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第八話

目覚めた私は一瞬自分が何者か分からなかった。

ぼんやりとした意識を引き戻したのは、力強く私を呼ぶ声だった。


「アンジェラ……!」

「ギルバート殿下……」


私は”アンジェラ”だ。

前世の記憶を抱えて成長してしまったアンジェラである。

だが私はこのエンディングを知らない。

それに少しだけ安堵したけれど、私が死ぬ事で完成するはずだった計画が中途半端になってしまった。


「助けて頂いた事にはお礼を。けれど私は殿下を裏切った。いかようにでもご処分を」


体を起こしても不思議なほど痛みのない体に内心首をかしげたが、己の事よりも今目の前にいる彼が優先だ。

手酷く傷つけた自覚はこれでもある。


「どこまで知っていた?」

「なんのお話ですか?」

「俺の”計画”だ」

「それを話す前に私のお話をしてもよろしいですか?」

「ああ、聞こう」


胸につかえていた自分の前世のこと。

それを話さなければ今回の事は話せない。


そして私は全て話した。

前世の記憶を持っていること、死ぬために生きてきた事、ギルバートを利用していたこと。そして殺されるのも想定内だったこと。

乙女ゲームの説明までは面倒だったのでこの世界の事はゲームの中ではなく、物語の中ということにしておいた。


「今更そんな事か」

「今更と言われると一大決心をして告げた私の立場がないのですが……」

「お前が時々”ここ”を見ていない事には気がついていた。俺と婚約してからは頻度が減っていたようだが、俺がお前を捕らえた時には完全に別世界を見ていた。だから腹立たしかった」

「そう、ですか……」

「それが計画を知っていた理由でもあるんだな」

「はい。私はどうしてもあなたを不幸にしたくなかった。全て私のせいにしてあなたの計画を狂わせたかった。死人に口なしですからね」

「どうしてそこまでした?」

「どうして、でしょうね。最初は本当に死にたかっただけなんです。生きていることが辛くて、普通に振る舞えない自分が情けなくて。けれど、グロリアやあなたは私がおかしくても側にいてくれた。そんな優しい二人にできることを考えたらあれしか思い浮かばなかったんです」

「今でも死にたいか」


その問いに私は答えられなかった。

私はあの時のためだけに生きてきた。

それから先の人生なんてあると思っていなかったし、どう生きていこうかなんて考えてもなかった。


「即答できないならもう少し生きてみないか」

「そうですね。今はまだ死ぬときでは無いのでしょう。グロリアとあなたが救ってくださった命をそう簡単に捨てることはできません」

「そうしてくれると助かる。今度は俺の話をしてもいいか?」

「はい」


彼は話し始める前に私に横になるように言ってくれた。

なんでも私は1ヶ月近く眠りっぱなしだったようで、座っているだけでも疲れるだろうと配慮してくれた。


「お前を守ると言いながら、一番傷つけたのは俺だ。お前の側にいる資格はないと思うし、こんな話聞きたくもないと思っているかもしれない。それでも話をさせてくれ」


彼は私の体に傷つけたが、私は彼の心を傷つけた。

だからそんな風に彼自身を責めないで欲しくてその手を握る。

私の手を握り返した彼は泣きそうだった。


「俺は王になりたかった。王になれば孤独でなくなると信じていたからな。あとは年の近いあいつが皆に愛されるのが憎くてたまらなかったから、全てを奪ってやりたかった。そして温めていた計画を実行に移そうとした直前、お前があいつと結託して俺を殺そうとしているという話が耳に入った。信じられなかった。お前は話さないことはあっても俺を嫌ってはいなかったから。まさに青天の霹靂だったよ。だから冷静さを失って、すぐに動いた」


私と握り合っている彼の手にぐっと力がこもる。

痛いぐらいのそれは彼の悲しみや後悔の現れだろう。



「普通に口を割らないことは最初から分かっていた。お前は強情だし、冷静さを失っていても俺はお前を傷つける事なんてできないからな。だからあの友人を利用しようとした。初めてお前が怒りを顕にしたときは心底驚いた。自分のことでは到底怒らないお前が友人を傷つけられて怒るんだ。それだけ大事にしていたんだろう?二度と心を許してくれないだろうとは思ったが、止められなかった」


彼はそこで言葉を切って、「すまなかった」と頭を下げた。

その姿があまりにも見ていられなくて思い出したくない光景ならば思い出さなくてもいい、それ以上はもう話さなくていいと告げた。



「正直、あのときの事はよく覚えてないんだ。ただ、お前を失ったらという恐怖がずっとあった。そしてこの1ヶ月考えた。俺は何が欲しかったのかと」

「答えは出ましたか?」

「ああ。何もする気になれなくてずっとここにいたからな。俺は愛されたかった。それが地位を欲した理由だった。ガキみたいな理由で愕然としたよ。けれど地位などもういらない。俺の望みはお前と愛し愛される関係になりたい。それだけを望む」



疲れただろうからと話すだけ話して彼は去っていた。

そして私は泣いた。

彼の想いがあまりにも愛しくて、そんな人を傷つけた自分が情けなくて、泣いて泣いて目が腫れるまで泣いてそのまま疲れて眠りに落ちるまで泣いていた。

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