3
「あらー、じゃあサナちゃんも魔導士だら?」
「ええ、はい。お兄さんから色々教わっています」
トキノさんはニコニコと楽しげにサナと話している/リアシートに座った2人は距離が近づいたように仲睦まじい。
一方/運転席=ジジィと助手席=ニシは一言も喋らなかった。もともとジジィは口数の多い方ではないが。
渋滞気味の市街地をゆっくりと、4人が乗った軽自動車が走る=郊外に出るのにあと20分はかかる/ここ数年で普及率が99%を超えた魔導セル仕様のEVカー/魔導セルの交換は半年に1回だけ。
ニシはぐっと足を伸ばす/意外と広い。普段は軍事規格の多目的輸送車に乗ってばかりなので、一般的な乗用車に乗るのはかなり久しぶりだった。
「これ、わたしの魔導の杖です」
サナはハンドバッグから30cmほどの木の棒/杖を取り出す。技術の授業で作ったお手製の魔導の発動キー/手で持つ部分は青のビニールテープがぐるぐる巻きされている。
「あらやだーかわいい。これで魔法が使えるのね、うん? 魔導、どっちかしら」
「魔導だ、ばかもん」
運転席のジジィが唸る/交差点のたびに赤信号に引っかかり若干イライラ。
「あのリスさんもおジジィさんの魔導ですか」
「そうなのよー」しかし答えたのはトキノさんだった。「うちのボンクラ亭主、こんなに不器用な顔をしているのにかわいい動物をお友達にできるの。私に告白するときなんて、ウフフ。リスにラブレターを運ばせて鳥に歌わせたのよ」
「そんなことした覚えはない」
再びジジィが唸った。
「大丈夫よサナちゃん、うちの主人は恥ずかしがり屋だから、本音は逆だって考えてね」
「逆。じゃあさっきの『ニシの小僧が帰ってきてもワシは知らん、相手にせん』というのも」
「ウフフ。ニシちゃんがサナちゃんを連れて帰ってくるって電話があってからね。なーんかソワソワし始めて。家の掃除をしたり髪を切りに行ったり、それに昨日は自分でユニクロに行ってきたのよ。いつも私がしまむらで買ってきた服ばかり着ているのにね」
ニシはちらりとジジィを見た/しかし=やはり無言のままハンドルを握っている。
「おジジィさんの魔導は動物を? 操るんですか。でもその、心の中を──」
「そう調教師。ただ、本当の天賦は記憶や感情を読み取ることができる、有り体に言えば読心術だな」ニシが不機嫌に見える本人に代わって説明した。「心を読み取る際に魔導士特有の“認知する世界”を見ることになるからある程度、他の魔導士の術や天賦も扱えるんだ」
「そういえばさっき、駅前で見た銛。あれもお兄さんのですよね」
「そう。矢だと見栄えしないし槍だと長過ぎる。ってんで銛を召喚するようにしたんだけど、そのへんもジジィにコピーされた。ある意味、天賦はコピーキャットともいえる」
「ふん、そんなふざけた名前で呼ぶんじゃない」
ジジィが鼻を鳴らした。
「ウフフ」トキノさんの思い出し笑い。「私と主人とは幼なじみなんだけどね、その魔導のせいで友達が全然いなかったの。ほら、他人の本音が読めちゃうでしょ。でーも、私は隠し事も嘘も大嫌いな本音しか言わない人間だったの。だから主人の初めての友達が私で初めての恋人も私で。ウフフ、一緒にいて落ち着けるって言ってくれたのよ」
「ワシはそんなこと言っておらん」
なるほど、つまり言ったわけだ。
「サナちゃんはロマンチックが好き?」
「はい、好きだったとと思います」
「ほら、ニシちゃん、ちゃんと聞いた?」
トキノさんはニシが頭をつけているヘッドレストをバンバンと叩いた。
「どうして俺に振るんですか」
しかしトキノさんはケラケラ笑っていた。
「男はね、見掛けによらないのよ。うちの主人みたいにぱっと見ボンクラでもロマンチックな夢を叶えてくれる人はいるのよ」
車はまたしても渋滞にはまっている/恋バナをまだしばらく聞かされそうだった。