35.聖騎士は黒髪の聖女を追い求める
セイがエルフ国アネモスギーヴの王都へ向かう一方その頃。
Sランク冒険者フィライト、そして恋人の冒険者ボルスは人外魔境の地をようやく抜けた。
人外魔境を渡り終えた後、一緒にパーティを組んでいた仲間と別れ、フィライトたちは南へと向かう。
その道中での出来事だ。
「フィライト。ちょっと休憩しようぜ。さすがに馬も疲れてるしよぉ」
「そうですわね。どこかで休める場所はないかしら?」
「旅人の話じゃよぉ……エルフ国は今やべえ状況らしいぜ」
人外魔境の地へ入る前に、あらかじめ情報を仕入れておいたのだ。
「なんでも国中で謎の病気が流行ってるって話だ」
「謎の病気……ですの?」
「ああ。肺や喉をやるやつが多いらしい。あと水とかが飲めないくらいに汚染されてるってよぉ」
「まあ……」
ボルスは警告する。
「聖女さまを探したいっていっても、命あっての物種だからよぉ? ひきかえ……」
「聖女さまは素晴らしいですわ!」
は? とボルスが目を点にする一方で、フィライトは続ける。
「これでセイ様がエルフ国アネモスギーヴに向かう動機がわかりましたわね! 窮地のエルフ国を助けるために向かわれたと……!」
フィライトはセイ信者なので、彼女のすることなすことをすべて、好意的に捉えるのだ。
「こうしてはいられないですわ! 我々も早急にエルフ国へ向かいますわよ! そこには大勢の困ってる人たちがいるはず! わたくしたちも冒険者として、聖女さまのように、人の役に立つ活動をするべきなのです……!」
「いやぁ……やめておいたほうがよくねえか……?」
セイたちとちがって、フィライト一行は謎の病気に対する防疫手段を持ち合わせていない。
行ったところで、病気になってダウンする未来しか見えなかった。
それでもフィライトのセイに対するリスペクト、およびセイに会いたいという気持ちは強かった。
結局フィライトに押し切られる形で、エルフ国へと入国した、のだが……。
「こいつぁ……いったいどうなってやがるんだぁ?」
エルフ国には緑豊かな大森林が広がっていた。空気がよどんでいることもなければ、道中立ち寄った湖の水が汚染されてることもなかった。
「前評判と随分とちげえじゃねえか、どうなってやがんだ……?」
清らかなる湖のほとりで、休憩を取ってるボルス達。
そこへ……。
「おや、旅人さんですか?」
エルフの少女が湖の水を汲みに、やってきたのだ。
彼女はララと名乗った。
「ああ、ララちゃん。おれらは旅をしてるんだが、ちょっと聞いていた話とちがくてよぉ」
「ああ、なるほど……それは聖女さまが来る前の国の様子ですね」
「聖女さまですってぇえ……!」
セイたちがエルフ国に向かったので、いつかは彼女と交流を持った住民と会えるだろうとは思っていた。
だが、まさか入ってすぐにセイを知る人物と会えるとは……。
「ええ。聖女さまは我らの村をお救いになられ、風のように去って行かれました! この湖も昔は汚泥のようだったのに、聖女さまが一瞬できれいに浄化なさったのです!」
「やはり聖女さまの力は素晴らしいですわ-!」
セイを盲目的に信じているフィライトとは異なり、ボルスは素朴な疑問を口にする。
「しかしよぉ、なんで聖女さまは先にララちゃんたちの村にいかなかったんだ? 村人から頼まれて浄化ならわかるんだけどよぉ」
「フッ……やれやれ。そんなこともわかりませんの?」
「あ? なんだよ。おめーにはわかるのかフィライト?」
「ええ、もちろん。聖女さまのことなら何でもわかりますわ!」
今のところ彼女の考察が当たっていたことは一度たりともない。
だがセイの真意を知るものはこの場に誰もいない。
「聖女さまともなれば、人に聞かずとも異変に気づけるものですのよ! だってエルフ国が国内全域で病気が流行ってることも、ここへ来る前から知っていたのだし!」
全くの見当外れであった。セイがこの国を訪れたのは観光目的(いちおうゼニスの母親探しも兼ねてる)で、この湖に先に寄ったのは、水浴びがしたかったから。
「セイ様はきっと困ってる人の声を聞く特別な耳をお持ちなのですわ! はぁ~……♡ すばらしい……すてき……♡」
言うまでもなくそんなものはない。
単に行く先々でトラブルに巻き込まれているだけだった。
「旅人様もそう思いますよね! 聖女さまはすごいお方なんです!」
「ええー……同調してるよこの子……」
ララは自分の村を救ってくれた、聖女のエピソードを語る。
その素晴らしさにフィライトが、感動の涙を流していたそのときだ。
ぞく……! とフィライトの背筋に悪寒が走った。それはボルスも同様だったらしい。
ふたりがララの前に立って武器を手に取る。
「ど、どうしたんですかふたりとも……?」
「やべえやつがこちらに来る……かなりの、やり手だ」
茂みをかき分けて現れたのは、金髪で、長身の騎士だった。
白銀の鎧に白いマント、そして首からは杖にまとわりつく蛇のペンダント……。
「! て、天導教会の聖騎士じゃねえか!」
そう……セイが出会って助けたこの人物は、この世界の【治癒】を司る巨大宗教組織【天導教会】。
その組織の一部、聖騎士だったのだ。
「なんで天導の聖騎士がここにいやがんだよ……!」
ボルスは現れた聖騎士に対して、敵意を向ける。それはしょうがないことだ。
基本、天導教会は人間に優しい。だがそれは、組織に属する人間に限った話だ。
通常の聖騎士達は信者しか守られない。あとの人間はどうでもいいと切り捨てる。
自由がモットーの冒険者と、組織と信者の安寧のみを優先させる聖騎士とでは馬が合わないのだ。
とまあ冒険者からすれば評判のよろしくない聖騎士だが……。
それとはまた別に、フィライト達が警戒する理由も存在する。
それはひとえに……聖騎士が強いからだ。
天導教会に所属する聖騎士達は、聖なる力の加護を受けているためか、通常の冒険者より遥かに強いのである。
今も金髪の騎士からは異質なオーラが漂ってくる。木々がざわめき、湖面の水が振動している。
「なん、ですの……あなたは」
すると金髪の騎士は口を開く。
「……すまない。人を探しているんだ。危害を加えるつもりはない」
聖騎士がオーラを引っ込める。まだ完全に警戒を解くわけにはいかないが、いちおう戦う意思はなさそうだ。
フィライト達もさっきよりも警戒レベルを少しだけ下げる。
「人捜し……ですの?」
「……ああ。黒い髪で、ものすごいポーションを使うんだ」
「! それって……」
フィライト達の脳裏にセイの姿が映る。
すぐさま彼女の名前を口にしそうになって、とめた。
フィライトもバカではない。相手は天導の聖騎士なのだ。
彼らは組織の人間と信者のみを第一優先する。
セイは天導に所属しない聖女だ。となれば、協会側が敵視しているかもしれない。
聖女の奇跡は天導が独占するものなので、セイの存在は許されない、という理屈だ。
「その方を探して、何をするつもりなのですか……?」
事と次第によっては、ここで剣を交えるつもりだったのだが……。
「……好きに、なってしまったのだ」
「「は……?」」
あきれかえるフィライト達。
一方で金髪の騎士が頬を赤らめながら言う。
「……おれはあのお方のことをいっとう好きになってしまったのだ。強く、優しく、かっこいい……まるで聖母のようだ。おれは彼女を愛してしまったのだ……!」
はぁ……とあきれかえるフィライト。
もしそれが本当だとしたら、天導に所属しない聖女、つまりはターゲットであるセイを好きになったことになる。
「……おれはあの人を探し出して、愛を告げたい……! だから探してるのだ……!」
「そ、そっか……ちなみにあんた、どうするんだ。その人探して、自分の子を産んで欲しいとか言うのか?」
「……それは無理だ。おれは女だ」
「はぁっ!? お、女ぁ……!?」
確かに中性的な顔つき、そして声をしている。
線は細く、なるほど女と言われると納得のいくビジュアルをしていた。
「お、おまえの探してるやつは女なんだろ?」
「……ああ。だが愛に性別は関係ない。おれは彼女に出会って理解したんだ。本当に愛するこの気持ちに、男も女も関係ないと……!」
よくわかった。やべえやつだ。ボルスは思う。あまり近づかない方がいいなと。
「おいフィライト。さっさと離れようぜ……」
しかし……。
「わかります! わかりますわ!」
「ええー……まさかの同調してる……」
フィライトもまたセイを敬愛してるため、そこにシンパシーを覚えたのだろう。
「貴女、よろしければわたくしたちとともにあの方を追いませんこと?」
「……いいのか?」
「もちろん!」
……こうしてボルス一行に新たなる旅の仲間が加わったのだった。
「ちなみに、あんた名前は?」
「……おれか? おれはウフコック。聖騎士のウフコックだ。よろしく」




