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おつかい魔法使い~お師匠さまなんてもの運ばせるんですか!~  作者: ダイニング
3章 私はいい弟子だったでしょうか?
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5 読書感想文

 インタビューの日から2日後、私たちはリンの部屋に集まって宿題をしていました。私の部屋の倍はある大きな部屋はピンクと白の壁紙でバランスよく染められており、ベッドの上に置かれた大きなクマのぬいぐるみは「よく来たな」と私たちを出迎えるかのようなどっしりとした存在感を放っています。


 お母さんやお父さんのことを「ママ」や「パパ」と呼びそうになるのを慌ててごまかしたり、勉強するときも白い犬のぬいぐるみを膝の上に乗せていたりと、リンは意外とかわいいところがあるのです。


「アリスはどれぐらい宿題進んだ?」


「あとは読書感想文だけだよ。ドリルは終わってるからね」


 私のとなりに座ってきたエマの質問に答えて、「エマはどうなの?」と逆に尋ねます。答えは分かりきっていますが。


「終わってるよ。読書感想文もね」


「本当か!? ちょっと写させてくれよ!」


 向かいに座っているリンは鼻息を荒くして言いました。エマは「さすがに読書感想文を写すのはだめじゃないかな」と困ったような顔をしました。全くもってその通りです。


 私たち三人でリンの部屋の机を囲んで勉強するつもりだったのですが、この調子だとエマはリンの宿題を手伝うことになりそうです。


 リンはおもむろに席を立ち、部屋の本棚をあさりはじめました。読書感想文の本を探しているのかもしれません。


 リンの部屋は大きいので、私の部屋と違ってベッドや本棚、クローゼットの配置にもかなり余裕があります。それに、扇風機が回っているおかげで意外と涼しいです。何より鍵がついているのがうらやましいです。


「これにしようかな」と、リンが持ってきたのは絵本でした。「2人のまじょと1人のでし」と表紙にでかでかと書いてあります。あとはとぐろを巻いた青い竜の上に、赤い髪の女の子と青い髪の女の人、そしてその二人の間に座る女の子の絵が描いてありました。間違いなく、私ではありません。


「絵本はだめじゃない?」


「うん……わたしもそう思う」


「ちぇっ、だったらなにがいいんだよ」


 不満げなリンに、私は一冊の本を取り出して見せました。ファンタジーってやつですね。魔法がなくて、代わりに「カタナ」という剣みたいな武器で戦う「サムライ」と呼ばれる人たちがいる世界の話です。あのとき、マリーさんがすすめてくれた理由も分かるような気がします。


 タイトルの『光』は、目の見えない天才サムライと暗殺とかの汚れ仕事ばっかりやらされてきたサムライが出てくるからだと思います。2人とも光を求めてましたから。でも結局、読んでもよく分かりません。


「こういうのとかいいんじゃないの?」


「じゃあ、あたしもそれで書く」


 そう言うと、リンはこちらへ体を伸ばして私の手からぱっと本を取り上げ、ページをめくりはじめました。ふむふむ、なるほどね、としきりにうなずいています。ちゃんと読んでるのかと思って、リンのほうへ回りこんでみるとそこは目次でした。


 私は、そんなリンを尻目に感想文を書いていきます。600語ほど書かないといけないのでとても大変です。


 すでに宿題を終わらせたエマはリンが読んでいる本に興味津々なようで、「終わったらわたしにも読ませて」と言っています。


 あれ、もしかして今真面目に宿題やってるの、私だけ? 


 しばらくして、リンは読んでいた本を閉じました。


「いったん休憩しようぜ。あたし疲れたし。アイスでも食おう」


 リンは「ちょっと待ってろ」と言い残し、軽やかな足取りで一階へと降りていったかと思うと、すぐにどたどたという足音とともに部屋に戻ってきました。指の間に色とりどりのアイスが1本ずつ、合計で3本挟まれていました。


「緑のがメロン、黄色いのがシトルム、赤いのがイチゴだ」


 エマがイチゴを取り、リンがメロンを取ったので私は残ったシトルムを取りました。南の大陸で育てられている酸っぱい果物です。実はこれで今日3つ目のアイスなんです。


 朝とお昼に誘拐されていた子たちの親が私に買ってくれたものを1つずつ食べました。どうやってお家の連絡先を知ったのかは分かりませんが、あのあと魔話がかかってきました。好きなものを聞かれたので、アイスが好きだと言ったら、しばらくしてびっくりするほどたくさんのアイスがお家に届きました。


 私が1日に何個もアイスを食べても、お師匠さまはなにも言ってきません。それに、冷凍庫にはまだ無限とも思えるぐらいのアイスが残っています。いつでも好きなだけアイスを食べられるなんて、こんな幸せなことあるでしょうか。


 アイスをかじりながらリンは言いました。


「よし、これ食べたら、あたしはもっかい本を読む。そして今日中に読書感想文を終わらせる」


「おお。わたしも手伝うから頑張ろうね、リン」


 エマはアイスの棒を片手に持ち、もう片手でページをめくっています。


「だから、あたしが読んでた本返してくれ」


「ごめんごめん。気づいたら勝手に……」


「うそつけ」


 リンはエマから本をもらい、また読みはじめました。ふむふむとやたら大げさにうなずいています。本当にちゃんと読んでるんでしょうか。


「そうだ、この本読んでたら思い出したんだけど」ページをめくる手を止めて、リンはエマに尋ねます。「エマってアンディとは上手くいってるのか?」


 びっくりした様子で本をのぞきこむエマの顔は真っ赤になっていました。もともと色白なので、顔色が変わるとはっきり分かります。


「わ、わたしを思い出すような場面あったの?」


「サムライのことを好きな茶店の娘が出てきた。その人は目の見えないサムライのことを心配してるんだ」


「べ、別にわたしはアンディのこと好きっていうか……会って話せるだけで十分だし、そもそもわたしなんかじゃ全然釣り合わないし……なんなら遠くで見てるだけでもいいっていうか……」


 エマの言葉はだんだんと尻すぼみになっていき、ついには聞き取れなくなりました。それを聞いた私はにやにやするのを押さえきれなくなりました。茶店の娘もそのあとエマと同じようなことを言っていたな、と思い出したからです。




 その後、15分に一回ほどのこまめな休憩を繰り返しながら、勉強会は5時過ぎまで続きました。リンはというと、本は読みおわったみたいですが、読書感想文を書きはじめるまではいかなかったようです。でも、ドリルのほうは割と進んだみたいです。エマがずっとつきっきりで教えてあげていたからだと思います。教え方は心なしかいつもより厳しくなっているような気もしましたが。


 暗くなってから帰るのは、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ怖いので、まだ明るいうちに解散しました。


 帰り際、庭先まで出てきたリンに「アリス、今日あんまり元気なかったな」と心配されました。「いや、そんなことないよ」と私が否定すると、リンはほっとしたようでした。私とエマを見てこう言いました。


「そうだ。明日さ、あたし、コロキスのえさやり当番になってるんだ。3人で一緒に行かないか?」


「いいね」


 リンの誘いに、私たち2人はうなずきました。夏休みや学校が休みの日はクラスの人たちで交代しながらコロキスのお世話をすることになっています。明日はリンがその当番になっていたようです。


 クラスで飼っているその小魚たちのうろこは光を受けて、青や赤や緑、黄色に紫とさまざまな色に輝きます。その特徴の通り、コロキスというのは南の大陸の言葉で「色とりどりの魚」という意味らしいです。エマがこの前教えてくれました。


 エマは大の動物好きで、将来の夢は動物のお医者さんになることらしいです。お医者さんをしているお父さんみたいにたくさん勉強しないとなれないみたいですけど、エマなら頭もいいしきっと夢をかなえられるんじゃないかなって思ってます。





 お家に帰ると、竜がお家の戸棚の上でいつものように眠っているのが見えました。腰ぐらいの高さの小さな戸棚です。


 私に気づいたお師匠さまが部屋から出てきて言いました。なんて聞いてくるかはほとんど分かりきっています。


「アリス、おかえり。今日の夜ごはんはなにがいい? なに食べたい?」


「なんでもいいです」


 この質問、お昼にもされました。というか、最近、食事のたびに聞かれているような気がします。


「なんでもいいじゃなくてさ、ほら、なんかあるでしょ? ハンバーグとかどう? ひき肉買ってきたの」


「……ほんとにしつこい。じゃあそれでいいですよ! いちいち聞いてこないでください!」


 お師匠さまはまたなにか言いかけましたが、私はそれを聞く前に自分の部屋に入り、鍵をかけました。


 私はそのあと、部屋にこもってなにをするわけでもなくただぼーっとしていました。部屋の中はまだ明かりをつけなくても十分明るいです。読書感想文の続きをやろうかとも思いましたが、いまいち気乗りしません。


 ということで、私はもう1度部屋を出て冷凍庫へ向かいます。冷凍庫はキッチンの近くにあるので、お師匠さまの近くまで行かないといけません。なるべくすぐ戻ってきましょう。


 冷凍庫を開けると、ひんやりとした空気が私を包みました。どうせお師匠さまはなにも言ってこないと思うので、しばらくその冷たさを楽しみ、慣れてきたところでアイスを1つ取りました。これで今日4つ目です。


 冷凍庫のひきだしを閉めたとき、視線を感じて振り向くとお師匠さまと一瞬だけ目が合いましたが、お師匠さまはすぐに目をそらしました。私はアイスを持って自分の部屋に戻ります。背中の方からは、お師匠さまがこねた肉の空気を抜くぱんぱんという音が聞こえてきました。


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