22 暴走馬車(1)
前回までのあらすじ リュックが捨てられてしまったのではないかという不安が現実になった。
馬車がとめてあったのは、飲み物や食べ物を売っているお店の前でした。御者は、ここで買い物でもしているのかもしれません。
大人しく待っている馬の体は、まるで石鹸で体を洗っている途中で放置されているかのように、なぜか泡立っています。
後ろの荷車のほうへ回ると、あふれんばかりに積み上げられたごみの山のてっぺんに、私たちの大切な荷物が乗っかっているのが分かります。
私は、それをちゃんと見つけられたので、ほっと胸をなでおろしました。力が抜けて、その場にへたりこんでしまいそうになるところを、なんとか杖で支えます。
リンは手首と足首を軽くほぐしてから、荷車をよじ登りました。
「よし、登れた。アリスもこいよ。杖はこっちに投げろ」
「わ、わかった」
私はリンのほうに杖を放り投げました。リンはぱっと杖をつかみ、荷車の上に置きました。手ぶらになったので、鉄棒の前回りの要領で、荷車のへりをつかみ体を持ち上げます。
あとは、へりに足をかけて登りきりました。勢いあまって、ごみの山に倒れ込んでしまいましたが。
荷車から見える景色は私がいつも見ているものとは全然違います。道を歩く人たちみんなを見下ろせるくらいの高さです。髪の毛が長い人、短い人、ない人……色んな人がいますね。
「リュック二つはこっちにあったぞ。あとはあたしたちのかばんだな。そっちにはあるか?」
「えーと、あ、あったよ。リンのも私のも」
「分かった。じゃあ、あとは降りるだけだな。アリスはこっちのリュック持ってくれ」
リンは、自分のリュックを背負って、かばんを肩にかけると荷車から簡単に降りてしまいました。私もリンに続いて降りようとしたのですが、うっかり下を見てしまったせいで足がすくんでしまいます。
ここから降りて、けがをする自分しか想像できません。
「どうした? 早く降りろよ」
リンが下から私のほうを見上げて言ってきます。私は素直に「ちょっと怖くて降りられないかも」と答えました。
「んー、じゃあ荷物だけこっちに投げろ。手ぶらなら降りやすくなるんじゃないか?」
「分かった」
私がそう言ってかばんと杖を投げようとしたとき、突然、辺りが騒がしくなりました。もちろん今までも騒がしかったんですけど、それとはまた違った感じの騒がしさです。
犬の吠える声が聞こえ、通行人たちが見ているほうへ目を向けると、不機嫌だった女隊員さんと、それに追いかけられる不良がいました。彼の顔は黒くうす汚れています。
「五人組の男で、変な笑い方……あなたたちが連続誘拐犯ね! 特徴は聞いてるわ! 大人しく捕まりなさい!」
「俺らじゃねえよ! てかあいつらもう死んだんじゃねーのかよ、それに『ぎゃはは』って笑い方のどこが変なんだよ! ――なっ!?」
追われていた男の人は石畳につまずいたようで、バランスを崩しました。男の人は馬の体に頭から突っ込んでいきました。馬が驚いたのか、そのとき私が乗っている荷車がなぜか動き出しました。いきなりのことに、私はぼうぜんとすることしかできません。
「アリス!」
「リン!」
リンは私の名前を呼び、荷物を持って追いかけてきます。いくらリンの足が速いといっても、重いリュックを背負いながらでは追いつくこともできず、私たちの距離は広がっていきます。
「待ってろよアリス! すぐに追いつくからな!」
「誰か助けてくれ! なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだよ!」
リンの力強い叫び声と、女隊員さんに引きずられていく男の人の涙まじりの叫び声が重なりました。男の人の気持ちは、そのまま私の気持ちでもあります。なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの! 誰か助けて!
それからは、暴走する馬車から振り落とされないように必死で、周りの声や物音はすっかり聞こえなくなりました。