練習をした。そして、投球練習が終わると、東側の外壁でやったように、斜めからボールを投げ込んで、今度はゴロを捕る練習をした。そこでもやはり、ストライク五十球ゴロ五十球が達成できなければ、はじめからやり直しになった。

洋太が熱心に練習するのには訳があった。当時、少年達の間で「巨人の星」という、プロ野球の巨人に入団することを夢見て、日々練習に打ち込む少年を主人公にした、マンガが大流行していたのである。洋太は主人公の星飛雄馬よりも、大金持ちで、中学生なのにスポーツカーを乗り回し、顔や髪型もかっこいい天才バッター花形満の方が好きだった。でも星飛雄馬のように、自分も一生懸命練習してプロ野球の選手になりたいと思った。それに、当時、巨人のレフトを守っていた高田選手が、フェンス際で、ホームランになる打球をつかみ取ってアウトにする「屏際の魔術師」といわれたプレーを見て、身震いするほど感動したせいもあった。

 そういった練習を繰り返す日々が続き、五年生の洋太は町内会のチームのエースで四番、そして六年生を差し置いて、キャプテンに選ばれていた。背番号は高田選手と同じ八番をつけていた。チームも以前よりは強くなったが、その夏の大会も三回戦まで進むのがやっとだった。


珍しく、洋太はその日一人で外にいた。一年に数日はそんな日があった。

洋太は縦三センチ横二センチくらいの葉っぱを三つにちぎって、寮とピッコロの家の間を流れる蓋のされていない側溝に同時に落とした。3つの葉っぱの切れ端は、側溝を流れ始めたが、泥やゴミ・葉っぱなどが底にたまっているため、それぞれ違った流れ方をした。どの切れ端が、一番先に寮の端まで流れつくか予想するのが、その日の洋太の遊びだった。

 葉っぱを落としては、流れていくのを追いかけ、自分の予想が当たるかを確認し、当たるとちょっと嬉しい気分になった。そんな遊びを暗くなるまで、何十回も繰り返した。 不思議なことに、洋太がその遊びに飽きることはなかった。 




 季節は真夏、夏休みの真っ最中だった。

「今日、花火やろうぜ」洋太が提案した。

「うん、やろう」

ちびきんがすぐに賛成した。いっしょにいた、かよっぺと他の三人も肯いた。

「じゃあ、ひとり五十円もらって、玄関に集合な」洋太がそう言うと、みんな走って自分の家に向かった。

十分ほどで玄関前に全員がそろった。

「みんな、五十円もらえたか?」

洋太がきくと、みんなにっこり微笑んで肯いた。洋太達は歩いて五分ほどの、東横線の駅の傍にある花火屋に向かった。

花火屋に入ると、箱に入ってバラで売られている、たくさんの花火を見て、六人は胸が躍った。勿論、花火自体楽しかったが、それと同じくらい花火を選ぶ時間が楽しかった。安い物で一つ五円、高い物でも二十円くらいで買うことができた。合計三百円の使い道を、六人は慎重に検討した。

 定番になっていたネズミ花火と打ち上げ花火はすぐに決まった。そして、線香花火と、前回初めて買ってみんなを驚かせた、豪華で高価なドラゴンも全員一致で決まった。線香花火は持つところが柔らかい紙ではなく、棒になっているより長持ちする方を選んだ。 難航したのは、残ったごく普通の手に持つ花火だった。みんなそれぞれ好みがあり、なかなか決まらなかった。

「よし、いつも通り多数決で決めよう」

洋太が提案し、合計三百円になるまで、一つ一つ多数決を取って決めていった。

花火を買う時のワクワクする興奮は、帰り道も、六人の胸に相変わらず残っていた。寮に帰り着くと洋太が言った。

「八時に寮の裏に集合な!」


花火が待ちきれない六人は、全員八時ちょっと前にはすでに集まっていた。火を使うので、一応、ちびきんのお母さんが、監督ということで、マッチを持って来てくれていた。月明りと、裏のアパートの階段から注ぐ電灯の明かりで、外は真っ暗というわけではなく、花火を選ぶにはちょうど良い明るさだった。ただ少し風が吹いていたので、花火に火をつける時には、みんなで風上に集まって、風を防いだ。

 ねずみ花火から始まって、ロケット花火、普通の花火と続いた。そして、いよいよドラゴンが地面に置かれ、火をつけると大きな火花が、噴水のように二メートル位噴出し、歓声が上がった。

 最後は、線香花火といつも決まっていた。花火の最後には線香花火が似合っていると、みんな何となく感じていた。線香花火の持つ不思議な風情を、みんな肌で感じ取っていたのだろう。

 みんな一本ずつ持ち、同時に火を付けた。まず、左右に大きめの火花が飛び散り、だんだん中心にあるオレンジ色の塊が大きくなっていった。これからというところで、洋太の花火のオレンジ色の塊は、あっけなく地面に落下した。

「あああ」と言って、洋太はため息をついたが、他の五人の花火はまだ生き残っていた。

だが花火は、次第に縦方向の、細く力のない火花へと変わっていった。一つまた一つと、線香花火の火は、はかなげに消えていき、最後にかよっぺの花火が消えた。月も雲に隠れ、辺りは暗さを増していた。近くの草むらから、気の早いコオロギの、涼しげな鳴き声が聞こえてきた。

普段寂しさなど全く感じない洋太だったが、花火の終わりだけは、少し寂しい気持ちになった。楽しかった花火が終わってしまい、集まった友達が散り散りになる寂しさと、線香花火の、はかなく悲しげな炎のせいだったのかもしれない。




寮の東側の踊り場で、拍手がわき起こっていた。踊り場から二階に上がる階段に、五人の子供が腰を下ろし、踊り場には一人の女の子が立っていた。秋雨の季節で、朝から激しい雨が降り注ぎ、雨の滴が、踊り場の窓ガラスの隙間からしたたり落ちていた。

 洋太達は「歌ごっこ」の最中だった。こんな雨の日は「スリッパ隠し」か「歌ごっこ」くらいしかすることがなかった。

「スリッパ隠し」は、鬼を一人決め、他の子供達は、スリッパの片方を、寮の廊下のどこかに隠した。廊下には色々な物が置いてあり、隠し場所にはうってつけだった。鬼は、そのスリッパを見つけるために廊下を歩き回り、鬼が隠したスリッパに近づくと、他の子供達は

「火がボウボウ、火がボウボウ」と歌い出し、遠ざかると

「水がチャプチャプ、水がチャプチャプ」と歌い、ヒントを与えた。

「歌ごっこ」では、子供達が、順番に歌い手となって、ステージである踊り場に立って、名前と曲名を言ってから歌い始めた。観客は静かに歌を聴き、終わったら、大きな拍手をする義務を負っていた。全員が一曲歌い終える度に、多数決でその回の優勝者を決めた。洋太が優勝することもたまにはあったが、ほぼ毎回優勝するのは、洋太より三歳下の「えんみ」と呼ばれる女の子だった。

「えんみ」は数年後、テレビの「ちびっこのど自慢」に出演し、見事優勝を果たした。




二月一四日、洋太は、学校から帰ってくると、珍しく外に遊びに行かずに、そわそわした気持ちで家にいた。

クラスの女の子が、「バレンタインのチョコレートを渡したいから、五人で洋太の家に行って良いか」と、学校で聞かれたのだ。バレンタインという言葉を、洋太はその時初めて聞き、意味を説明されて、洋太は渋々承諾した。そういう特別なチョコレートをもらうのは、勿論嬉しかったが、自分の住む古くて汚い狭い家を見られるのが、嫌でたまらなかったのだ。増して、自分に好意を持ってくれている人がこの家を見たら、きっとイメージダウンで、その好意も消え失せるのではないかと思ったのだ。

 女の子たちが、家にやって来ると、洋太は、自分の家族の住む部屋の真上にある、二階の部屋に案内した。救いだったのは、その時までに借りる部屋を一部屋増やし、姉とその二階の部屋を使っていたのだ。

 洋太は、下からお茶を六人分と菓子皿に入ったお菓子を持って来て、畳の上に置き、女の子たちからチョコレートを受け取ってお礼を言った。そして、女の子たちがこの部屋を見て、どんな反応を示すかを、不安な気持ちでじっと見守った。姉と共同で使っている机だけが置かれた、殺風景な八畳の部屋を見て、女の子の一人が言った。

「広くてきれいだね」

 一応、掃除は必死にしておいたので、その女の子の言う「きれい」というのは掃除されているという意味であった。その女の子は、洋太の寮ほどではないが、古くて狭い学校の傍の寮に住んでいた。他の女の子たちは、一軒家か、洋太の部屋の何倍も広い、快適で新しい鉄筋コンクリートの社宅に住んでいた。女の子たちは、十分ほど話をすると帰っていった。

 

その時もその後も、女の子たちやクラスの他の友達が、家のことで洋太をからかったり、見下したりすることは決してなかった。そして、洋太の家のことが、クラスで噂になるようなこともなかった。チョコレートをもらったことよりも、そのことの方が洋太には嬉しかった。




 六年生になった洋太は、少年野球チームで最期の夏を迎えた。

 チームは強くなっていた。洋太も練習の成果もあってか上手くなっていたし、メンバーも強力なメンバーが揃っていた。レギュラー九人中、小学校の運動会のリレーの選手が洋太を含めて四人、保育園で大玉転がしをいっしょにやった「しょうちゃん」そして、あの「ひできちゃん」もチームに加わっていた。それに、五年生四年生も、運動神経が良く野球も上手い選手が集まっていた。

 大会がはじまると、洋太達のチームは、地区大会の決勝まで全てコールド勝ちという、圧倒的な強さで勝ち進んだ。もう、地区優勝は間違いないと誰もが思った。

準決勝の後、チームは町会長や子供会のおばさん達といっしょに、大きな日本そばの店の二階にある座敷に座っていた。

「みんな同じものを注文するけど、カツ丼天丼どっちがいい」

会長が大声で叫んだ。みんなは口々に、自分が食べたい方を言った。洋太はカツ丼を主張した。カツ丼の方が好きだったし「かつ」という言葉は縁起が良く、逆に天丼は「点どんどん取られて負ける」ような気がして、縁起が悪いと思ったからだ。洋太はさんざんそう主張したが、激論の末「天丼」に決まってしまった。。

 

 決勝戦は雨のため、一週間延期された。すると、とんでもない出来事が起こった。チームの中心メンバーの「しょうちゃん」「ひできちゃん」と五年生ひとり、計三人が揃って家族で大阪の万国博覧会に行くため、決勝には出場できないというのだ。

 洋太のチームはショート・サード・レフトのレギュラー抜きで決勝戦を迎えた。三人の打順は一番三番五番だった。その三人とは全くレベルの違う、五年生三人が代わりに出場することになった。

 準決勝までと同じ小学校の校庭で、試合が始まった。やはり、決勝ともなると相手は強かった。それでも、何とか最終回7回の表を迎えたところで四対三でリードし、この回の表を〇点に抑えれば優勝だった。2アウトまで持っていったが、ランナー一塁二塁のピンチを迎え、打順は四番の左バッターで、カウントは2ストライク2ボールだった。

 真夏の日差しが容赦なく洋太を照りつけ、青い空に、厚みのある入道雲が湧き上がっていた。だが勿論、入道雲など洋太の目には入らず、暑さも全く感じることはなかった。

 洋太は最期の力を振り絞って、渾身のストレートを投げ込んだ。バットに当たる鈍い音がして、力のない平凡な打球がライト方向に飛んでいった。

「やった。勝った」

と洋太は、心の中で叫んだ。ライトは抜けた三人に代わって出場した五年生の中の一人だった。決して上手いとは言えなかったが、落下点には入り、グローブを構えた。ところが、足下がふらつきはじめ、それに合わせるかのように、グローブも左右にふらつきだした。ボールはグローブをかすめて、後ろにあった鉄棒にぶつかり、大きくはずんだ。二人のランナーは生還し、5対4と逆転された。

 その裏、洋太のチームは最期の粘りを見せ、2アウトながら2塁3塁のチャンスを迎え、打順は4番であった。洋太は、2~3回素振りをすると、バッターボックスに入り、バットの先でホームベースを数回軽く叩いた後、さっき逆転打を放った左投手を見ながら、ゆっくり構えた。ライト方向の校庭の先には東急東横線の線路があり、緑の電車が走り抜けていた。この日の洋太は絶好調で、3打数3安打、一人で3打点を稼いでいた。

 相手投手が、1球目を投げた。洋太の好きな、ほぼ真ん中で、やや外角よりやや高めの甘いボールだった。洋太は思い切りバットを振り抜いた。しかし、飛んだ打球は、それまでの3打席のような、鋭く外野に飛ぶ打球ではなく、ぼてぼてのセカンドゴロとなった。洋太は必死に走った。脚には自信があり、ぼてぼてゴロであれば、セーフになる可能性は充分あると思ったのだ。実際これまでも、内野ゴロでセーフになることは何度もあった。「自分がセーフになれば、3塁ランナーが生還して同点になる」そんな思いが、洋太の頭に瞬時に浮かび、同点になっている光景も、やはり瞬時に描かれた。洋太は、1塁ベースを駆け抜けた。

「アウト」

一塁塁審の声が轟き、右手が高く挙がった。一塁側三塁側で試合を見ていた子供会の役員や選手の親たちから、歓声とため息が湧き上がり交錯した。その中には、カメラを持った洋太の父親もいた。 

 洋太のチームは敗れた。ホームベースを挟んで両チームが整列し、審判の号令でお互い礼をした。相手チームの選手は皆笑顔を浮かべ、洋太のチームの選手は、黙ってその様子を見ていた。

 エラーをした五年生が、肩を落としうなだれていた。洋太は、そこに行って背中を叩き、励ますほど大人ではなかった。しかし、その五年生に対して怒りを感じたり、恨んだりする気持ちにはならなかった。あまり野球の経験もなく、初めての試合に出て、自分がボールをキャッチすれば優勝が決まるという状況で、その五年生を襲った緊張が、痛いほどわかったからである。ただ、自分が最終打席で、甘いボールを打ち損じたことが悔しかった。ひできちゃんやしょうちゃんと、もういっしょに野球ができないことが悔しかった。本大会に出場していれば、各地区を勝ち抜いた強豪チームと試合することができたのに、それができなくなってしまったことが悔しかった。 

そして、野球部のない中学校に進学する洋太にとって、それが人生で最期の野球の試合になった。




突然、部屋の灯りもテレビも消えた。廊下も真っ暗になった。ロウソクや懐中電灯を持った人達が、それぞれの部屋から、続々と廊下に出てきて「流し」の方に向かった。

寮の人達が向かった先にあったのは、分電盤だった。また、ヒューズが飛んだのだ。電気を各家庭で使い過ぎて、月に一回位はこういう事態になった。

「またかよ」

「全く困ったもんだね」

大人達は、口々に不平を言って、夜の寮の廊下は一気に賑やかになった。大人達は、この事態にうんざりしていたが、洋太は、何かみんなが集まるイベントのように感じて、ウキウキした。普段はこんな時間に集まることはない、寮の子供たちといっしょにいられるのも楽しかった。

月の当番の人が、新しいヒューズと脚立を持って来て、ヒューズをつけ始めた。慣れていない人だと手こずることもあったが、その日はあっさり作業が終わってしまった。

「もっと長引けばいいのに」

洋太はそう思ったが、仕方なく寮の仲間と別れて、部屋に戻った。短い夜のイベントが終了した。




洋太は、放課後教室の床で、同じクラスの佐藤直樹という少年の上に馬乗りになっていた。その少年はよく人の気に触ることを言っては、色々な子供とトラブルになっていた。

その日も些細なことでケンカになった。ケンカといっても、そこでのケンカは、殴ったり蹴ったりすることは決してなく、取っ組み合いに限定され、どちらかが泣いたり降参したら、決着という暗黙のルールが出来上がっていた。洋太も時たま、この少年とケンカになったが、いつも佐藤君が泣いて、すぐ決着がついていた。

 だが、その日はどういう訳か、ケンカは洋太が圧倒しているのに、佐藤君は泣くことなくこらえ、時間ばかり過ぎていた。

「おい、もう降参しろよ」洋太は言った。

「いやだ、絶対降参しない」

 洋太は正直、もううんざりしていて、ケンカを早く終わらせたかった。仕方なく、馬乗りになったまま、佐藤君の頭をもって床に軽く打ちつけた。すると、佐藤君は、これまでため込んでいた涙を一気に流すかのように、とんでもない大声で泣きはじめ、全く泣き止もうとしなかった。担任の先生が驚いて駆けつけてきた。洋太に、状況を簡単に説明させると、先生はすぐに言った。

「保健室に急いで連れて行きなさい」

佐藤君を連れて保健室に行くと、いつものように持田先生は机の前の椅子に座っていた。 持田先生は、とても優しい女性の先生で、洋太が大好きな先生だった。物静かでいつも穏やかな口調で話し、洋太の話もいつも熱心に聞いてくれた。再び洋太は、今度は事細かに状況を説明した。すると持田先生は、これまでに見たことのないような凄まじい形相で、厳しく激しい口調で言った。

「なんでそんなことしたの!」

洋太は、驚いて一言も言葉を発することができなかった。

「後頭部を硬い床に打ちつけたら、脳内出血を起こすことがあるのよ。そうなったら、頭の内部で血が出て、場合によっては、命を失うのよ!」

 洋太はその言葉と、いつもと全く違う持田先生の様子から、事の大きさを実感した。そして、先生はさらに佐藤君に向かって言った。

「今日の夜、寝ていて、もし気持ち悪くなったり頭が痛くなったりしたら、すぐ救急車呼ぶのよ」


その晩、洋太はいつまでも、布団の中で、同じことを何度も考えていた。

「もし、佐藤が死んでしまったら、僕は少年院に入れられるんだろうか?『あしたのジョー』の矢吹丈や力石徹、 『男一匹ガキ大将』の戸川万吉 『夕やけ番町』の黒部塔介の入っていたあの恐ろしい少年院に。そんなところに入ったら、お父さんお母さん、友達にももう会うことができし、学校にも通えない」

そんなことを思いながら、そばで寝ている両親を見た。両親を起こして、ケンカのことを話して、自分の不安な気持ちを打ち明けたいという衝動に駆られた。しかし、夜中に両親を起こして、自分がしてしまったことを敢えて話す勇気はなかった。

結局、うとうとするだけで、熟睡できないまま夜が明け、スズメのさえずりが聞こえてきた。普段なら爽やかな気分になっただろうが、まるで胸に鉛の塊でも入っているかのように、重く暗い気分で洋太は布団を出た。そしていつも通り家族で、丸いお膳に並べられた、ご飯とみそ汁と漬物だけの質素な朝食を取った。

「両親といっしょに、こうしてご飯を食べることも、しばらくできないかもしれない」

そう洋太は思った。

 集団登校で学校に着くと、洋太は祈るような気持ちで教室のドアを開けた。心臓が激しく鼓動していた。中に入って、教室を念入りに見回したが、佐藤君の姿はなかった。洋太の胸に入っていた鉛が一段と重さを増した。

 その時だった。教室のドアを勢いよく開ける音が聞こえ、洋太は、音と同時にドアに視線を向けた。佐藤君の元気な笑顔が、洋太の目に飛び込んで来た。洋太はすぐに佐藤君に駆け寄った。

「大丈夫?」

「うん、もう何ともないよ」

「良かった」

 佐藤君が、こんなにいい奴に思えたことはなかった。佐藤君のことが以前より少しだけ好きになった。

洋太が、その後暴力を振るうことは二度となかった。




洋太が、一年で一番好きな時期はクリスマスから正月にかけての十日間位の時期であった。

 クリスマスには姉と折り紙を使って鎖のような飾りを作り、狭い殺風景な部屋を華やかにし、小さなクリスマスツリーも飾った。画用紙を使って、苦労して長い時間をかけて家族に送るクリスマスカードも、丁寧に書き上げた。勿論、ケーキも用意され、この数年はアイスクリームケーキだった。

 だが、洋太が何よりも楽しみにしていたのはプレゼントだった。この年は、千円分好きなものを選んで、買って良いと言われていた。それを考えると、喜びで胸がはち切れそうになった。そして「妖怪人間ベム」というアニメのソノシートと「夕やけ番長」のマンガの単行本・それと文房具をいくつか買ってもらうことに決めた。洋太から、両親へのプレゼントは、大体「肩たたき券」であったが、その年は奮発して、母親に醤油差しをプレゼントした。

 

 年末には、父親が障子や襖の張り替えをし、古くて汚い狭い部屋だったが、家族が協力して大掃除をし、きれいにして大晦日の夜を迎えた。元旦は、母が作ったおせち料理を新しい箸で食べた。一年の他の時期とは違う、盛りだくさんのことが詰め込められたこの時期は、洋太の胸をわくわくさせた。

 

 そして、元旦の午後は、母の兄の家に集まることが恒例となっていた。母の兄は会社を経営していて、元旦には、その社員と母の他の兄弟五人とその家族、総計五〇人以上が集まった。洋太が普段食べられないようなご馳走が振る舞われ、大人たちは、日本刀を振り回しながら、軍歌を大声で歌って騒いでいた。

洋太が何よりも楽しみにしていていたのは、叔母たちに手招きされる瞬間だった。叔母たちは、手招きした後、必ずお年玉の袋を手渡してくれた。お礼を言って受け取るとすぐ、廊下などに行って、中身をこっそりと確かめてにっこりした。

 

 いとこ達に会うのも大きな楽しみだった。洋太は、同じ年の従兄弟たけしちゃんと二歳下三歳下の従兄弟と、男四人で年に二度、正月と夏休みに、母方の親戚の家を泊まり歩いた。従兄弟と、電車バスを乗り継いで移動し、夜遅くまでゲームをしたり、話したりする時間はたまらなく楽しかった。

中でも一番楽しかったのは、母のすぐ下の妹の家だった。その家の子供は三姉妹で皆洋太より年上で、一番上は六歳年上だった。三姉妹とも個性が強く話していると楽しかった。叔父は長崎の出身で、大きな声で独特のイントネーションで、酒を飲むと顔を真っ赤にして話しをした。男の子供がいないせいか、男四人をいつも明るく歓迎してくれた。その叔父が何か言うと、すぐ気が強く口の達者な三姉妹が、いろいろ言ってやり込めるやりとりがとてもおかしく、九人で囲む食卓は笑いが絶えなかった。

 その叔父が、夏休みに泊まりに行った時に言った。

「今度の正月は、お年玉あげる代わりに、賞金付きのいとこボーリング大会でもやるか。優勝賞金は三千円だ」

女の従姉妹達は、あまり乗り気でなかったが、男達は大喜びだった。

決戦の正月の朝が訪れた。洋太達は叔父さんの車に次々に乗り込んだ。まだ、外は真っ暗で息が白くなった。普通一ゲーム三〇〇円の料金が早朝割引で一五〇円でできるのだ。大会は三ゲームの合計で順位が決定し、あっという間に大会は終了した。洋太の優勝だった。洋太は大喜びで賞金を受け取った。その叔父さんの笑顔と独特の口調は、いつまでも洋太の記憶に残っていた。


 大会の後のことだった。その家に花札というものが置いてあったので、遊び方を教わった。別の親戚の家に移動した後、四人は、また花札をしたくなって、お年玉を出し合って買おうということになった。しかし、洋太達は、花札というものを、その家で見るまでは、やくざ映画の中でしか見たことがなかった。洋太はたけしちゃんに言った。

「子供が、花札買って大丈夫かな?」

 たけしちゃんも他の二人の従兄弟も、心配そうな顔つきになった。そして、四人は長い時間あれこれ話し合った末、ある作戦を思いつき、雑貨屋に入っていった。そこで花札が売られていることはすでに調査済みだった。

たけしちゃんが言った。

「すみません。道で、ちょっと怖い顔のおじさんに、花札っていうものを買ってくるように頼まれたんですが、ありますか?」

 店のおばさんは、怪訝そうな顔をしていたが、花札をお金と引き替えに手渡した。四人は、店のガラスの引き戸を閉めて外に出ると、一目散に走り出した。百メートルくらい走って、後ろを振り返り、誰も追ってきていないことを確認すると、立ち止まった。

「良かったね。大丈夫そうだ」

洋太が言うと、三人はにっこりして肯いた。

 

 従兄弟との思い出で、洋太にはどうしても忘れられないものがあった。

 それは、夏休みに集まった時のことであった。たけしちゃんの家に泊まって、近くの神社の夏祭りに行った。とても大きな神社で、大勢の人で賑わっていた。見せ物小屋が建っており、その入り口には大きな「狼少女」という垂れ幕が掛かっていた。興味をそそられ、半信半疑で洋太達はその小屋に入った。中は想像以上に広く、簡単な木製の手すりのような仕切りがあって、手前が観客席、その先の地面が舞台になっていた。

 まず男性が現れ、狼少女の生い立ちを簡単に説明した。その男性によると、彼女は赤ん坊のころから何年もの間、森の中で狼に育てられたということであった。

 一人の少女が、叫び声と共にその恐ろしい姿を現した。背はとても小さく、髪は乱れ、ぼろ切れのような短い衣服を身につけていた。元々恐ろしい顔なのに、険しい表情をしていたので恐ろしさが何倍にも増幅されていた。前もって、狼少女だと言われていなくても、誰もが狼少女だと思うような容姿だった。もし、これが仮に単なる作り話で、この少女が演技をしているのだとしたら、それはアカデミー賞にも値するようなものだった。

 少女は、大きな蛇を身体に巻き付けたり、割れたガラスを口に入れたりしていた。そして、口を開けそのガラスを見せつけようと、観客席に近づいた。観客は、叫び声を上げて一斉に後ろに逃げ出した。だが、おじいさんが一人だけ逃げずに、一メートルくらいまで、近づいた狼少女の前で、肯きながら微笑んでいた。少し離れた所からそれを見ていた洋太は、その姿に感心し尊敬の念を抱いた。だが、横から見たそのおじいさんの顔はやや引き攣っているようにも見え、ひょっとしたら、ただ逃げ遅れただけかもしれないとも思った。




 洋太はいつものように、うつ伏せの姿勢から上体を起こし、右肘を畳につけて父親の右手をつかみ、腕相撲をしていた。これまでおそらく百回以上は戦ってきただろう。その日の戦いは接戦だった。

「風呂の湯船の中で手首を前後に動かす運動をすると、スナップが強くなり、野球で投げるボールも速くなるし腕相撲も強くなる」

と、父親に言われて、風呂屋に行くと欠かさずやってきた。

まだ、父に勝ったことは無かったが、最近は接戦になることが多くなった。その日も、5分くらい膠着状態が続いていた。父親の顔に疲れが見えてきた。洋太が渾身の力を込めると、次第に左側に二人の腕が傾きはじめた。

「やった。初めて勝った」

父親の手の甲が畳にべったりついていた。

「負けたな」

父親が、恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに言った。洋太は、飛び上がりたくなるくらい嬉しかった。しかし、次の瞬間、その気持ちは全く異なる感情に取って代わられていた。

 小さい頃は、両手を使ってもびくともしなかった父親の腕が、自分の片腕でねじり倒された。あんなに強かった父親が自分より弱くなってしまった。言いようもない寂しさが洋太の胸に湧き上がってきた。

 洋太が、父親と腕相撲をすることは二度となかった。



 洋太の小学校の卒業式が間近に迫っていた。その卒業に合わせるかのように、洋太にとって、もう一つ大きな変化が訪れようとしていた。洋太の住む寮とその隣の寮が取り壊され、もうすぐ完成する、三棟目の鉄筋コンクリートのアパートに、寮に住んでいた住人は引っ越すことになったのだ。

 そこは、居室はこれまでと同じ8畳一間だったが、6畳くらいの広さがあるダイニングキッチン・風呂・洗面所・そして水洗トイレも付いていた。しかも、寮に住んでいた住人は安い家賃でそこに入居できるのだ。 洋太にとって、風呂もなく、トイレも流しも共同の、木造のボロボロの寮を出て、新しい鉄筋コンクリートのアパートに、引っ越せることは夢のようだった。洋太は、毎日のようにいつ引っ越せるかを母親に尋ねた。


まさに洋太の中学入学に合わせるかのように、洋太の家族を含め、寮の住人達は新居に引っ越すことになった。引っ越しといっても、どの家族も狭い部屋に住んでいたので、家財道具はほんの僅かで、移動距離も数十メートルだったので、引っ越し業者など頼まず、お互い協力し合って全ての荷物を運んだ。

 新居での生活は快適だった。風呂に入るだけ、水洗トイレを使うだけで、洋太の胸は躍った。

「これでもう、友達にも自分が住んでいる所を隠さなくてすむ」洋太は思った。


 新しいアパートに引っ越してから、十日ほど過ぎた日のことだった。洋太は、以前住んでいた古い寮の、相変わらず目が痛くなるほど臭いトイレにいた。いや便所にいた。いつも使っていた、左側手前から二番目の大便所でしゃがんでいた。

 あれほど多くの人でごった返し、いつも大声で話す声や、笑い声が絶えなかった寮は、静まりかえっていた。そして、古いながらも一応最低限の清潔さを保っていた各部屋には、たくさんのゴミやがらくたが散乱し、洋太がよくモップで水拭きしていた床も、ホコリまみれになっていた。

 寮に住んでいた住人はほとんど全員鉄筋コンクリートのアパートに移り住んだが、毎日のように会っていた住人と、顔を合わせることは、めっきり少なくなった。中には、二度と会うことのない人もいた。親戚ように感じていた住人が赤の他人に思えた。兄弟やいとこのように思っていた仲間が、ただの友達になった。毎日のように通っていた風呂屋にも行くことがなくなった。そして、夢にまで見た快適なアパートが、ただの冷たいコンクリートの塊に思えてきた。


 それから寮が取り壊されるまで、洋太は何度も寮の便所に行き、いつもの場所にしゃがみこんだ。廃墟のようになってしまった寮で、そこは唯一、以前とあまり変わらない場所だったからである。そこにしゃがんでいると涙が止めどなく流れた。そして、以前鉄筋コンクリートの家に住むことを夢見たように、再びこのボロボロの寮で、昔のようにみんなと暮らすことを夢見た。だが、その夢は以前の夢と違って、決して叶うことのない夢だった。

 天国いい子隊の隊長が書いた落書きが、まだうっすらと大便所のドアに生き残っていた。




 こうして、ソフトボールや野球、メンコやビー玉、コマ、秘密基地、缶けり、ケンパ、石けり、かけっこ、パチンコ・スマートボール・ビーンボール作り、夏の夜の花火、雨の日の歌ごっこ、そして、ウルトラたち野良犬の世話など、次の日、何をして遊ぼうかと、毎晩ワクワクして布団に入る洋太の生活は、アパートへの引っ越し、中学への入学とともに終わりを告げた。




 洋太の中学時代は、振り返ると後悔ばかりの三年間であった。

 小学校までの洋太は、宿題以外、家で勉強することなど全くなかった。しかし、中学では定期テストというものがあり、それは、何も勉強しないで乗り切れるほど、甘いものではなかった。得意だった数学や理科の第一分野、そして国語は、勉強しなくても何とかなったが、暗記ものの社会、特に英語は何も勉強しないと悲惨な結果だった。

 勉強自体が嫌いなわけではなかったが、定期テストの勉強には、何故か異常な嫌悪感を覚えた。テストの当日までに、決まった試験範囲の勉強を終わらせるというプレッシャーが、洋太には耐え難かった。試験前に学習計画を立てるのは好きだったが、実行できた試しはなかった。勉強しなければならない時間になると、今は少し寝て、夜頑張ろうと思い、夜を迎えると、朝早く起きて勉強しようと考え寝てしまい、結局寝坊して勉強しないまま、テスト当日を迎えることが多かった。

 あるいは、夜遅くまで勉強して床につくと、テストのことを考えて眠れなかったり、得意の数学のテストの時間に、焦って頭が真っ白になって、ひどい点数を取ることもあった。

部活動も、小学校時代あれほど頑張っていた野球も、野球部がなかったため全くしなくなり、運動そのものもあまりしなくなった。

そして、小学校時代いっしょに遊んだ寮の仲間も、ほとんどが同じアパートに住んでいたため、遊ぶことはあったが、その回数はずっと少なくなった。何よりも変わったことは、小学校の時のように、遊んでいても、心の底から楽しいと思えることが無くなったことだった。ろくに勉強もしないくせに、何故か、勉強のことが、喉に刺さった小骨のようにいつも心に引っかかっていた。

 本を読んで、夜更かしをすることも多くなり、所謂、名作と呼ばれるものを主に読んだ。だが、名作も含めて本というものは、人間の暗い部分を描いたものが多く、読書も、洋太の生活から明るさを徐々に奪っていった。そして、夕方や夜テレビをだらだら観ていて、居眠りをすることも多くなった。すると夜眠れなくなり、夜更かしをするという不規則な生活をするようになっていった。




中学二年になった洋太は、家から自転車で十五分ほどの、古く小さな町工場にいた。父が、数年前、勤めていた会社を辞め、独立して水沢製作所という会社を作り、その町工場を借りて仕事をしていたのである。

 洋太の父が、社長兼唯一の社員だった。十畳ほどの広さの工場には、金属を切削して部品を作るための大きな旋盤一台と、金属に穴を開けるためのボール盤が二台、他にいくつか小さな機械が置かれていた。急ぎの注文が入り、洋太は手伝いをするように言われて、この工場に来ていたのだ。あまり気は進まなかったが、バイト代をくれるというのでしぶしぶ来ていた。嫌っている大酒飲みの父と二人で仕事をするのは、気が重かったし、最近は話すのも面倒だった。

 だが、工場の父は、いつも家で酒を飲んで理屈っぽいことを言って、威張りくさっている父とは別人のようだった。穏やかに親切に仕事を教えてくれた。そして、危険を伴う仕事だったので、無理なことをさせないように、細心の注意を払って洋太を見守った。そして、危険な旋盤を見事に使いこなしている父の背中は、頼もしく見え、誇らしく思えた。

 父親が独立したのは、前の会社の給料ではとても、洋太と姉を大学まで進学させることはできないと思ったからだ。多額の借金をして機械を購入し、もし失敗すれば、それこそ一家が路頭に迷ってもおかしくないような、大きな賭けであった。幸い、ある程度大きな会社の下請けになったので、仕事がなくて困るということはなかった。父親の技術は確かなものだったようだ。だが、親会社からの支払いは手形という形で行われ、実際、現金になるのはかなり先のことだった。借金を抱えていたので、やむを得ず、銀行に多額の手数料を払って現金に換え、何とか生活した。また、多量の注文を突然受け、何日も徹夜で仕事をしたことも何度かあった。親会社には何を言われても従うしかなかったのだ。

 その日、午前中の仕事を終えると、父親は洋太を連れて、行きつけの日本そば屋に行った。席に座ると、父親は

「いつものね」

と注文し、洋太にも好きなものを注文するように言った。しばらくすると、注文したものがテーブルに置かれた。父親の前に置かれたのは、ざるそばとビールだった。

「昼間からビールかよ、午後も仕事あるのに」

と、洋太は思い呆れたが、その日の洋太はそれが許せる気分だった。

 午後四時頃まで仕事をすると、洋太は帰るように言われた。手は油で真っ黒になっていた。だが、何か砂のようなものが混じっている特殊な粉状の石けんで擦るように洗うと、何とかきれいになった。手を洗い終えると、洋太は旋盤に向かう父親の背中に目をやりながら、自転車にまたがった。父親はその日も徹夜で仕事をすることになっていた。たった一人で、真夜中も仕事をし続ける父親の姿が目に浮かんだ。


次の日の夜、父親は三日間の徹夜仕事を終え家に帰ってきた。母と姉はいつも通り、何も言わず父親を迎えた。いつもはやはり何も言わない洋太が、小さい声で呟いた。

「おかえり、お疲れ様」

そう言った後、母親と姉に向かって強い口調で言った。

「お疲れ様くらい、言ってやれば」

二人は驚いて顔を見合わせた。




洋太は、無事中学の卒業式を終えていた。高校入試の勉強も、定期テスト同様洋太には辛いものだったが、何とか、公立高校では洋太の住む学区ではトップの、第一志望の高校に合格することができた。

 高校の入学式を間近に控えた日の早朝、洋太はアパートの屋上に来ていた。真っ暗だった空がだんだん明るくなり、ビルの間から朝日が顔を出し始め、陽射しが真横から洋太の顔を照らした。雀のさえずりが聞こえ出した。3月の夜明けの空気はまだ冷たかった。朝日を眺めながら、洋太は、

「昨日までの自分を捨て去って、今日から違う自分になろう」そう誓っていた。

「試験のためだけに勉強することは、もう止めよう。元々、勉強する目的は試験ではないはずだ。もっと、深く広いもののはずだ。勿論、テストは一つの目標ではあるが、テストの日までに、テスト範囲の勉強が全て終わらなくても、気にすることはない。テストが終わった後に、終わらなかった範囲の勉強をすればいいだけだ」

 洋太は、そう考え、高校の三年間は中学の時のようにテスト前に、できもしない学習計画を立てることを止めた。毎日、勉強時間だけを決め、その時間で、あまり勉強が進まないことがあっても気にしなかった。そして、テスト前に試験範囲が終わっていなくても、夜更かしして、勉強するようなことはしなかった。普段通りに睡眠時間は充分取った。そうすると、定期テストの勉強が、中学の時ほど苦ではなくなった。夜眠れないことも、試験中焦って頭が真っ白になることもなくなった。

 

洋太は、朝日を浴びながら、軽く準備体操をすると、ジョギングを始めた。ろくに運動もしなかった中学時代を後悔し、高校では部活動を頑張ろうと、やはり誓っていたのだ。

 野球部に入るには、三年間のブランクは大きすぎた。そして、丸刈りになるのも洋太には抵抗があり、野球部に入部することはなかった。しかし、入部した運動部では、それなりに努力し、大きな活躍はできないまでも、一応エースと呼ばれる存在になった。練習をみてくれるような顧問はいなかったが、運動能力の高いメンバーが揃っており、大会では常に県の上位に顔を出した。準々決勝で優勝チームに2点差で敗れるという接戦を演じたこともあった。だが、小学校の時の野球同様、あと一勝というところで関東大会出場を逃した。


あっという間に、三年生になって部活動も引退し、受験生という立場になった。しかし、洋太の高校は進学校ではあったが、受験受験と目の色を変えて、受験にひた走るような雰囲気ではなかった。だが、そんな中でも洋太は、度々、勉強に追われて、自分が中学生の時の自分に戻ってしまうような不安に駆られることがあった。そんな時、洋太を救ってくれたのは、ラジオから流れてきた曲だった。


 


 中島みゆきの「時代」という歌だった。この曲を聴くと、胸の中の暗く重いものが、ふっと消えていった。そして、柔らかな春の陽射しに、優しく包まれているような気持になった。


 高校三年の夏休み、秋の体育祭に向けて、毎日のように準備に励む生徒がたくさんいた。洋太もその一人であった。洋太は、そんなこの学校の校風を愛していた。生徒も教員もその多くが、ここでの生活を、ゆとりを持って楽しんでいるように思えた。だが当然、現役では志望校に合格せず浪人する生徒が多かった。というより、多くの生徒が、浪人するのはごく普通のことのように思っていた。洋太もやはりその一人でもあった。姉も同じ高校だったからか、母親もそんな校風を知っていたようで、一浪までは良いと言ってくれていた。洋太は、そう言う母の言葉を聞いても、当然のことのように思い、特に感謝することはなかった。

しかし、何年も経った後の母の葬儀の際に、予備校や大学の費用が用意できず、親戚を廻って、工面していてくれていたことを洋太は知った。母はそんなことは勿論、予備校や大学の費用が大変だ、などとは一言も言わなかった。戦争前、高等小学校にしか行けなかった自分の悔しさを、自分の子供には絶対味あわせない、という強い思いがあったのだろう。

浪人中も洋太は、

「自分が勉強する目的は、大学に受かることではない。もっと深く広いものだ。もし、合格できなくても勉強したことは、自分の中に残る」

そう何度も自分に言い聞かせた。そのお陰で、受験勉強の苦しさは随分軽減された。とは言うもののやはり焦って、睡眠時間を削って勉強する時期はあった。実は洋太は、高校三年の十二月までは、理系で英語・数学・物理・化学が受験科目だったが、文系に突然変わり、受験科目も英語・日本史・古典を含む国語に変わっていたのだ。あまり考えずに、得意だった数学理科を活かせるようにと、理系を選んだが、将来の仕事を真剣に考えた結果、文系に変わったのだった。

その時も、洋太の母も父も洋太を叱ったり、不満めいたことを言うこともなく、洋太の決断を黙って受け入れてくれた。

「あの時、あの決断をしていなければ、そして両親がそれを許してくれなかったら、自分の人生は、本当に味気ない平凡なものになっていたかもしれない」

後に洋太は思った。そして、その場の流れに任せて理系を続けるという、無難で安易な道を選ばなかった自分自身と両親に感謝した。

 

 浪人の九月から十一月頃までは、四時間睡眠で予備校にも行かず、ひたすら日本史の勉強をする日々が続いた。しかし、十二月になってある程度目途がつくと、再び、受験を目的に勉強しないよう、自分自身に必死で言い聞かせた。結局、日本史の全ての範囲を終えることはできなかったが、そんなことは全く気にせず、落ち着いてゆったりした気分で入試に臨むことができた。一度の試験を除いては・・・

 それは、第二希望の大学の受験の時だった。洋太は、それまでのようにゆとりを持って、120分の試験に臨んでいた。試験が始まって20分くらい経過した頃だった。突然、高校入学時に買ってもらった時計が止まってしまった。会場には置き時計はなく、長時間の試験で、時間がわからないのは致命的だった。洋太は、焦って周りの受験生の机に置いてある時計をのぞき込んだ。すると、試験管が3~4人洋太の回りに集まってきた。

「終わった」

もう洋太には焦りはなく、諦めだけがあった。だが、テスト後、

「時計が止まってしまったんです。という一言が何故言えなかったんだ。そう言っていれば状況は全く違ったはずだ」 

洋太は強い後悔の念に襲われた。おそらく、洋太は一生そのことを後悔していただろう。ある出来事が起こらなければ・・・ その出来事のお陰で、この受験の時の出来事は笑い話にすることができた。

洋太は、第一希望の大学に合格したのだった。


 




その日宿泊する曽々木海岸に到着し、愛知県の二人とはそこで別れた。まだ、太陽は高いところにあり、アスファルトの道路から反射する熱で、むっとする暑さを感じたが、海から吹いてくる風は心地良かった。

ユースホステルは、バスが通る道路の面していて、バス停のすぐ傍に建ち、海岸がすぐ目の前にあった。玄関を入ると、すぐ目の前に受付のスタッフがいて、大きな声で叫んだ。

「おかえり」

 その明るい声を聞いた瞬間、一瞬自分が、小学生時代にタイムスリップしたような感覚に襲われた。建物が木造で細長く、洋太が住んでいた古い寮を思い出させたせいもあるのかもしれない。だがそれよりも、何とも言えないユースホステルの明るい雰囲気が、毎日ワクワクして過ごした、洋太の少年時代の記憶に共鳴したような感覚だった。

簡単に説明を受け、一言二言スタッフと明るい会話をした後、指示された部屋に入った。部屋には二段ベッドが二つあり、四人部屋になっていた。 先にその部屋に入っていた旅行者が、やはり元気な声でニコニコしながら言った。いかにも人の良さそうな笑顔だった。

「こんにちは」

「こんにちは、よろしくお願いします」 

洋太もそう挨拶すると、その旅行者は話し好きなようで、自己紹介からはじまって、いろいろな話をし始めた。イントネーションなどが随分、東京や神奈川と違っていたが、その話し方や表情に暖かみを感じ、抵抗なく話を聞くことができ、一人で旅してきた洋太の心は癒された。

名前は中野さんといい、茨城県の出身だということだった。その年の三月に大学を卒業して、社会人になったが、学生時代にはじめた、ユースホステルを使っての旅の楽しさが忘れられず、有給休暇を取って旅しているということだった。

しばらく話をしていると、突然、玄関の辺りにいたスタッフが大声で叫んだ。

「夕日が沈むよ!」

「急ごう」

中野さんにそう言われて、玄関の方に走っていくと、他の客も争うように、玄関に向かっていた。

すぐ目の前の海岸に着くと、すでに人のかたまりができていて、みんな西の海を見ていた。夕日が海を赤く染めて、すでに三分の一くらいは水平線の下に沈んでいた。目に見えてわかるくらいの速さで、夕日はどんどん海に沈んで行った。 夕日が全て日本海の下に隠れてしまい、辺りが暗くなってくると、ちょっともの悲しい気持ちになった。だが、ユースホステルで初めて出会った同年代の若者が大勢周りにいると、何か不思議な連帯感のようなものを感じ、寂しくはなかった。

海岸から引き上げてくると、玄関で自転車の手入れをしている人がいた。中野さんが

「自転車旅行ですか?」と尋ねた。

 話を聞くと、その人は大学を休学して、自転車で、日本を一周している途中だということだった。大学生ということは、年齢は洋太とそれほど違いがないはずだが、十歳以上は年上に見えた。夕闇が迫り、薄暗くなったユースホステルの前で、自転車の手入れをするその姿は、いつかテレビで観た映画の中のイエスキリストのように見えた。髪は伸び、顎髭をたくわえ、身体はやせ細っていた。手入れの邪魔をしてはいけないと思ったのか、中野さんは

「また、後で話し聞かせてください」と言って話を切り上げた。


 食堂では、四〇人前後の若者がテーブルの前に腰掛けていた。テーブルに並んだ夕食は決して豪華なものではなく、ホテルや旅館で出されるものとは比較にならなかった。一般的な家庭で出される夕食に近いものであったが、品数はそれなりにあったし、おかわりもできた。昼食後何も食べていなかった食べ盛りの洋太には、この上ないご馳走に思えた。

 食事がはじまると、必死で食べまくる時に発せられる食器の音と、明るい会話の声が入り乱れ、ご飯のお櫃の前には行列ができ、一杯だったそのお櫃は、あっという間に空になった。洋太は、あと二回はおかわりする予定でおかずの配分をしていたので、お櫃が空になったことがわかると、戸惑うと共に大きな失望感に襲われた。まだまだ、空腹は満たされていなかった。だが、その時

「まだ、ごはんあるからね」

というスタッフの声が厨房から聞こえ、洋太は胸をなで下ろした。

 食事が終わると、食器洗いがはじまった。一泊二食で二千円ちょっとで宿泊できるユースホステルでは、食器の片付けは客の仕事だった。しかし、食器洗いなどほとんどしたことがない洋太にとって、その作業は思いの外新鮮で楽しいものだった。洋太のような若者達が共同で行う食器洗いは、大ざっぱで決してきれいになっているとは言えなかったが、そんなことを気にする者は誰もいなかった。

食器の片付けが終わると、スタッフが言った。

「食器洗い、ありがとうございました。今晩近くの神社で、この地方で古くから受け継がれている御陣乗太鼓を見ることができます。是非見に行ってください。参加者は十分後に玄関に集合してください」

 

御陣乗太鼓の起源は天正五年(一五七七年)にまでさかのぼる。いわゆる戦国時代の末期だ。現在の珠洲市三崎町に上陸した上杉謙信勢は、各地を平定し、破竹の勢いで名舟村へ押し寄せてきた。武器らしいものがない村人達は、鍬や鎌まで持ち出して上杉勢を迎撃する準備を進めた。郷土防衛の一念に燃え立った村人達は、村の知恵者といわれる古老の指図に従い、樹の皮で仮面を作り、海藻を頭髪とし、太鼓を打ち鳴らしながら、寝静まる上杉勢に夜襲をかけた。上杉勢は思いもよらぬ陣太鼓と奇怪きわまる怪物の夜襲に驚愕し、戦わずして退散したと伝えられている。

 村人達は名舟沖にある舳倉島の奥津姫神の御神徳によるものとし、毎年奥津姫神社で、仮面をつけて太鼓を打ち鳴らしながら神輿渡御の先駆をつとめ、氏神への感謝を捧げる習わしとなり、それが現在まで受け継がれているそうだ。


洋太は、中野さん、自転車旅行をしている相澤さんといっしょに、神社に向かう一行の最後尾について歩いた。昼間の暑さはもう収まっていたが、涼しいというわけではなく、まだ若干蒸し暑さを残していた。空を見上げると、無数の星が輝いていた。川崎では、夜空を見上げても、星は数えるほどしか見つけられず、こんな夜空を見るのは、洋太には初めての経験だった。洋太は感動して言った。

「すごい数の星ですね」

「うん、そうだね」

中野さんが素っ気なく答えた。中野さんにとっても相澤さんにとっても、それは見慣れた光景で、何の感動も呼び起こさなかったようだった。

神社に到着すると、すでに舞台は整っていた。松明が灯され、舞台の上手下手は簾で隠されていて、わら紐が数メートルの高さの所を横切っていた。夜の神社とそのような舞台は、神秘的で幽玄な雰囲気を醸し出していた。中央に和太鼓が置かれ、たたき手が舞台に姿を現した。膝まで届かない、薄い粗末な白い着物を纏い、恐ろしい面を被り、乱れた長い髪のかつらをつけていた。たたき手は、大きな叫び声と共に激しく太鼓をたたき始めた。決して複雑なたたき方ではなかったが、独特な振り付けで、手足を激しく動かしながらたたく姿は、観る者を引きつけた。

 しばらくすると、やはり同じような白い着物と黄色の着物を着て、それぞれ別の面を被った二人のたたき手が加わった。二人は時々太鼓をたたきながら、太鼓の左右で激しく手足を動かし、踊るような動きをした。しかしそれは、踊りとは言えないような、観る者に恐怖心や畏怖の念を抱かせるような動きだった。上杉謙信の軍がこれを見て、恐れおののいたのもわかるような気がした。

そして、その三人のたたき手が退き、赤い着物を着て、ひょっとこのような面を被ったたたき手と、草色の着物を着たたたき手に代わり、最後には七人ものたたき手が舞台に登場して終わりを迎えた。

四百年もの間、この地域の子供達・大人・お年寄りが見てきた、この全く同じ光景を、おそらく同じ場所で、自分が見ていると思うと不思議な気持ちになった。彼らはどんな生活をし、どんな気持ちでこの激しい太鼓の音を聴き、奇怪なたたき手達の姿を見ていたのだろうか。そして、どんな思いでこの太鼓を練習し、この伝統を引き継いできたのだろうか。そんな取り留めもない思いが、洋太の心に、ほんのりふと浮かび、すぐに消えていった。


帰り道、洋太が相澤さんに尋ねた。

「自転車で日本一周していると、きっと楽しいでしょうね」

すると、中野さんにいろいろ言葉をかけられても、一言二言しか言葉を発しなかった相澤さんが、複雑な微笑みを浮かべ、ゆっくりした口調で話し始めた。小さくて低いが、よく通る声だった。

「楽しいというより、辛いと言った方がいいかもしれないな。毎日毎日、自転車で何十キロ、時には百キロ以上も走るのは、決して楽ではないし、激しい雨が降る時も風が強い日もあるしね。日本は坂が多いから、重い荷物を積んで走るのも大変だよ。それに、予定通りに目的地に着けるんだろうか、今日晩ご飯は食べられるんだろうか、夜寝るところはあるんだろうかって、毎日不安になっているよ。そして、こんな旅もう止めて、家に帰ってゆっくりしたい、と思うのもしょっちゅうだよ」

洋太が予想していた答えとは、全く違うものだった。

相澤さんは続けた。

「でもね、この旅は、明日何が起こるか、誰と出会うか、全く予想がつかないんだ。普段の生活では、明日と、一週間後、一ヶ月後も大体同じようなもので、大体予想できてしまうよね。旅の間は、一日一日が他の日とは全く違った日で、二度と経験できない時間なんだ。だから、一日一日が人生の宝物のような気がしてくる。普段、家で生活していると、今日と昨日、一週間前の今日、一ヶ月前の今日の区別がつかないことがよくあるのにね。社会人になったら、一年前の今日と十年前の今日の区別もひょっとしたらつかないかもしれない。まだ、この旅をはじめて三ヶ月だけど、普段の三年以上の人生を生きた気がするよ」

 ちょっと声を出して笑った後、少し間を置いて相澤さんは続けた。

「この旅をはじめる前に、練習も兼ねて、何度か、一週間くらいの自転車旅行をしたんだ。その旅行を終えて家に帰った時、毎日食事が用意されて、必ず寝るところもあって風呂にも入れる、そんな普段の生活が、すごく素晴らしいものに思えたよ。こんな旅をすることで、何の変哲もない平凡な日々が、逆に新鮮に感じられ、穏やかで安心できる価値のあるものに思えてくるんだ。勿論、旅行の時間とは全く違った意味でね」

 相澤さんは、星空を見上げ、明るく輝く月をしばらく見ていた。微かに吹く風が、相澤さんの長く伸びた髪を揺らした。そして、それまで以上にゆっくりとした、穏やかな口調で言った。

「ちょっと説教めいたこと言うようだけど、そうやって、平凡な一日が、ちょっとしたことで全く違ったものに見えてくるように、人の人生も、自分がそれをどう見るかで全く違ったものに見えてくると、僕は思うんだ。

 人間は、毎日同じことの繰り返しだと、何て退屈な人生なんだと思ってしまうし、ちょっと辛いことや不運なことが続くと、自分は何て不幸で恵まれていないんだ、などと思ってしまうことがあるよね。でも、世界には、明日食べるものがない、飲む水さえない、それどころか、戦時下で明日、命があるかどうかさえわからない。そんな人がごまんといるよね。そんな人から見たら、我々が退屈でつまらないと思ったり、不幸で恵まれていない、などと思う生活がどう見えるんだろうね。きっと天国のように幸せな生活に見えると思うよ。

 そして、飢餓や戦争に苦しみながらも、歯を食いしばって、明日に希望を持って、力強く生き抜いている人も、きっとたくさんいると思うんだ。そんなことを考えるようになったら、僕は、自分の人生が本当に幸せで愛おしいものに見えてきたよ」

 相澤さんの言葉は、まだ、たった三日しか旅していない洋太の心の奥に、深くしみ込んでいった。


「ではこれからミーティングをはじめます」

 御陣乗太鼓から帰ってきた後、少し時間をおいて、食堂に集まった若者達を前にして、スタッフが言った。ミーティングと言っても、ユースホステルでのミーティングは話し合いの場でなく、全員が参加して、ちょっとしたゲームを行う時間だった。小学生がやるようなたわいないゲームだったが、日本各地から集まった見知らぬ人とゲームをするのは、思いの外楽しいものだった。スタッフも進行が上手く、その人柄も良かったせいか、ゲームは大いに盛り上がった。

 そしてゲームがはじまって、十分ほど過ぎて、みんなが立って移動するゲームをしている時のことだった。洋太は、これまでに経験したことのない衝撃に襲われた。まるで食堂の中心部にスポットライトが当たって、輝いているかのような錯覚に見舞われたのだ。

その輝きの中にいたのは、一人の小柄な女の子だった。身長は155センチもないくらいで、髪は短めで、少し日に焼け、何とも言えない穏やかな表情をして微笑んでいた。その後の洋太は、ずっとその輝きに目を奪われ、ゲームで、その女の子と関わる場面が来ることだけを願った。しかし、その場面が訪れることなく、ミーティングは終わり、最後にスタッフが言った。

「ご協力ありがとうございました。これで今日のミーティングを終了します。消灯の時間は必ず守るようお願いします。明日の朝、千体地蔵に行くツアーに参加する人は、時間厳守で玄関前に集合してください。おやすみなさい」

洋太は、中野さんと、上の空で一言二言言葉を交わした後、2段ベッドの下の段に身体を横たえた。なかなか眠りにつくことはできなかった。


翌朝、洋太と中野さんは、急いで着替えて玄関から飛び出した。だが、千体地蔵見学ツアーはもう出発してしまっていた。ほんの僅か寝坊して出遅れたのだった。

「遅れちゃいましたね。どうしましょうか?」

後悔の念を抱きながら、洋太が中野さんに言うと、

「一度行ったことがあるから、多分行き方分かると思うよ。後追いかけよう」

 中野さんが答えた。すると、後ろから、小さな声が聞こえた。

「私たちも、いっしょに行っていいですか?」

 振り返ると、3人の女の子が立っていた。洋太たちと同じように出るのが遅れてしまったのだ。洋太たちの会話が聞こえていたようだった。洋太は振り返って、3人の顔をちらっと見て目を疑った。昨日の女の子が、その中にいたのだ。

 三人は、三重県出身の同じ高校の3年生だった。大学には進学しないため、学生生活の思い出に能登を旅しているということだった。最後に「~やろ」という語尾がついた話し方が、何とも穏やかな響きを伴っていて、心が癒された。

 洋太は、高校一年の時、スキー教室に参加し、宿で卓球をしていて、同じ宿に宿泊していた東北の高校生に出会った。その時、同じ日本人ではあるが、異国の人に出会ったような不思議な気持ちになり、彼らが持っていた自分たちとは全く違う何かに惹かれた。勿論、大学にも地方出身者はたくさんいたが、ほとんどが標準語を話し、都会の大学にいることもあってか、高校の友人や、首都圏出身の他の学生との違いを、意識することはなかった。だが、この三人にはスキー教室で感じたものと同じものを感じ、何か心を惹かれるものがあった。 三人は、身長は同じくらいで、一人は昨日の女の子と同じような、穏やかな雰囲気を持っていた。もう一人の女の子は、活発で明るい印象を受けた。

千体地蔵は低い山の中腹にあり、ユースホステルから歩いていける距離にあった。昨夜の蒸し暑さはもうすっかり消えさり、早朝の空気は心地良かった。洋太が聞いたことのない鳥のさえずりが、あちこちで聞かれ、空は晴れ渡っていた。千体地蔵に続く山道を登っていくと、海が遠くまで見渡せ、海岸線が美しかった。有名な窓岩も遠くに見ることができた。しかし、そんな美しい景色もぼんやりとしか洋太の目には写っておらず、全く印象には残っていなかった。洋太の頭の中は、少し後ろを歩いている、あの女の子のことでいっぱいだった。    

そして、洋太にとってはあっという間に、千体地蔵に到着してしまった。先に出発した一行が、千体地蔵の前で、スタッフの説明に耳を傾けていた。人が千もの地蔵を作ったわけではなく、千体地蔵は、流紋岩の柱状節理が風化して、お地蔵様が何体も並んでいるように見える自然の造形物だった。流紋岩の間に粘質層が挟まれ、帽子や涎掛け、台座のように見えたのだ。そのような説明も、洋太は上の空で聞いていた。

説明が終わり、一行は移動しはじめた。到着した順番に後ろから歩き始めたので、洋太は、ほぼ先頭の辺りを、今度は、女の子の後ろになって歩いて下った。洋太の胸は高鳴っていたが、それをまわりに気づかれないように、できるだけ冷静に、自分の出身地や大学の話など、ありきたりな話をした。 勿論、同じ年頃の多くの男子と同じように、洋太は、これまでも女の子を好きになることはあったし、付き合った女の子も何人かはいた。しかし、その時洋太をおそった感情は、それまでとは全く違ったものであった。

ユースホステルが近づいてくると、洋太の胸の高鳴りは、もう女の子といっしょにいる、この時間が終わってしまう、という失望感に取って代わられていた。このユースホステルを離れれば、もう二度とこの女の子に会うことはないことはわかっていた。洋太にできることは、この時間を作ってくれたお地蔵様に感謝することだけだった。


定期観光バスの発車時刻よりかなり前に、洋太はユースホステルの玄関前に来ていた。どうしても、もう一目あの女の子の顔を見ておきたかったのだ。そして、五分もすると三人が玄関にやって来た。

「あっ、今出発ですか?さっきはありがとうございました」

あの女の子が洋太に気づいて言った。

「うん」そう言って洋太はちらっとだけ、女の子の顔を見た。

 そして、ユースホステルを出て、女の子たちの後ろをバス停に向かって歩き出した。洋太の心臓の鼓動は高鳴り、ひとつの考えが繰り返し洋太の心に浮かんだ。

「群馬の高校生に住所を訊かれたし、あの愛知の女の子たちとも中野さんとも住所を交換した。自分が住所を尋ねても、別に特別なことではない。ここで住所を訊かなければ、もう二度とこの女の子に会うことはできない」

 自分自身に、そう語りかけ励ましたが、喉まで出かかったその言葉は、なかなか出てきてはくれなかった。

「じゃあ、気をつけて」女の子が言った。

もう、彼女たちが乗るローカルバスが、近づいてくるのが見えていた。

「ありがとう、気をつけて」

洋太は、それしか言うことができなかった。


定期観光バスは、その日もそれほど多くの乗客を乗せておらず、ゆったり座ることができた。窓の外には、前の日と同じように、雲ひとつない青空と青い大海原が広がっていた。美しい海岸線の岩に波が打ちつけ、白い水しぶきが上がっていた。前の日と違っていたのは、洋太の心だけだった。たった一日だけの曽々木海岸のユースホステルでの時間が、あまりにも多く大きな宝物を洋太の心に残してくれた。心の奥にしみ込んでいた相澤さんの言葉が、全身で脈打った。しかし、バスの中の洋太は、その素晴らしい思い出に、感慨深く浸るような気分では、全くなかった。

「なぜ、住所を交換しよう。そのたった一言が言えなかったのか」

 何百回もそのことばかりを考え、後悔の念に苛まれた。その一言を言えなかったことが、人生で最高の幸せな思い出を、人生で一番辛く苦い思い出に変えてしまっていた。

洋太の一人旅は、終わりに近づいていた。

「もう、考えても仕方のないことを、いつまでもくよくよ考えるのはやめよう。せっかくの旅行が台無しだ」

洋太はそう自分に言い聞かせた。しかし、そう考えれば考えるほど、深い後悔が、より深く大きくなって、洋太に襲いかかってきた。

 

 洋太はその晩、もう一泊金沢に宿泊した。旅行最後の晩だった。しかし、曽々木で定期観光バスにのった後、どんな景色を見て、何を見学し、誰と出会い、何を話したのか。そして、金沢でどんな所に泊まり、どう過ごしたのか、ほとんど洋太の記憶には残らなかった。

 

 翌日の朝、昨日の後悔を引きずったまま洋太は目覚めた。そして、午前中、いくつか金沢の観光地を訪れた後、上野行きの列車に乗るため、金沢駅に向かっていた。地下道に通じる階段を降り、地下道を歩いていた時だった。見覚えのある人影が、視界に突然飛び込んで来た。

「あっ、水沢さん」

 洋太は、驚きのあまり言葉が出なかった。しかし、すぐにその驚きと喜びを隠して、冷静に言った。

「ああ、偶然だね」

 三重県の三人だった。

「これから、どこか観て回るの?」

「兼六園と忍者寺に行こうと思っているんです」

三人の中で、一番活発な子が言った。

「俺も行ったよ。兼六園良かったし、忍者寺も面白いかったよ」

 少し間を置いて、あの女の子が恥ずかしそうに言った。

「私たち、コインロッカーに荷物入れる時、地図を出し忘れてしまったんです。それで、

行き方がわからなくて、困ってるんです」

 洋太は、声を立てて笑いながら、三人を見回した。すると、女の子は続けた。

「私たち、三人とも少し抜けてるんです」

そう言って、三人とも照れくさそうに微笑んだ。

「もう、俺、これから帰るだけだから、俺の地図あげるよ」

「それは悪いです、これからも使うことあるかもしれないし」

あの女の子が言い、他の二人も肯いた。

「大丈夫だよ。遠慮しないで使っていいよ」

「では、旅行終わって家に帰ったら、送り返します」

その言葉は、洋太を丸一日支配していた、深く重い後悔を一気に吹き飛ばした。

「いいよ、あげるよ」

洋太は、心にも無いことを言った。だが、言ってしまったことをすぐ後悔した。そして、女の子の次の言葉を不安な気持ちで待った。

「いいえ、必ず送り返します」

珍しく、その女の子は、強い口調できっぱりと言った。洋太は、その力強さがこの上なく嬉しかった。四人は、住所を交換し、別れた。洋太の心の中は、吹き飛んでしまった後悔の代わりに、熱く迸るものが溢れかえっていた。

 

 遠く離れた能登半島の地で、神奈川から来た自分が、これまで経験したことのないような気持ちを抱かせる三重県の女の子と出会った。そして、千体地蔵ツアーにお互い遅刻したために話す機会ができ、更に曽々木海岸から離れた金沢で再会した。その上、彼女たちが、ロッカーに地図を忘れるという偶然の出来事があったために、お互い住所交換をすることになった。こんな、テレビのドラマや小説の世界にもないような、奇跡的な偶然が重なった。

だが、そんな偶然を、奇跡的だと驚くスペースが、その時の洋太の心の中には残されていなかった。再会して住所を交換でき、いつかまた会えるかもしれない。少なくとも、地図を送り返してもらう時に、手紙のやり取りができる。ただその喜びだけが、洋太の心を、全く隙間がないほど満たしていた。




洋太は上野に向かう列車の中にいた。北陸に向かう夜行に乗っていた時とは、全く違う感覚が洋太を満たしていた。次第に太陽の高さが低くなり、様々な色の緑で覆われていた車窓が、段々と濃い緑そして黒へと色を変えていった。夕日が、高い山の頂とその上にかかる雲を赤く染めはじめた。

夕焼けを見て、いつか、まっかちゃんの家から帰る日に見た夕空を思い出した。そして、それと同時に、明るく熱いものが、洋太の胸に湧き上がってきて、ほとばしりはじめた。それは、小学校時代洋太の胸をいつもいっぱいにし、中学に入学すると同時に消え去ってしまっていたものだった。

 洋太の心に、何故か、普段ろくに口もきかない父と母の顔が浮かんだ。自分は、本当に自由に伸び伸びと幸せに、少年時代そしていわゆる青春を過ごしている。だがその年頃の両親は、暗い戦前戦時の日本で、辛く苦しいだけの日々を生き抜いてきたのだろう。楽しいこと嬉しいことがどれくらいあったのだろうか。自分はこうして北陸を旅しているが、両親は京都にさえ行ったことはない。たった二~三十年の違いで、こうまで人の人生は変わってしまうものなのかと、運命というものの不思議さと残酷さに思いを巡らした。

 そして、そんな苦労ばかりの人生を送ってきたのに、家族のために三日も徹夜をして働く父や、自分は一切贅沢をせず、大学に進学させてくれた母に、深い感謝の気持ちが湧き上がってきた。そんなひとかけらも頭に浮かんだことのない思いが、何故湧き上がってきたのか、洋太にもわからなかった。

 旅行が終わってしまう寂しさと、家で両親と過ごす、何の変哲もない、いつも通りの平穏な日々を待ちわびる思いが、洋太の心に同居し始めていた。いつも寝ている布団で寝て、母親の作るご飯を食べたいと思った。  




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