2 お師匠さま、今までありがとうございました(1)
前回のあらすじ 魔女におつかいを頼まれた。
家から出るとまず、郵便受けに新聞がたくさん挟まっているのが目につきました。お師匠さまが取るのを忘れていたのでしょう。
とりあえずその新聞を持ってお家の中に戻り、テーブルの上に置いておきました。
テーブルの上はもう片付けられており、キッチンのほうからは水の流れる音が聞こえてきました。洗い物をしているんだと思います。
山道、いやけもの道といったほうがいいかもしれません。家を出ると目の前には、そんな細い道が山のふもとまで続いています。
「商品」――観葉植物の入った箱を背負い、その道を下っていきます。ずっしりとしていて意外と重いです。
ただ最近雨が降っていないおかげで、歩きやすいのが救いです。
背中の商品を初めて見たとき、私はなんとなく嫌な感じがしました。
気持ち悪いというかなんというか。あのとき、朝ごはんをほとんど食べ終えていてよかったです。そうじゃなかったら、
食欲をなくしてごはんを残してしまっていたかもしれません。
なんで、こんなものをわざわざ頼む人がいるんでしょうか。びっくりです。観葉植物にしても趣味悪いです、ほんとに。
ま、いっか。こういうのは暑くなる前にさっさと届けるに限ります。帰りはアイスでも食べながら帰ろっと。楽しみだなあ、ふふっ。
そんなことを考えていると突然、グルルルル、と何か動物のうなり声が聞こえてきました。
この音は狼ですね。少し先に数匹の姿が見えます。こっちにはまだ気づいていないみたいなので、今のうちに逃げちゃいましょう。
こういうときはスルーするに限る、とお師匠さまも言っていましたしね。それに私も慣れてるから大丈夫です!
気づかれないように、木の陰に隠れながら移動しましょう。そのとき、ぱきっという変な音が足もとから聞こえました。どうやら私、枝ふんじゃったみたいです。
ばれちゃいました。今完全に目が合いました。こっちにゆっくり向かってきてます。
でも焦ることはありません。私だって、動物除けの魔法ぐらいだったら普通に使えるんですから。
えーと、杖を持って……ない。お家に置いてきちゃった、どうしよ。
考える間もなく、狼たちが襲いかかってきました。完全に私のこと食料だと思ってますね。
でもすごくゆっくりです。一瞬、もしかしたら逃げれるかもと思ったけどだめみたいでした。私もゆっくりにしか動けません。
今までのお師匠さまとの思い出が頭の中にあふれかえってきました。遊園地に行ったこと、誕生日には私たち2人じゃ食べきれないぐらい大きなケーキを作ってくれたこと、私の杖だってお師匠さまの手作りなんです。
これが走馬灯ってやつでしょうか。ああ、私、死んじゃうんだな。今からお師匠さまになにかを伝えることはできないので、思うだけにしておきます。
さよなら、お師匠さま。あなたと過ごした十年間ほんとに楽しくて幸せでした。
いろいろわがままも言ったけど、私のことをここまで育ててくれてありがとうございました。
ああもう、本当にお別れですね。狼たちは、我先にと私のほうへ走ってきます。
私はというと、すでに腰が抜けてしまい、そばにあった木の幹に寄りかかるだけになっています。ですが、そのときでした。
ゴスッという音がしたかと思うと、一頭の狼が甲高い鳴き声を上げて逃げていったのです。
他の狼たちもそれに続いて一目散に逃げていきました。あいつが一番偉いやつだったのかもしれません。
「はあ、はあ、な、なんで?」
狼たちが去っていったあと、私は背負っていた箱を下ろし中をのぞきます。特になにも異常はなさそうです。
「もしかして、君が私のこと助けてくれたの? まあ、まさかね」
たぶん、狼たちが私のほうに走ってくるとき、木かなんかに頭をぶつけたのだと思います。
ですがその言葉に反応してか、箱の中の商品がぴくりと動いたような気がしました。