第九話
【side:ギルバート】
王城にある俺の居住区画でアンジェラに会いたいとぼんやりしていた。
あの時、言うだけ言って返事をもらわなかったのでなんとなく見舞いに行きづらかった。
「こんにちは、ギルバート様」
「お前……。よく平気だな、お前を傷つけた人間だぞ俺は」
「アンジェラさまがよく仰っていたんです、怒りや恨みなんて持っても疲れるだけだって。許せる範囲なら許してしまったほうが楽だと。誠心誠意、謝っていただけましたし、頬の火傷も綺麗に治していただきましたからギルバート様を避ける理由はどこにもありません」
俺の目の前に現れたのはアンジェラが大事にしていた友人だ。
名をグロリアと言い、アンジェラより黄色に近い金の髪を持ち、瞳は新緑を思わせるグリーンなので、アンジェラと並ぶと天使の姉妹のようだとあの馬鹿王子は言っていた。
「なんの用だ」
「王子からご伝言を預かりましたので」
「あいつ自ら来ないのは俺を殺しそうだからか?」
「あなたのしでかしたことをもみ消し中でお忙しいそうです」
「チッ……」
「”嫌いな僕に助けられるのが一番効くだろうから、グロリアを傷つけたことはそれを罰にしてあげる”とのことでした」
「お優しいことで。それで?それだけじゃないんだろう」
「”僕の大切な友人であるアンジェラを傷つけた事に関しては、一生王家の一員として国に尽くすことで許してあげる”だそうです」
「……冗談だろ?」
「いえ、王子は本気でした。あの方、アンジェラさまを本気で天使かなにかだと思ってる節があるので……」
遠い目をした女の様子から察するに、あの馬鹿はアンジェラへ恋情や友情ではなく崇拝の域に達している感情を向けているのだろう。
アンジェラは普通ではないが、それを受け入れられる度量がある人間からは俺も含め異常に好かれる。
だから”天使”だ”聖女”だという噂が広まっているのだ。
「伝言はそれだけか?」
「はい」
「”仰せのままに、親愛なる王太子殿下”とでも伝えておけ」
「よろしいのですか?」
「いいも何も、あいつが欲しいのは俺じゃないだろ」
未だ俺と婚約状態にあるアンジェラを囲い込むなら、俺を王家として繋ぎ止めていたほうが手っ取り早い。
自分の相談役にするもよし、この女の相談役にするもよし、俺に負い目がある以上それを咎めることはできない。
「あ、アンジェラさまからもおひとつありました」
「あ?それを先に言え」
「甘いものから苦いものより、苦いものから甘いものの方がよくありませんか?」
「……お前やっぱりあの馬鹿の恋人で、アンジェラの友達だな」
まぁ、平民出身でおどおどしていた女をここまで図太くしたアンジェラとあの馬鹿をさすがの手腕だと褒めるところかもしれないが。
「”いつでもいいので会ってお話がしたい”とのことです。アンジェラさまが目覚めて以降お会いになってないのでしょう?寂しがっていましたよ」
「あいつが?」
「はい。それはもう可哀想なぐらい」
「それを先に言え!」
駆け出す俺の背中に「いってらっしゃいませー」と呑気に声をかけるあの女は、あの馬鹿と結婚しても図太く王家でやっていける。
そもそもあれだけの治癒の能力を持ちながらそれを隠していたのだから、実際は強かな女なのだろう。
アンジェラが命を繋ぎ止められたのは、その大半があの女の治癒能力のおかげだ。
死にかけた人間を治癒するには女の魔力が足らなかったが、俺の魔力を己の物にしてなんとか命を助けることができた。
他人の魔力を100%無駄なく使うなんて芸当、俺が分け与えられるよう調整していたとしても常人の域を逸脱している。
だからこそ本人は隠しており、あの馬鹿は王家で保護するという名目で婚約を押し通そうとしている。
まだ障害はあるが、あの馬鹿はこれを機に俺を後ろ盾に使うつもりだろう。
結局の所あいつは俺より馬鹿ではあるが、優秀な部類に入るのだ。
「アン!」
「殿下、そんなに慌ててどうしましたか?」
「ちんくしゃに会いたいと伝言をもらった」
「え…?あ〜……」
瞬間、アンジェラの頬が赤く染まる。
そんな表情を見たことがなくその場に固まってしまうが、赤い頬を隠すように持っていた本で目から下を隠した彼女に座るよう促され我に返る。
「あ、あぁ」
「えっと、わざわざお越しいただきありがとうございました」
「いや…」
「その、ですね。お伝えしたいことがございまして……」
「なんだ?」
比較的物事をはっきり言うタイプのアンジェラが言い淀むのが珍しく、まじまじと見てしまう。
「そんなに見つめられると言いづらいと言いますか、なんというか……」
「早くしろ」
「今からでは私と、愛し愛される関係を作っていくのは遅い、でしょうか」
「は…?」
「ずっとお越しにならなかったので、新たな幸せを見つけてしまったのならば私の言葉はなかったことに…」
「待て、ちょっと待て。これは夢か?あの馬鹿の復讐か?」
「……えい」
「痛ぇっ!」
思いっきり手の甲をつねられ、アンジェラを見ればおかしそうに笑っている。
「お前な!」
「私の精一杯の告白を夢か?といった仕返しです」
「俺はお前を抱きしめてもいいのか?」
「はい、もちろん」
本を閉じ、腕を広げたアンジェラを強く抱きしめる。
「あぁ、アン。本当にアンなんだな?」
「おかしな人ですね、私以外に誰がいると?」
「お前は俺を許してくれるのか」
「関係の無いグロリアを巻き込んで傷つけた事は今後次第です。けれど私と殿下との間にあった傷つけ合いは許すも何もありません。私もあなたの心を深く傷つけた、私の方こそ許してくださるのですか?」
「当たり前だろう?俺はアンにならどれだけ傷つけられてもいい」
「そんな事を言ってはいけません。傷ついた事や悲しかった事は言ってください。殿下はそういう感情を押し込めてドロドロに煮詰めて爆発させてしまうようですから」
「あぁ、分かった。アン、俺の愛するアンジェラ……」
唇にキスをしたかったが、それだけで止められる気がしなかったので額にキスを落とす。
「早く体力を戻してくれ。正直いつまで我慢できるか分からない」
「私が学生のうちは手を出さないものかと思っていました」
「気持ちが通じ合った以上、そんなもん待ってられるか。どうしても卒業後というなら退学しろ」
「それもありかもしれませんね。正直、人が多い環境は疲れてふっとした瞬間死にたくなるので」
「よし、今から退学手続きをしてくる」
「休学手続きでお願いいたします」
「退学するなら早いほうがいいだろう?」
「そうではなく。休学中に色々と決めねばならないことを決めて退学をしたいな、と」
「……結婚、してくれるのか?」
「あなたが言う”愛し愛される関係”が結婚しなくとも実現できるものであればしませんが」
「するに決まってるだろう!?俺が王城に囲い込んで一生出られないぐらいの覚悟はしとけ」
「仰せのままに、私のギルバート様」
瞬間、俺の頭の中でアンジェラを自分のものにするまでの全ての工程が組み上がった。
それを実行に移すべく、部屋から出ようとした時「たまには顔を見せてくださいね」と言われたので、「毎日通う」と返し、緩む顔を抑えつつ急いで帰路についた。