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おつかい魔法使い~お師匠さまなんてもの運ばせるんですか!~  作者: ダイニング
3章 私はいい弟子だったでしょうか?
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10 青い竜のおはなし

 リンと途中で別れたあと、一人でしばらく歩きお家に帰りました。お家の鍵は開いていました。


 中に入ると真っ先に、帽子かけの奥に置かれているいつもの戸棚の上で、40センチぐらいの大きさのへびみたいな青い竜が1匹(竜の数え方は匹であってるんでしょうか)ひなたぼっこをしてるのが見えました。


 竜はこちらを見て、とても自然なまばたきをしました。まるで生き物みたいです。でも本当は生き物じゃありません。ご飯がいらない代わりに、ケーブルや大気から取り込む魔力で動いているので、魔道具というほうが正しいです。


「アリス、赤のやつは部屋にこもっておる。さあ、謝ってくるのじゃ」


「うん……」


 竜は甲高い声でいってきました。私は力なくうなずきます。ですが、お師匠さまが「うん、そうだよ」と何事もなかったかのように認めたときの絶望感を思い出してしまいます。


 ジャックがいっていた、本当になんにも分かんないし知らないようなところに一人ぼっちで放り出されたような気持ちってやつです。


 本当は私だってお師匠さまのことを信じたいんです。リンもマリーさんもいってたし。でもやっぱり、お師匠さまのことを信じきれない自分が心の中に潜んでいます。


「とりあえず手洗ってこなくちゃ」


 どうするべきか答えを出せないまま洗面所へ向かう私を、竜の鋭い声が追いかけてきました。


「これ! 逃げるでない!」




 洗面所から戻ってきた私は座り込み、竜が乗っている戸棚にもたれかかりました。


「ねえ、お師匠さまって、本当にあいつらの仲間じゃなかったのかな」


「そうに決まっとるじゃろう。疑問を持つのが半月ほど遅いわい」


 みんなそういうのです。マリーさんは「そんなにずっと一緒にいたのに、それが全部うそなんて絶対ありえねーから」と、リンは「魔女のお姉さん、お前のこと大好きだからな」と。


「ねえ、じゃあ君はなんでそう思うの?」


 竜はするすると戸棚から降りてきて、私のひざの上でとぐろを巻きました。


「あまり詳しくは話さんぞ。これはあとで赤から直接聞くがよい。ほれ、耳を貸せ」


 言われた通りに竜の口元に耳を近づけます。竜はささやきました。


「あいつもかなりこたえとるみたいなんじゃよ。ぬしとの接し方を忘れてしまったみたいでな。それでも赤は何とかして仲直りしようとしとるんじゃ」


「どうやって?」


「アリスが食べたいものを作って」


 その一言で胸が詰まるような気持ちになりました。お師匠さまはずっと……。


「それしか仲直りのしかたを知らない……あいつも相当不器用なんじゃよ」


 そう言われてはじめて気づきました。お師匠さまがやたらと私になにを食べたいか聞いてきたのは私と仲直りするためだったんだ、と。あのとき竜と話しこんでいたのも、私と仲直りする方法を聞いていたのかな、と。


――ほんとにしつこい。じゃあそれでいいですよ! いちいち聞いてこないでください!


 なのに……。


――いりません。10年近く一緒にいた大切な人に裏切られたときに食べる料理は何がいいのかこっちが教えてほしいぐらいです。


 なのに、私は……。


――誘拐犯とつながってた人が『アリスのために……』なんて言わないでください。気持ち悪いです。


「どうしよう……私、仲直りできるかな」


「ぬし次第じゃ。わしはもうこれ以上のことはせん。ぬしが仲直りしたいと思ったのなら、仲直りのしかたもぬしが自分で考えればよかろう。あいつが料理を作ろうと自分で考えたように、な」


 竜はそう告げると、私のひざから離れて、肩から頭の上を通り、するすると戸棚の上に戻りました。そしてまた眠りはじめました。


 戸棚にもたれたまま、私は頭の中で何とか方法を探りましたが、自分で考えろという言葉が頭の中でぐるぐるするばかりでなにも浮かんではきませんでした。




 アリスが踏み台に乗ると、ちょうどあたしの肩ぐらいの背丈になる。隣の弟子は大さじの上にごろっとした白い塊を乗せて、あたしに尋ねてきた。


「お師匠さま、塩はこのかたまり1つ入れれば足りますか?」


「だめだめ、それじゃ多すぎるよ。そんなに塩を入れたら食べられたもんじゃないよ。ってこれ砂糖じゃん」


「あ、ほんとだ。紛らわしいですね」


 微笑ましい間違いに思わず頬が緩む。どんな言葉でもいい尽くせないぐらいこの子が愛おしい。料理中だということも忘れて抱きしめたくなった。


「でも私、甘いの好きです。お砂糖にしちゃだめですか?」


「確かに、甘いオムレツっていうのも悪くないかもね。それでもそれは多すぎるよ。虫歯になっちゃう。こういうかたまりはいったんほぐしてね、スプーンで量をはかるんだ」


 あたしは少し考えて答える。オムレツは今まで何度も作ってきたが、甘いものは片手で数えられるほどしか経験がなかった。でも、たまには悪くない。


「どうやるんですか?」


「『固まった砂糖をほぐしたいときに使う魔法』っていうのがあってね……そうだアリス、やってみる? あたしが教えてあげる」


「はい!」


「うん、いい返事」


 あたしは目を細め、アリスの頭をなでる。そこで、ふと疑問に思う。あたしたちはいつからこんなに仲良くなっていただろうか。これじゃまるで昔みたいだ。今は確か……。


 はっと顔を上げると、部屋の中だった。口の端から垂れていた唾液を拭い、両手で頬を叩き、仕事に戻る。最近、作業中に居眠りしてしまうことが増えた気がする。1つだけ、はっきりしないことがあった。あたしは、あの子に『塩と砂糖を間違えたくないときに使う魔法』を教えていただろうか。




 誘拐犯に捕まっていた子たちの親がお礼にお酒を届けてくれてから、お師匠さまは夕食中にも飲むようになりました。お酒についてはよく分かりませんが、たぶんかなり高級なものだと私はにらんでいます。


 それまでは、私が寝てからこっそり晩酌をしていたみたいなので、私の目の前でお師匠さまがお酒を飲んでいるのは新鮮な感じがします。


 今日の夕食はカルパッチョっていう魚料理です。最近では、お師匠さまは私になにを食べたいか聞かなくなったかわりに、こういうちょっと凝った料理を作ることが多くなりました。


 もしかしたら、それも私のためなのかもしれません。青い竜には「自力で仲直りしろ」と言われました。私は仲直りするために、自分のほうからもお師匠さまに近づいていくのが大事なんじゃないかなと思って、いいました。


「お師匠さま、これ、おいしいです」


「そう? それはよかった」


 お師匠さまは嬉しそうに笑ってくれました。でも、それだけです。私たちの会話はすぐに途切れてしまい、あとはかちゃかちゃとフォークとお皿の触れ合う音が鳴るだけです。


 しばらくして、今度はお師匠さまのほうから話しかけてきてくれました。


「アリス、学校はどうだった?」


「普通です。でも、席替えで一番前になっちゃいましたし、学級委員にもさせられちゃいました。ひどくないですか?」


「すごいじゃん。クラスの委員っていうからには、クラスの時間割を決めたり、担任の先生を解任したりできるんでしょ?」


「できませんよ、どこの委員ですかそれ。私の学校だとただの雑用ですよ。朝、教室の換気をしたりクラスのコロキスに餌やったりとか、授業終わりに黒板消したりとかです」


 お師匠さまの言葉に、私はいつもと変わらない調子で突っ込みを入れました。いつもだったら、あっけらかんとした様子で「ああ、そうなの? あたし勘違いしてた。ごめんごめん」とお師匠さまはいうはずでした。


 そしてそれに「なにと勘違いしてたんですか、お師匠さま」と自分でも気づかないうちに笑ってるはずでした。


 でも、今は違います。お師匠さまはうつむき、泣きそうな声でいうのです。


「そうなんだ……あたし、アリスの学校のことあんまり知らなかったね。ごめんね」


「あ……いや、違うんですよ。そんなに落ち込まないでください」


「……ごめんね」


 お師匠さまはしぼり出すような声でもう一度謝ってきました。私もなにも言えなくなってしまい、うつむきます。


 2週間以上、ずっとお師匠さまにつらく当たってきたことがここにきて私に返ってきました。私はもう、お師匠さまと仲直りできないのでしょうか。何気ない会話をすることがこんなに難しいことだったなんてはじめて知りました。


 すっかり仲直りするタイミングを失ってしまいました。お師匠さまも悩んでたってことに、もっと早く気付けてたらよかったのにな。


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