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第四話

【side:ギルバート】


”グロリア”

”アンジェラ”


この学園でその名を知らないものはいない。

いい意味でなく悪い意味でだが。

片方が平民出身の女、片方は頭のイカれた女という事で有名だ。

特にアンジェラは学園内の掃除を行っている事で悪目立ちをしている。


そのアンジェラと遭遇したのは、女に水をぶち撒けられた時だった。

風邪をひくと言って役に立たないと分かっていながらハンカチを渡す行動に、媚びているのか?と思えばそうではない。

女が俺に向ける視線をこいつは寄越してこなかった。

色香を武器に媚びるでもなく、この醜態を脅しに利用するわけでもない、取り入るという考えが無いようだった。

短い時間ではあるが話して分かった事がある。

この女も孤独を抱えている。

しかも俺と同じように”異質”ということで人々に排除されてきた事が根本となっているものだ。

それからどんな女を侍らせても、紛れていた孤独が紛れなくなっていた。


そんな時、使用人に命じていたあの女への礼の品が届いたので自ら渡しにいく。

他の女なら俺からの礼ということで泣いて喜ぶ品のはずだが、受け取れないと拒絶された。

それを強引に押し付けたまではいいが、あのときのハンカチはどうしたのだと聞かれたので答えに窮した。

あれを返そうと思えなかったのだ。

あれを返してしまえばこの女とのつながりは何もなくなる。

それを嫌だと思ってしまった。

そう思う己の心が不可解でそれを探るべく、女がよくいるという図書室へと足を運んだ。


声をかければにこやかに、とまではいかないが挨拶が返ってくる。

だが、それきり黙々と課題を行い俺に興味を示さない。

それが癪で見つめていれば遠回しに「邪魔だからどこかにいけ」と言われた。

そんなつもりは毛頭なかったので机の上にあった本を手に取り読むふりをする。

早くこちらに視線を向けろ、と願っても女の視線は課題にしかない。

いい加減じれてきて、ペンが止まったその時俺から声をかけた。

「その式で解こうとするからだめなんだ」と。

いやいや、俺はそれが言いたかったわけではない。

だが、ぱっと明るい表情になった女に気分がよくなり、問題の解説をしてやれば驚くほど飲み込みがよかった。

問題が解けたことがよほど嬉しかったのか、笑顔で礼を言われた。


なるほど、”天使”と呼ばれるわけだ。

邪な思いがない心の底からの愛くるしい笑顔は、こいつの実家のある街では評判だったのだろう。

おかしな知識があるとはいえ、この笑顔を向けられてしまえば”己と違う者”という恐怖は薄れ、”信仰”あるいは”神秘”となる。

あの時女が言っていたのはこういう事なのだ。

物事は視点一つでよくも悪くもなる、と。


この女をもっと知りたい。


そう思ってしまった俺はまた笑顔を向けてくれるだろうかと期待しながら、勉強を教えるようになった。

この俺が口説き文句の一つも吐けず、問題の解説を口にしているなだなんて前代未聞なのだが、女にとってはどうでもいいらしい。


「ギルバート殿下」

「どうした」

「あの棚の本を取って欲しいのですが……」

「王族である俺をそんな用事で使うのか?」

「はい。いけませんか?」


俺はアンジェラのこういった所を気に入っていた。

使えるものは使う。

それがどんな地位にある者でも、だ。


「ったく。どの本をご所望で?我が姫君」

「その青い背表紙の”拷問の歴史”です。我が君」

「……」

「冗談ですよ。魔法全集をお願いします」

「こんなもん必要あるのか?」

「私は人を守るためにしか魔法を使えませんが、どのような魔法があるかを勉強するのは好きですから。それにこの本は”殿下”が以前魔法が体系的にまとまっていてわかりやすいと仰っていたものなので興味があったのです」

「……どっちの”殿下”の事を言っている?」


俺を呼ぶ時の殿下というニュアンスと僅かではあるが違っていた。

そこに気がついてしまった俺は自身を取り繕うことなく問い詰めた。

こいつは知っているはずなのだ、俺があの馬鹿王子を心底嫌っていることを。


「失礼いたしました。本を取っていただきありがとうございます、ギルバート殿下」

「俺の機嫌一つとる言葉も言えないのか」

「言って収まるものなのですか、それは」

「収まらねぇな」

「無駄なことはしない主義なんです」


つかつかと陣取っている図書室の隅のテーブルへ戻っていくアンジェラ。

こいつは俺を特別視しない。

それは誰に対しても同じで自分自身と対等の立場として接する。

さすがに俺やあの馬鹿王子に対してはある程度身分差を考慮しているらしいが、あくまでも考慮だ。

過剰に機嫌を取ることはしない。

それを分かっていながら口に出したのは、単なる嫉妬心からだ。


「……怖がらせたか」

「もう慣れました。ギルバート殿下は気に入らないことがあるとすぐ周りを威圧しますから」

「悪かった…」

「あなたの素直に謝ることができる部分はとても好ましいと思いますよ」


これではまるでガキだ。

彼女に諭され、己の愚かさを痛感する。

そしていかに俺が周囲に適当に相手をされていたのか。


アンジェラだけが俺を見てくれる。

俺をただのギルバートとして見て、接している。

それが心地よく、離れることができない。

気張らなくていい安全地帯。

それは俺が人生で初めて手に入れた、孤独を感じない場所。


アンジェラのことを知りたくて近づいたが、離れられなくなってしまった。

笑顔が愛らしい、俺に対する物言いも素直に受け止められる、なによりアンジェラを守りたいと思う。

それらはもう己の感情が分からないなど言える代物じゃないほどに膨らんでおり、認めざる得なかった。


俺はアンジェラを心の底から愛している。

けれどこの心はそんな優しいモノ以外の激しい感情が渦巻いている。


”アンジェラの全てを俺のものに”


この時の俺は、自分が幸せになるにはそれしかないと思い込んでいた。

アンジェラの気持ちなど一切考えずに……。

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