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第三話

ギルバート殿下との遭遇から数ヶ月。

ヒロインのルートが王子様ルートへ分岐したようだった。

そうすると私の命はあと1年もない。

ギルバートは学園を卒業した後に王子を抹殺する綿密な計画を立てる。


実行は来年の冬。

1日中太陽が登らない日に事件は起こる。

別にそれを止めようとは思わない。

きっちり徳を積めているかは疑問だが、死ぬ事には変わらないのだから。


「よう」

「こんにちは、ギルバート殿下」


あの日からちょうど1週間後、彼は私の前に現れた。

新しいハンカチ数枚を持って。

絹でできたそれに触れるのも恐れ多く、受け取れないと言ったが強引に押し付けられた。

私が差し出したハンカチの行方を聞いたら怖い顔をされたので、それ以降その話題を口に出すことはできなかった。


それからなぜか彼は頻繁に私の前に現れる。

確率が高いのは放課後の図書室だ。

いつも私がいるのを知っているからからほとんど毎日のようにやってくる。

最初は私を眺めているだけだったが、課題に躓くと助け舟を出してくれた。

だが、正直見られていると緊張して課題が進まないので「あっちいけ!」を丁寧な言葉に直して伝えたら、私の側で本を読むようになった。

そこが彼の妥協点らしいので文句は言わない。

そもそも王族に文句を言う方が間違っているのだろうけど。


「殿下、よろしいですか」

「どうした?」

「この解釈がいまいち分からなくて…」


私の質問に丁寧に答えてくれるこの人は基本的に優しい人なのだと思う。

傷ついてきたからこそ他者に優しくできるのか、あるいは私になにか思うところがあるのか……。

何れにせよわからないところをすぐ聞ける人が近くにいるというのはいい環境だ。

勉強は嫌いではないし、成績が良ければ教師たちに私の行動を咎められないから。


「そういえば、あのちんくしゃ女」

「ちんくしゃ……?」

「お前のルームメイトだよ」

「あの子捕まえてよく、ちんくしゃなんて言えますね。とても可愛いじゃないですか」

「あれに色々叩き込んだのはお前か?」

「淑女としての所作を教えてほしいと言われましたので」


王子様に片思いし(結局は両思いなんだけど)、自分の所作が王子の隣に立つのに恥ずかしいから、色々と教えて欲しいと頼まれたのだ。

フラグ建築のために私、とても頑張りました。

どこに出しても恥ずかしくない貴族のご令嬢に育て上げました。

その努力がみのり、王子と無事に両思いになってお付き合いを始めたらしい。

最近、とてもかわいくて、やっぱり恋する女の子は可愛いなと思ったのだ。


「チッ、余計な事を……」

「殿下もグロリアのことがお好きだった、とか?」

「あんなちんくしゃ趣味じゃない。馬鹿王子の後ろ盾が完璧になったっつーだけだ」

「あぁ、なるほど」


ヒロインことグロリアは平民出身だが、貴族の養子になっている。

その貴族というのが結構地位の高い貴族で、王家との繋がりも十分にある。

王子は後ろ盾が無くても次期国王としてはほぼ決まりだが、ギルバート殿下にもまだチャンスはあった。

だが、王家とのつながりある家の令嬢と良い仲になり、結婚なんてなったらそのチャンスは潰えるのだ。

代々国王の直系男子が王になる決まりだから、王子に男の子が生まれればギルバート殿下の王位継承権は消失する。


「”王”なんてなるものではないと思いますけれど」

「なぜ」

「ずっと孤独を抱えて生きていけるほど人は強くない」


バッドエンドを知っているからこその言葉だ。

ヒロインを殺し、王子を殺したギルバートは王をも殺し王座につく。

だが結局は人心を掌握仕切れず、軍のクーデターにより王家ともども滅ぼされる。

悲痛な叫びと共に暗転するエンディングの後味の悪さったらなかった。

どこにいても孤独な人だった彼を前世の私は強く救いたいと思っていた。


「”王”になれば大勢に囲まれて過ごすだろう」

「大勢に囲まれて過ごすことと、孤独でないことはイコールではありませんよ。地位が高くなればなるほどその心内を話す人間がいなくなり、孤独に苛まれる」

「お前は大抵頭がおかしいが、今日のはいつも以上におかしいぞ」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒め言葉に聞こえたならおめでたい頭だな」

「殿下の言葉が悪意だけでできていれば反応しませんよ」



妬み僻み嫉み。

そういった言葉はギルバート殿下と親しくなってから嫌というほど聞いてきた。

彼が私に構うから他の女性との時間が極端に減ったのだ。

今までは来る者拒まずだったのに、拒むようになった。

その矛先が私に向いている。

真正面から受け止めていたらきりがないので何も反応しないようにしている。

私はあくまでも”ヒロイン友人”であり、ヒロインではない。

こんな嫌がらせを受けるほどの人物ではないし面倒なことこの上ないのだが、グロリアを守れていると思えば少しは耐えられる。

まぁ、あくまでも少しだけ、だけど。



日課である庭掃除をしていたら、バシャンと水の塊が降ってきてびしょ濡れになった。

これが夏ならばまだよかったが、今は真冬だ。

一気に体温を奪われ、震える。

寮から距離があるので戻るまでに体は冷えきってしまうだろう。

嫌がらせに成功したことに笑うご令嬢達がいるがどうでもいい。

彼女たちにイライラしたり怒ったりするエネルギーは生憎持ち合わせていない。

彼女たちの横をなに食わぬ顔で素通りしようとすれば腕を捕まれた。


「使用人が随分といいものを着ているのね?その髪も使用人にはふさわしくないわ。私たちがふさわしい格好にしてあげる」


そこで刃物を持ち出すのはいかがなものか。

仮にもご令嬢が、群れをなして気に入らない女に制裁を与えるのは”はしたない”と思うのだが。

けれど徒党を組んでいる彼女たちは貴族の中でも最下層。

そんな常識はないのかもしれない。

抵抗するのも面倒でされるがままになる。

私の服を切り裂き、髪を切って満足したのか彼女たちはやってやったとばかりに笑いながらいなくなった。


「あー、もういいんじゃない?死んでも」


パキン、と気張っていた心が折れた。


これでも必死に生きていたのだ。

おかしい自覚はあったが、周りに合わせる事の方が私には難しかった。

孤独を感じていたが、それでももう少しの辛抱だと耐えてきた。

だけど服を切り刻まれ、髪を切られるいわれはどこにもない。

”アンジェラ”の象徴である金色の美しく波打つ長い髪はもうどこにもない。



みすぼらしいこの姿のまま凍死というのもありだろう。

落ち葉を掃こうと思って人気のない所まできたのだ、ここでじっとしていれば私は凍死する。

指先の感覚はとうの昔に無くなっている、目を閉じて睡魔を追いかければすぐに捕まえられるだろう。

この先グロリアを守る最大のイベントがある。

でも、ルートによってはそれが起こる前に私が事故で死ぬストーリーもあるのだ。

そっちは平民出身ゆえに王子と結ばれるエンディングではないが、それなりに幸せになる。

私がいてもいなくても、グロリアは幸せになる。

だって彼女の名前は”栄光”という意味も持つのだから。



「アンジェラ!!」


私の名前を誰かが呼んだ。

でも答えることはせずようやく捕まえた睡魔に身を任せた。

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