46.聖女の軌跡を追う3人組
セイたちが海外逃亡に向けて動いている、一方その頃。
三人組のパーティが雨の中を歩いている。
Sランク女冒険者フィライト。
その恋人で同じく冒険者のボルス。
そして刈り込んだ金髪に、白銀の鎧を身に纏う、聖騎士のウフコック。
「しかしよぉ、すげえ雨だなぁ」
ボルスが頭上を見上げる。
バケツをひっくり返したような大雨とはこのことか。
先ほどから絶え間なく大雨が降り注いでいる。
外套を頭からかぶってはいるものの、水をはじくことはなく、ずぶ濡れである。
「おいフィライト。ちょっと木陰で休憩しようぜ? このままじゃ風邪ひいちまうよ」
彼がいるのはエルフ国アネモスギーヴの北東部にある森の中。
ボルスがそう提案するものの、しかしフィライトは首を振る。
「だめですわ。一刻も早く、黒髪の聖女さまに追いつかねばなりませぬのよ!」
黒髪の聖女とはセイ・ファートの俗称である(本人は知らない)。
行く先々で奇跡(※誤解)を起こしている結果、そんなあだながついているのだ。
フィライトたちは天導教会よりも早く黒髪の聖女に接触し、彼女を仲間に引き入れたいと思っている。
それはこの世界が治癒の手段のとぼしい世界となってしまっているからだ。
ポーション作成技術は劣化しており効きが悪い。
また、大がかりな怪我の治癒や蘇生などの技術は、天導教会が独占している。
彼らからの恩恵を受けるためには大金が、そして何より治癒の扱える天導所属の聖女が必要となる。
しかし黒髪の聖女は違う。
天導に所属しない野良の聖女だ。
大金をせしめる天導の聖女よりも、無償で人々を救っているセイを、冒険者であるフィライトは崇拝してる。
またボルスや彼の上司であるギルマスとしても、そんな都合のいい存在が仲間になってくれたら助かる、と思っている。
だから二人は(温度差こそあれ)、セイと接触したいと考えている。
……もっともフィライトの方は、セイというすばらしい聖女に会いたい! という気持ちの方が強いのだが。
「しかしよぉ、フィライト。黒髪の聖女さまの足跡が、王都ギーヴでぴったりと途絶えちまってるじゃねえか。手がかりがない状況だし、いったん情報を集めた方がいいじゃねーの?」
「そ、それは……まあ……」
王国、人外魔境を経て、ここエルフ国アネモスギーヴへとやってきたフィライトたち。
王都ギーヴで悪なる王(森の王)を成敗したという噂は耳にした。
その後、新しい王……聖王として就任するはずだったが、なぜかその日のうちに消えてしまったそうだ。
「どこいっちまったんだろうなぁ、聖女さまは。王になるのがめんどっちかったのかな?」
「はぁ!? そんなことするわけないじゃないですか!」
「……そうだぞ。聖女さまがそんなことするわけがなかろう」
フィライトに賛同するのは、元天導教会の聖騎士ウフコック。
彼女は女であるのだが、セイに助けられたこともあって、彼女に惚れてしまったのだ。
途中で出会い、志をともにしたフィライトとともに、こうしてセイの後を追っているのである。
「……聖女さまは真面目ですばらしいお方だ。責務を放り出すような無責任な輩ではない」
しかし残念ながらセイは無責任な女であった。
ボルスの言がただしかったのだが、ここには黒髪の聖女の信者が2名。
多数決で自分の意見は黙殺されてしまう。
厄介な仲間が出来てしまった……とボルスは疲れ切った表情でため息をついた。
「そのとおりですわ、ウフコック。急ぎましょう。聖騎士どもが、聖女さまを捕まえる前に!」
フィライト達が当てもなく歩き出す。
「しかしよ、ウフコックさんよ。いいのか、命令に背いてよぉ」
「……ああ、いいのだ」
先日のこと。王都ギーヴには数多くの聖騎士がいた。
そこの騎士団長の一人、エスガルドという男がウフコックに接触。
『ウフコック。業務命令だ。黒い髪の聖女を捕縛せよ。これは大聖女リィンフォース様からの勅命である』
『……ふざけるな! おれは従えない!』
『なんだと、貴様聖騎士のくせに、我らが大聖女様の言うことを聞けぬというのか』
『……ああ! おれはおれで勝手にやる!』
……ということ一幕があり、ウフコックは上司の命令を無視し、こうして独自に聖女を追っているのである。
「しかし天導の聖騎士どもは、黒髪の聖女さまを捕まえてどーしたいんだぁ?」
「……エスガルド曰く、大聖女から直々に捕縛命令があったそうだ」
「大聖女?」
「……4人の最高位の聖女のことだ。四聖とも言われてる」
「もう一人加えて五聖にでもしたいのかね?」
「……それはわからん。が、おれの黒髪の聖女さまを捕らえ、きっと酷いことをするつもりだ。くっ! 許せん!」
別にウフコックの女でもなんでもないのだが……。
ボルスは面倒だったのでツッコまなかった。
そんな風に歩いていたそのときだ。
「だれかー! たすけてくれー!」
「! 悲鳴ですわ! いきましょう!」
フィライトが誰よりも早く、声の方へと走り出す。
ボルスはため息をつきながらその後を追おうとする……。
「…………?」
ウフコックはその場に棒立ちしていた。
「おい、行こうぜウフコック」
「……? ああ、まあ」
どうにも乗り気の様子ではないようだった。
だが渋々と付いてくる。
やがて彼らがやってきたのは、1本の巨大な河川だ。
大雨の影響でかなり増水している。
「お願いします! 子供が、取り残されてしまったのです!」
母親らしきびしょ濡れの女が、周囲に集まった旅人達に言う。
川の真ん中には大きな岩があり、そこに子供が一人泣いてたっていた。
話を聞く限りだと、親子で川を渡ろうとしたところ、あの子だけ流されてしまったらしい。
「こんなときに川を渡ろうだなんて、ちょっと非常識すぎんだろ」
「そんなこと言ってないで、助けますわよ!」
「はいはい……っと、ウフコック、わりぃが手伝ってくれ」
しかしウフコックは首をかしげる。
「……なぜだ?」
「は?」
「……おれは聖騎士だ。組織の方針として、天導に所属しない人間は助けない」
「ああ……確かにそうだったな。あんたらは……」
がしがし、とボルスが頭を搔く。
もたついてる間に、フィライトが川にひとり飛び込んでいった。
「フィライト! ったく……!」
ボルスは荷物からロープを取り出し、それを自分に結びつける。
「ウフコックはこのロープ持ってろ」
「……命令か?」
「ちげえよ。お願いだよ。旅の仲間だろ、おれら?」
「……。ああ」
ウフコックに端っこを持たせて、ボルスは川に飛び込む。
フィライトはこの激流の中を、凄まじい早さで泳ぎきった。
腐ってもSランク冒険者、一般人よりも遥かにタフな体をしている。
彼女は川からあがって、泣いてる子供に微笑みかける。
「もう大丈夫ですわ♡ さ、帰りましょう」
「うん! ありがとうおねえちゃん!」
そんな風に子供を助ける姿を、遠くからウフコックは眺めていた。
ボルスも遅れて彼女たちの元へ到着。
ロープを子供に結びつける。
「川がこれ以上増水しないうちに、ずらかるぞ!」
「ボルス! あれを!」
「いったいなにを……って、くそ! もう来やがった!」
雨脚が激しくなり、川の水がさらに増水。
どどど……と津波のごとく押し寄せてくる。
「くそっ! 万事休すか……!」
と、そのときだった。
どががががぁああああああああああああああああああん!
どこからか爆発音がした。
今度は何だと困惑していると……。
「! 見てくださいまし、川の水が減ってますわ!!」
「ほんとだ! 助かった……!」
さっきまでの激流が、嘘のように穏やかになった。
ボルス達はそのすきに川から脱出。
「おかーさーん!」「良かった! たすかって、ありがとうございます!」
母親から何度も頭を下げられる。
フィライトは微笑んで「助かって良かったですわね」と言う。
一方、ウフコックはその様子をじっと見つめている。
そしてボルスに近づいて尋ねる。
「……なぜ貴様らは、あの子供たちを助けた? 自分の仕事でもないだろうに」
「あ? 人助けに、仕事もかんけーねえーだろ」
「…………」
そうか、とウフコックは思う。
「……そういうものか。そう、だよな」
彼女は先日の出来事を思い出していた。
ウフコックは森の中で、モンスターに襲われている女の子を見かけた。
最初は、天導に所属しない子供だからと、見殺しにしようとした。
だがモンスターに怪我を負わされ、泣き叫ぶ子供を見て……知らず体が動いていたのだ。
あのときの、自分はおかしくなったのだと思ってしまった。
でも……そうじゃなかったのだ。
人助けに理由なんて、いらないで、よかったのだ。
「……すまない、ボルス。次からは、おれも手伝う」
「? おう、頼むわ」
そうやって話していると、フィライトが笑顔で近づいてきた。
「聞いてくださいまし! 旅人の一人が、川の上流で、聖女さまを見かけたそうですわ!」
「黒髪の聖女がか?」
「ええ! どうやらこの川の問題を解決したのも、聖女さまのおかげらしいですわ!」
方法はわからないが、困っている人たちのために、川の水を減らしてくれたそうだ。
「ああやはり! 聖女さまはすばらしいですわ! 息をするかのごとく人助けをする、すばらしいお人……!」
……もっとも、当の本人に別に人助けをしたつもりはないのだが。
こうして勝手に、黒髪の聖女への好感度はガンガンと上がっていくのである。
「聖女さまは近くにおりますわ! 急ぎますわよ!」




