第二話
学園生活は順調だ。
ヒロインが各攻略対象と出会ったのも確認済み。
なんせ、私は彼女と同室なのだ。
全寮制で二人一部屋が原則だが、お金を積めばどうにかなる。
両親もそうしてくれようとしたが後3年で散る命にお金なんてかけなくてもいいと思ったので、丁寧に断った。
そして奇特な私と養子という事でお金のことを気にしたヒロインが同室になったのだ。
まぁ、理由はどうあれ同室になるのはゲームの流れの通りなので問題ない。
ヒロインには順調に誰でもいいので愛を育んでいってもらいたいものだ。
そんな生活の中で私はルーティーンを欠かさない。
朝は早くに起きて寮の庭掃除(さすがに広大な敷地を持っている学園なのでできる範囲でだけど)
その後、一人で静かに朝食をとり登校する。
授業にはまだまだ早い時間なので、校舎の目についたところ(床や窓、壁などその時に汚れが気になった所)を無心で磨き上げる。
そうこうしているうちに他の学生がやってくるので、私も自分のクラスへと行く。
復習と予習を兼ねて教科書を読み、あまりおしゃべりには参加しない。
生まれてこのかた友人がいないので、ヒロインの彼女だけが友人と呼べる存在なのだが生憎クラスが違う。
彼女以外に対しては話しかけられれば話すが、自ら話しかけることはほとんどない。
何を話していいかわからないので、視線を感じた時は微笑んでやり過ごす。
授業が終われば、図書館で課題をやった後ゆっくり読書をする。
まぁ、ここでも棚が汚いと磨いてしまうのだがこれはもう習性に近いものなので仕方がない。
今日も1日何事もなく過ぎ去ったと安堵していれば、びしょ濡れの男子学生に遭遇した。
驚いてじっと彼をみてしまったのが悪かったのか「水も滴るいい男だろ?」と彼は笑った。
「風邪をひいてしまいますよ」
こんな小さなもので拭いても無駄だと分かっていたがハンカチを差し出した。
彼はサブキャラクターである”ギルバート”という男だ。
私の2学年上で、ルートによっては私は彼に殺される。
攻略対象の中にいる王子様の従兄弟で”全てに優れた男”だ。
私が殺されるルートでは優れているが故に王の地位を欲し王子を亡き者にしようとした。
そこにヒロインが巻き込まれ、殺されそうになりそれを助けようとして私が死ぬというストーリーだ。
「何があったのか聞かないのか?」
ハンカチを受け取りながら彼はそう言うので、「恋慕の情は時に呪いになりますから」と答えておいた。
そう、このギルバートという男はサブキャラではあるがとてもモテる。
色素の薄い髪や肌を持つ者が多いこの国で、黒髪に褐色の肌を持ち瞳も黒曜石のように黒く艶めいている。
そんな容姿に加え地位も高く、文武両道とくればモテないわけがないし、彼自身来る者拒まずなので恋愛トラブルはあってもおかしくない。
逆に今までそんな噂が聞こえてこなかったのは彼が器用に立ち回っていたからだろう。
「呪い、か。確かにそうかもな」
「ご自分の容姿がお嫌いですか?」
「なぜそう思う」
「なんとなく、です」
ゲーム中に己の心情を吐露するシーンがあるから知っているだけだけど。
彼は自分の容姿にコンプレックスを持っている。
王家には色素の薄い者が大半だが、彼は母方由来の異国の血が混ざっている。
それが幼少期からいじめの原因であり、原動力だった。
王族として誰にも文句を言わせないよう、努力し今の”全てに優れた”自分を手に入れたのだ。
にも関わらず、王子はただ王の息子というだけでなんの努力もなしに王になれる。
彼にとっては嫉妬の対象であった。
だから、王子を殺そうとした。
「俺は異質だからな」
「私はアンジェラと申します。ギルバート殿下であればお聞き覚えがあるのでは?」
「……頭のおかしな女か」
「世間ではそう言われることもありますね。化け物付きだと。けれど我が街では”天使”と呼ばれる。異質ではありますが、それも貫き通せば”神秘”となる。人の評価などそんなものです」
天使や聖女なんて呼ばれているが、おかしな知識を持っていることには変わりがない。
彼が言ったように頭のおかしな女と評価するものもいれば、化け物付きだという者もいる。
その評価については傷つくことをやめた。
これが私だから。
思い出してしまった前世の記憶は消えることなく私を蝕み、それでいて恩恵を与える。
結局は物事をみる視点一つなのだ。
「言葉が悪かったな、すまない」
「いえ。殿下の仰った事も事実ですから」
朝から晩までどこかを掃除したり磨いたりする女が私以外にどこにいるというのだ。
やんごとなき身分の人間からみれば使用人がやることを好んでやる私は頭がおかしいと思われても仕方のないことだ。
私はよりよく死ぬため、生まれ変わらないためにそれらを行っている。
輝かしい未来を夢見ているこの学園の学生とは根本的な考え方が違う。
「お話にお付き合いいただきありがとうございました。お風邪を召されないうちに早くお部屋へお戻りください」
一礼してその場を去り、今度こそ私は寮へと戻った。
……前世の頃の推しキャラに出会っても自分の感情が動かなかった事に驚きながら。