08.ヒドラ退治(無自覚)
私ことセイ・ファートは、冒険者ギルドで毒を浴びた冒険者さんを助けた。
「あー……めんどくさかったー」
私は今、徒歩でサンジョーの町を離れていた。
奴隷ちゃんたちがぞろぞろと歩いてくる。
「お姉ちゃんお姉ちゃんっ」
「ん? どうしたのダフネちゃん?」
ラビ族の少女ダフネちゃんが、私に尋ねてくる。
「よかったのです? お礼したいとか言ってたのです、さっきのひとたち」
……さて。
私は知り合いの冒険者経由で、解毒を頼まれた。
ヒドラとかいう、聞いたことないモンスターの毒を浴びて瀕死の冒険者を、私が治療した。
『す、すばらしい!』『一瞬で死毒を解毒するなんて!』『すごい、こんな解毒は初めて見た!』『聖女さまだ! 聖女さまー!』
……とまあギルドは大騒ぎ。
そして始まる、私が誰なのかー、とか、ぜひともうちにー、とかの面倒ごと。
「そのほか諸々がめんどうくってさ。もったいないけど【転移ポーション】使っちゃった」
転移ポーション。これは私が自宅から持ち出した、秘蔵のポーションのひとつだ。
「……セイ様、すごいです。転移魔法ですよね? 町の中から、町の外へ一瞬で飛んだ」
エルフで頭のいいゼニスちゃんが私に聞いてくる。
「ううん、ポーションだよ」
「……いや、あの、どこの世界に、転移魔法を発動させるポーションがあるんですか?」
「え、ここにあるけど」
「…………」
「しかしもったいないなぁ。【ナンバーズ】を使っちゃったよ」
「……ナンバーズ、とは?」
ゼニスちゃんは知的好奇心が旺盛だなぁ。
「私の奥の手、かな」
「……奥の手?」
「まあ簡単に言えばとても効果の高いポーションのこと。治癒のポーション、解毒ポーションのように、簡単には作れないの。家から持ち出した【ナンバーズ】ポーションは、どれも1本ずつ。転移ポーションはしばらく使えないなぁ」
しばらく旅を続けたいけど、ナンバーズポーションを作るとなると、大きな工房と時間が必要となる。
さてどーするかね。ま、それは追々どうにかなるか。
「……ナンバーズとは、魔法効果を付与したポーション、のことでしょうか」
「おお、そんな感じ。さすがゼニスちゃん、頭いいねー」
私はよしよしとゼニスちゃんの、青い髪の毛をなでる。
艶のある、まるで絹みたいなさわり心地で、さわっててきもちええ……。
「…………」
「あ、ずるいずるいですっ! だふねもお姉ちゃんに、頭なでなでしてほしーですー!」
ダフネちゃんが子猫みたいにくっついてきて、頭をぐりぐりと押しつけてくる。
子猫みたいでかわいいなぁ。
「ま、とにかく面倒ごとは避けるのがベストよ。私は気楽に旅をしたいのですわ。そんな旅の方針でいい?」
先頭を歩く、火竜人のトーカちゃんが、こくんとうなずく。
「拙者達は主殿の奴隷、決定には従います!」
「そかそか。そりゃよかった。てゆーか……買い物ほとんどできなかったー。馬車とか、食料とか、調達しておきたいわよね。特に食料」
ゼニスちゃんが少し考えていう。
「……ここから一番近い町ですと、南下していくと、【ミツケ】という町があります。ただ、徒歩となると1日はかかるかと」
「うーん、1日飲まず食わずはきっついわー……。どこかで食料を調達しましょう」
では! とトーカちゃんが手を上げる。
「野営でござるな! 拙者、狩りは得意でござる!」
「おお、さすが体力担当。期待してるわよ。じゃあさっそく獲物を……」
と、そのときだった。
ぴんっ、とダフネちゃんのうさ耳が立つ。
「あ、あのあの! お姉ちゃん!」
「ん? なぁにダフネちゃん?」
「け、獣の声がするです! あっちの森の方から!」
びしっ、とダフネちゃんが南の方の森を指さす。
おお、さすが耳のいいダフネちゃん。なるほど、動物と話せるだけじゃなくて、こういう力もあるわけね。
「よっし、拙者の出番でござるなー!」
「でもトーカちゃん、武器持ってないけど大丈夫?」
「心配ご無用! 森の獣くらいなら、拙者素手で倒せますゆえ!」
とまあ、息巻いていたトーカちゃんだったんだけど……。
「「「…………」」」
「さすがにあれは無理よねぇ、素手じゃ」
森の茂みから、私たちは獣の様子をうかがう。
巨大蛇だった。しかも、体からはどろっどろとした毒を分泌してる。
ぽたぽた……と体表から漏れ出る毒は、地面に落ちるとじゅう……という湯気を立てていた。
結構な毒だ。しかもあの煙を吸い込んでも粘膜をやられそう。
「あ、主殿……逃げましょう。拙者さすがにあれを素手は無理です……」
「素手で倒すのは無理くさいけど、逃げなくていいでしょ、あれくらい」
「なっ!? 何をおっしゃられる!」
てゆーか、あれって師匠のとこでよく見た【毒蛇】じゃないか。
「ちょうどいい、素材ゲットのチャンス。いくわよ……!」
「主殿!?」「……セイ様!?」「おねーちゃん!?」
私は毒蛇の前に立つ。
「ふしゃぁあああああああああああ!」
「そぉおおおおおおおおおおおい!」
私は取り出した、普通のポーション瓶を、毒蛇めがけてぶん投げる。
瓶は毒蛇の鼻先にぶつかって、中身をぶちまける。
じゅぉ……!
「ぎしゃ……!」
一発で、毒蛇を覆っていた毒液が浄化される……。
見上げるほどの毒蛇は、一瞬にして、通常の蛇にまでサイズダウンした。
「あ、逃げちゃう! トーカちゃんそいつ捕まえて!」
「あ、え……? あ、は、はい!」
逃げていく元でか蛇は、トーカちゃんの手で捕縛される。
ナイス。
「はいトーカちゃん、生きたままそいつを、この瓶の中に入れて」
口の大きなポーション瓶を、私はトーカちゃんに突き出す。
おずおずと蛇を瓶にいれる。蓋をして、完成。
「ふぅ……! 素材ゲット! いやぁ、食料にはならなかったけど貴重な素材を……って、どうしたの3人とも?」
ぽかーんとするトーカちゃん達。
「あ、あの巨大な毒蛇を……一撃で!?」
「すごいすごいすごいのですー!」
トーカちゃんダフネちゃんがキラキラした目を向けてくる。
一方でゼニスちゃんが戦慄の表情で尋ねてくる。
「……い、今のどうやったのですか? 高度な神聖魔法?」
「え、ただ【解毒ポーション】ぶっかけただけだよ?」
「……解毒、ポーション……」
体表を覆ってる毒を、解毒ポーションで中和しただけだ。
「さっきの毒蛇は、師匠に散々捕らされてたっけ。だから対処方法もわかってたんだよねぇ」
「……すごい。ヒドラを、倒すなんて……やはりセイ様は聖女なのでは」
ぶつぶつ、とゼニスちゃんがつぶやいている。
「ま、蛇は食えないから他の食材探しましょ。トーカちゃん、ダフネちゃん、頼りにしてるわよ」
「「はーい!」」