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おつかい魔法使い~お師匠さまなんてもの運ばせるんですか!~  作者: ダイニング
2章 まともなおつかいじゃないですか!
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25 暴走馬車(4)

前回までのあらすじ 団員さんが助けにきてくれた。

結果から言うと、だめそうです。馬車は止まらないし、お弁当箱も持ち帰れない、そんな気がしてきました。


 団員さんが馬車を止めようと奮闘しているあいだに、交差点の右側から聞こえてきた「おい! 待て!」という大きな叫び声にびっくりした馬は急減速して、声の主から逃げるように交差点を左へほぼ直角に曲がり、また加速しました。私もその声に震えあがりました。


 荷車のへりをぎゅっとつかんだことで、私は先ほどのように吹き飛ばされることはなかったです。団員さんも荷車にはりついていたため、無事でした。ただ、なにかが折れたような音が私の耳に届きました。


 側面にくっついている状態から、器用に荷車の上まで戻ってきた団員さんは、力なく首を振りました。


「ごめん。弁当箱はあきらめてもらうしかなさそうです。荷物の用意はできているでしょうから、逃げましょう」


 彼の右手には、根元から折れた木のブレーキレバーが握られています。


「さっきの急減速で、倒しちゃいけないほうに倒してしまいました」


「そんな……」


 まるで悪い夢を見ているような気分です。頭をおさえてうずくまった私に、団員さんは言いました。


「今は、逃げましょう。君が生きていれば、お母様にもまた弁当箱を買ってもらえるはずですよ、ね?」


「そ、そうだ! なんか魔法を使えば! お弁当箱を浮かせるみたいな!」


 私は、いきなりひらめいて、うわずった声で言いました。団員さんは、はっとした表情を浮かべましたが、納得はしていないようです。


「あ……。でも、だめです。もうそんな時間はありません。あそこの柵の先は川なんですよ。落ちたらただじゃすみません」


 彼があごでさした先を見ると、確かに柵があって、行き止まりになっています。あの下が川なのでしょうか。そして柵の向こう側の道も、こっちと同じように柵で道がふさがれています。ここに橋がかかっていたら、今、私がこんな目にあう必要もなかったのに。


 団員さんは杖の前半分にまたがり、後ろ半分をたたきました。


「さあ、ここに乗って。逃げましょう」


「……分かりました」


 私は、涙をこらえてうなずきました。もとはと言えば、私が道端に荷物を置いたから起きてしまったことです。だから、受け入れるしかないのでしょう。


 私は杖にまたがり、団員さんの肩につかまります。団員さんは、目を閉じ、集中した様子で、ぶつぶつと呪文を唱えはじめました。ちらっと後ろを振り返ると、私の目はみるみるうちに近づいてくる柵にくぎ付けになりました。


「ちょっと! 呪文長くないですか!? 急がないと落ちちゃいますって!」


 団員さんは私の言葉も無視して、呪文を唱えています。リンのときはそれほど長く感じなかったのに……。


 私は絶望しました。荷車がなにかに激突して、私はごみの山の上へとあおむけに投げ出されました。恐らく柵でしょう。ああ、私はもう助からないのかもしれません。


 川のように青い空を見上げる私の頬を、一筋の涙が伝っていきます。


 こんなことになるんだったら、もっと早くお弁当箱をあきらめておけばよかった……。私のわがままのせいで、団員さんにも迷惑かけちゃったな。


「飛び降りましょう! このまま川に落ちるよりはましです!」


「え!?」


 団員さんが素早く立ち上がり、私を抱きかかえて馬車から飛び出そうとしたとき、暴走馬車は暴走をやめました。すると、団員さんは私をごみの上にそっと下ろしました。


 緑髪の女の人が荷車のかげからひょっこりと現れて、のんきな声で言います。


「あたしが来るのがもうちょっとだけ遅かったら、お前ら大変なことになってたぞ」


 女の人は腕で顔の汗をぬぐいました。


「ふう、久しぶりに焦ったぜ。『待て』って言ったら、止まるどころかもっと速くなった」


 言葉とは裏腹に全然焦っているようには聞こえません。


 あのときの声は、この人のものだったみたいです。今、初めて知りました。彼女の横から、子供たちが二人飛び出してきました。両方とも五歳ぐらいに見えます。


「すごい! どんな魔法使って止めたの!? 教えて教えて!」


「走るのも速いし、オレたち空飛んでるみたいだった!」


「ははは、すごいだろ? でもな、これは魔法じゃねえんだ」


 女の人は、誇らしげに言いました。


「『剣術』の一部にすぎないのさ」


「『けんじゅつ』!? すごい! よく分かんないけど!」


「『けんじゅつ』でも空って飛べるの!?」


「ああ、飛べるぞ、見てろ」


 女の人は実演してみせました。ただ、私の目には空を飛んでいるというよりも、見えない階段を上り下りしているような、空を歩いているような、そんな感じに見えました。これって、剣術なんでしょうか……。


「すごい! なんか思ってたのと違うけど、これはこれですごい!」


「うおお!」


「ま、こんなところだ。じゃあ、お前この子たちを孤児院まで連れてってやってくれないか?」


 彼女は、団員さんにききました。団員さんは、荷車から下りながら申し訳なさそうに答えます。


「いや、それはちょっと無理ですね。今日、先輩にわがまま言って担当時間代わってもらったばっかりなんですよ」


 たぶん、退院した先生を送るために代わってもらったんでしょう。でも、たまたま助けただけの人にそこまでする必要あるのかな。


「んじゃ、お前。さっき会ったよな? えーと……」


「私は、アリスっていいます」


「アリス、お前に任せたぞ。あたしも連続誘拐犯を探さないといけないからな」


「任せてください!」


 かばんから地図を取り出して確認すると、孤児院は想像以上に近くにあるみたいだということが分かりました。これなら走る必要もなさそうです。私は、かえって運がよかったのかも……いや、ないですね。


 運がよかったら、私の乗った馬車がいきなり暴走するはずありません!


「よし、決まったな。じゃあ早くそこから降りろ」


「わ、わかりました」


 その前にこれ持っててください、と私はリュックとかばん、そして杖を女の人に渡しました。「うおっ、結構重いな」と驚いている女の人の声を背中で聞きながら、私は久々に足の裏で地面の感触を味わいます。まあ、実際は数分ぶりだと思いますけどね。


「はい、どうぞ。お弁当箱です」


「あ……ありがとうございます」


 こっちに差し出された団員さんの手には、私のお弁当箱がありました。私は、急いで受け取り、頭を下げました。


「これも持ってくれよ」


「はい」


 リュックを背負ってから、かばんと杖をもらいます。そして、私は子供たちに声をかけました。


「じゃあ、行こうか」


「うん! 案内してあげるよ、アリス!」


 二人は元気な返事をしてくれました。呼び捨てされたので、すこしびっくりしました。隊員さんからは、孤児院の子供たちはまだ立ち直れてない子も多い、と聞きましたが本当なんでしょうか。この子たちを見ている限り、そうは思えませんが。


「ねえ、君たちのお友達はどうしてるの?」


「お兄ちゃんたちのこと? なんかずっと落ち込んでるよ。最近、触手が大暴れしたでしょ。それからずっと」


「あ、そうだ。触手見たけどさ、本当すごかった! なんか人がぴゅーんって飛んでったの! あと、真っ赤な竜も見たよ! すごくかっこよかった!」


 赤い竜はお師匠さまのでしょう。飛んでった人たちは……生きてるんでしょうか? いや、まさかね。


「ねえ、その人たちがどこに飛んでいったかは分かる?」


「あっちの方だよ!」


 男の子が元気よくさしたのは、北の方角でした。


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