07.自己紹介と緊急事態
私ことセイはサンジョーの町へ到着し、奴隷を3人買った。
火竜人のトーカちゃん。
エルフのゼニスちゃん。
ラビ族のダフネちゃん。
「おねーちゃーん♡」
「おお、よしよし、ダフネちゃんはもふもふねー」
宿屋にて、私の膝の上には、ラビ族の少女が乗っかっている。
ダフネちゃんはすっかり私になついているようだ。
ふわふわの緑色の髪の毛に、ぴくぴく動くうさ耳が触ってて心地よい。
「主殿とダフネは、すっかり仲良しでござるなぁ」
「……今まで人間にひどいことばかりされていたからね。セイ様のような優しい人間初めてなのでしょう」
おやまあ、それはかわいそうに。
「私も元奴隷だったから苦労がわかるのよねー」
「……セイ様は奴隷だったのですか?」
「ええ、社会の歯車という名の奴隷」
「……難しい概念ですね」
ややあって。
私たちは食堂へと移動してきた。
椅子に腰掛けると、3人はじっと立ったままである。
「どうしたの? 座らないの?」
「……いえ、セイ様。奴隷は主人と同じテーブルにつかないものです」
「え、そうなんだ」
この未来での、正しい奴隷の扱いなんて知らない。
そもそも、私、小さい頃から師匠に錬金術たたきこまれて、そのあとも宮廷でずぅっと研究と仕事ばっかりだったから、外の常識ってわからないのよね。
「いいって、気にしないで座りなさい」
「……ですが。わたしどものような卑しい身分のものが、同席してもよいのですか?」
うんうん、とトーカちゃんたちがうなずく。
「いいのよ。てゆーか、ゼニスちゃん。あとトーカちゃんもダフネちゃんも。私はあなたたちを一個人として尊重するわ。たとえ一般人が奴隷を物として扱ってようと、私はこれから一緒に旅する仲間だと思ってるから」
「「仲間……!」」
トーカちゃんとダフネちゃんが表情を明るくする。ゼニスちゃんは目を丸くしていた。
「そんなこと言われたの……はじめてなのです!」
「拙者達を個人として扱ってくださるなんて……! なんてお優しい方なのでござる!」
「……セイ様の寛大なお心遣いに、感謝申し上げます」
お、おおげさだなぁ……。
まあ、うん。奴隷を物扱いするのは絶対NGだと思う。なぜって?
私もそうされてきたからさ!
「とにかく奴隷である君たちは物じゃありません。私も含めてな! おっけー?」
「「おっけーおっけー!」」
「よしよし、じゃご飯食べましょ」
ややあって。ある程度食事を終えたあたりで、改めて自己紹介する。
「私はセイ・ファート。錬金術師。事情は、さっき部屋で言ったとおりよ」
この子達にはある程度、事情は話してる。
500年前の人間であることを。3人は奴隷であり、主人から他言無用という命令を受けている。
だから、誰かにうっかり漏らすことはない。安全。
「いろんなこと知らないから、教えてね。はいじゃあ君たちのこと教えて。得意なこととか。はい、トーカちゃん」
「うむ! トーカでござる! 力には自信がありますぞ!」
むん! とトーカちゃんが腕を曲げる。
おお、すごい筋肉だ。
「元々は蜥蜴人でござったが、主殿のおかげで火竜人となりましたでござる。前より膂力があがり、あとは武芸の心得がございまする!」
「なるほど、トーカちゃんは力と武器の心得有り……と。次は、ダフネちゃん」
ぴょこっ、とうさ耳が動く。きゃわわ。
「だふねは、ダフネなのです! ラビ族なのです! えと……耳がいいのです! 動物さんとも会話できます! 馬車を御することも、できるのです!」
ラビ族とは見ての通り、ウサギの獣人だ。
「なるほど、動物と心を通わせる力がある。馬車を御することもできると……じゃあ最後はゼニスちゃん」
エルフ少女のゼニスちゃんが、こくんとうなずく。
「……ゼニス・アネモスギーヴです。いろんな本を読んできたので、多少知識の蓄えはあります。それと、多少魔法の心得も」
「ほうほう、ゼニスちゃんは知識量と魔法……ん? アネモスギーヴ? 名字なんて持ってるの?」
「……はい。いちおう」
ゼニスちゃんが言いにくそうにしている。そこへ、トーカちゃんが補足する。
「ゼニスは元王族なのでござるよ」
「なぬ! 王族……へえ……」
「……といっても、元です。クーデターがあって、私の父は殺されました。女子供は奴隷として売り飛ばされて今に至ります」
な、なかなかハードな人生送ってるなぁ。
でも、そっか。元王族なら知識だけじゃなくて、マナーとか、世界情勢にも明るいかも。
王族ならそういう教養は身につけているだろうし。
「自己紹介ありがとうみんな。それぞれ得意なことがバラバラで助かったわ。私、基本ポーション作る以外に何もできないから、助けてくれるとうれしいわ」
きょとん、と3人が目を点にしてる。
「なるほど! すごい御仁は、謙虚ということですなぁ! さすが主殿!」
「だふね知ってるのです! お姉ちゃんはどんな怪我も一発でなおせる、ものすっごい人なのです!」
「……天導教会の聖女よりもすごい治癒力を持っていて、何もできないはないかと」
あ、あれぇ。信じてもらえない……。
「あ、そうそう。それだ。ゼニスちゃん、天導教会ってなに? 聖女って?」
「それは……」
と、そのときだった。
「おお、嬢ちゃん! ここに居たか!?」
「あれ、あなたはリーダーさん」
この町へ来るとき、馬車に乗っけてくれた冒険者パーティのリーダーさんだった。
彼は慌てて私の元へやってくる。
「どうかしたのですか?」
「ああ! 嬢ちゃん解毒ポーションって持ってるかい!?」
すっごい剣幕だ。よほどの緊急事態があったのだろう。
「もちろん」
「良かった! 嬢ちゃんほどの錬金術師ならあるって見込み通り! 頼む! 譲ってくれないか! 金はいくらでも出す!」
この人にはここへ来るとき、町まで案内してもらった恩があるからな。
「わかりました。お譲りしましょう。ただし」
「条件か! なんだ、おれにできることならなんでもするぞ!」
「お金は要りません」
「は……? か、金は……要らない?」
ぽかんとする彼をよそに、私は立ち上がる。
「さ、君たち。いきますよ。リーダーさん、患者のもとに案内してくれますか?」
「え? あ……え、あ、……ああ」
宿屋を出ると、リーダーさんが困惑顔で聞いてくる。
「じょ、嬢ちゃん金は要らないって……」
「言葉通りですよ」
解毒ポーションくらい、簡単に作れるしね。
「治せる保証はありませんし」
「嬢ちゃんのポーションでだめなら諦めて、もう天導の【蘇生教会】を使うよ」
「蘇生教会……」
まーた知らない単語。まーた天導ですか。
500年で冒険者ギルドや宿屋といったシステムが変わらないのに、そこだけまるっと変わってるなんなのだろうね。
ややあって。
ギルドへとやってきた。
「う……これはひどい……」
床に1人の、女剣士が寝かされていた。
見えている肌の部分が毒に冒されている。
「【フィライト】! もう大丈夫だぞ! すごい錬金術師を連れてきたんだ! 彼女のポーションなら直るぞ!」
「【ボルス】……」
リーダーさんがボルス。フィライトってのが毒にやられてる女剣士ね。
この口ぶりから……ふたりは恋人同士なのかしらっと。
「もう……いいわ……おとなしく蘇生を、教会の庇護を受けるから……」
「だめだ! おれはフィライトを失いたくない!」
うーん? 蘇生? 教会の庇護?
ゼニスちゃんに聞けばわかるだろうけど、今は緊急事態だ。
私は解毒ポーションを、ちゃちゃっと作る。
手持ちの薬草と、あとここへ来る途中マーケットで手に入れた素材を、【工房】を展開して作る。
「はい、リーダー……ボルスさんだっけ? これ使って」
ボルスさんが蓋を開けて、フィライトさんに解毒ポーションを飲ませる。
すると……かっ! と彼女の体が白く輝く。
みるみるうちに肌の色が元通りとなった。
「フィライト! ああ、良かった! 良かったぁ……!」
「……信じられない。ヒドラの死毒を、解毒しちゃうなんて……」
フィライトさんが驚愕の表情をしている。
ヒドラ?
「嬢ちゃんは命の恩人だ! ありがとう、ありがとうぉ!」
まー、いろんな知らない単語ましましだけど、いっか! あとでゼニスちゃんに聞けばいいし。