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第六話

退院後、こんなにも疲れるのは徳が足りないのだと思い至った私は今まで以上に掃除をした。

雑念を払うため、ただひたすら綺麗にする。

トイレ掃除に手を出そうとしたら教師に叱られたので、部屋のトイレをピカピカに磨き上げた。

ルームメイトでもあるグロリアは心配そうな顔をしていたが、気にせずに今度は風呂場の掃除だと意気込んだ。


「……殿下」

「ちんくしゃが馬鹿王子に相談、結果俺の耳に入ることになった。何か言うことは?」

「雑念を払いたかっただけです」


私のいつも以上に異常な行動にグロリアが恋人である王子に相談したらしい。

そこからギルバート殿下の耳にも入り、登校したところを彼の部屋に強制連行された。

朝も早くから私を待ち伏せるなんてご苦労な事だ。


「雑念、ね……」

「私は”アンジェラ”ですか?」

「外見はどうあれお前は俺が愛したアンジェラだ」

「あなたが愛したというアンジェラは本当にアンジェラだったのでしょうか……」


あれは果たして自分だったと言えるのか。

自分が何なのかわからなくなりこの迷いを捨てたくて掃除をしていたのに…。

まだ私の徳は足りない。

けれどこれ以上どうすればいいのか分からない。

このままだとよりよく死ぬことができない。

前世の記憶を引き継ぐかどうかは別としてまた生まれ変わってしまう。

生きることは私にとって辛いことなのに、それを誰に言っても理解することは難しい。


「何がそんなに辛い」

「私、辛いなんて言いましたか?」

「表情を見れば分かる」


頬に伸ばされた手を避けるように一歩下がればため息をつかれた。

それはそうだろう、心配しているからこそ慰めようと伸びた手を拒絶されたのだ、なぜ甘えないと呆れもする。


「急に触れようとして悪かった。触れてもいいか?」

「どうして責めないのですか」

「なぜ責める必要がある?」

「あなたの気持ちを無碍にいたしました」

「それが分かっているってことは、己のその行為にも傷ついてるんだろう。お前は優しいから」

「優しくなどありません。全ては己のために行ったことです」

「それでもお前は優しいよ、アン」

「その呼び方はおやめください、殿下」

「”アンジェラ”は嫌なんだろう?」


その言葉は私にとって衝撃的だった。

なぜそれをこの人が分かるのか。

そこまで表情に出ていたのか?

内心慌てていると、彼はやっぱりかと言った。


「カマをかけただけだ」

「それにまんまと引っかかったわけですか、私は」

「そうなるな。でも一つお前の事を知ることができた」

「ひどい人」

「なんとでも。お前を手に入れるならどんな手でも使うさ」


今度こそ伸びてきた手を受け入れれば彼は満足そうに笑い、頬を撫でる。


「アン」

「なんですか」

「俺のアン」

「あなたのものではありません」

「もうすぐそうなる。正式な婚約は明日、だろう?」

「待つと言ったのはどこのどなたでしょうね?」

「待つさ。外堀を埋めてしまえばあとはゆっくりと口説き落とすだけだ。こうして触れることは許してくれるのだから」


どうしてこんな私を好きになるのだろう。

隠し事をしている女など見限ってしまえばいい。

そう思うのに彼が愛おしそうに私を見つめるから、今日もそれを伝える事ができなかった。




私とギルバート殿下はそうして婚約し、以前よりも距離が近づいた。

けれど決して私に不用意に触れようとしてこなかったし、手をつなぐことはもちろん、キスもしてこない。

嫌々ながら彼の婚約者として出席した卒業パーティーでも標準的なエスコートは受けたし、ダンスも踊ったが、やっぱりそれだけだった。

物足りないと思っているわけではないし、むしろ安堵しているがなんだか申し訳なくなってくる。


そして彼が学園から去る日、見送りに行けば真剣な顔で見つめられどうかしたのだろうかと首を傾げた。


「いいか、アン。決して俺以外に心を許すな」

「殿下は私があなたに心を許していると思うのですね」

「ああ。お前が思い悩むのは大抵俺かあのちんくしゃのことだ。思い悩む理由にならない人間は興味がないか相手にしていないだろう?」


言われてみればそうだ。

興味がないというか、どうでもいいというか、悩む時間がもったいないというか……。

グロリアの事でもここまで思い悩むことはない。


「俺が卒業して物理的な距離が離れるのは不安なんだ、これでも」

「不安、と言われましても……」

「不安じゃないのか、お前は」

「これでも私、殿下のお心は信じていますから」

「……アンジェラ、それは殺し文句だ」

「釘刺しには十分な言葉でしょう?」


私を抱き寄せた彼はたった一言「寂しい」と呟いた。

この人が寂しいなんて言うのは初めてだなぁ、と無意識にその背中に手を回していた。


「お体にお気をつけて」

「ああ、お前もな。危害を加えるものはいないと思うが警戒はしておけ」

「はい」


この腕が離れれば、私と彼の関係のリミットが近づく。

離れたくない、そう思ってしまう己を押し込めて体を離す。


「アンジェラ、これからどんなことがあっても俺はお前を手放さない。それだけは覚えておけ」



ああ、そんなこと言わないでほしかった。

私達の未来が悲劇になると決定してしまうではないか。

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