32.アブクゼニーの驚愕
セイが従業員たちに指導するとなってから、しばらくたったある日。
一人の中年男性が森の中を歩いていた。
アブクゼニー。かつて工房の現場責任者だった男だ。
「ちくしょぉお……わしにこんなことしておいて、ただではすまんぞぉ~!」
彼は先日、突然訪れた旅の女商人セイから、暴行を受けたのだ。
現場を見たいというから見せただけなのに急に憤り、その配下の奴隷に命令して、強烈な拳の一撃を食らわせてきたのである。
森の外まで吹っ飛んだアブクゼニーは重傷を負った。通りかかった冒険者に保護され、近くの町の治療院で手当を受け、今に至る。
一緒に多額の金がふってきたのだが、そんなものはどうでもいい。きちんと着服したが、どうでもいい。
「あの女……女のくせにわしにたてつきよってぇ!」
アブクゼニーは女を下に見ているところがあった。やられたのが相当悔しかったのか、意趣返しするため、この工房へと舞い戻ってきた次第。
「ぶち殺してやる……おぼえてろよぉ!」
彼は魔道具師ギルド蠱毒の美食家の工房へと戻ってきた。
「おい! わしが帰ってきたぞ! 誰か迎えんか!?」
すると近くを通りかかった従業員が、アブクゼニーを見てぎょっとする。
「あ、アブクゼニー……さん? なんで……?」
「なんでとはどういうことだ? ここはわしの工房だぞ!」
「え、い、今は……セイ様が現場責任者ですが……」
「なにぃい! あの小娘が責任者だとぉ!」
アブクゼニーは憤る。勝手に工房を乗っ取られたことが、許せなかったのだ。
「おいあの女はどこに居る! 会わせろ!」
「セイ様は森の浄化作業に向かわれて、お昼前にならないと帰ってきません……」
「ふんっ! しかたない、では待つか。ところで……おい貴様! 魔道具はどうなってる!」
そう、ここ数日、現場責任者であるアブクゼニーが居なかったのだ。
さぞ、現場は混乱していることだろう。ひょっとしたら、魔道具が期日までに納品できずにいるかもいれない。いいや、そうに違いない。だって自分がいなかったんだから。
「あ、それでしたら……」
「どうせ間に合わなかったんだろう! このグズどもめ!」
従業員が不愉快そうに顔をしかめる。
そんな態度が、アブクゼニーは気に入らなかった。
「何だその顔は! わしが居なければ仕事もできんゴミのくせに! わしがいないから期日までに商品が作れんかったのだぞ! わしの信用が落ちたら……」
「作りました」
「どうする……え? つ、作った?」
「はい、期日通り魔道具を作成し、きちんと納品しました」
そんなばかな……とアブクゼニーは従業員の言葉を信じられなかった。
だって一番偉い、責任者の自分がいなかったのだ。現場が回るはずがない。
「セイ様がいらしたので。あの方が全部ひとりで作ってくださりました。また、あの人の指導のおかげで、もう来月分までの魔道具をすべて作成終えています」
「う、嘘をつくな!」
「嘘ではありません。見てみますか?」
「当然だ! 案内しろ! どーせ、酷い有様なのだろうがなぁ……!」
だが……。
「な、なんだこれは……!?」
アブクゼニーは作業場の中を見て、驚愕の表情を浮かべる。
今までの作業場とは、まるで別の工房のようになっていたからだ。
以前は掃除も整理整頓もされていなかったが、今はきちんと片付けがなされ、掃除が行き届いている。
薄暗かった部屋の中には日差しがさしこんでいる。
また、作業員たちの数が少なかった。以前の三分の一の人数しか居ない。しかも、働いてるものたちはみな笑顔だ。
従業員達の目の下にあったクマはなく、談笑しながら、休憩を取っている。
「なんだこれは……残りの作業員どもはどうした!?」
「今日は非番ですよ。現在はシフトをくみ、交代制で作業をしております」
「なっ!? そんなことしたら納品に間に合わなくなるではないか!?」
「問題ありません。見てください」
休憩を取っていた作業員のひとりが、椅子の前に座る。
魔力結晶を手に取って、片手を結晶かざす。
するとゆっくりとだが結晶が変形しだし、やがて球形……魔核へとなる。
「なっ!? なんだその技術はぁああああああああああああああああ!?」
魔核を作るのには普通、かなりの集中力と時間を要する。結晶を割って、ヤスリで削って丸くする……という手間がかかるはず。
だが今作業員はそれらをすべてカットし、ほぼ一瞬で魔核を作成していた。驚くほど短時間で(それでもセイには及ばないが)。
剣を加工して、魔核をはめこんで、納品予定の斬鉄付与の剣が完成していた。
「し、しんじられん……なんだこれは……夢でも見ているのか……」
アブクゼニーは大きなショックを受けていた。
従業員達が使っていた技術は未知のもの。そして、自分ができない高度なテクニックを習得していたのだ。ただの作業員が、である。
しかも周りを見渡すとさっきの彼だけでなく、全員が同じテクを使った作業をしていた。
これなら、少ない人数で納品に間に合わせることも可能だろう。
「いったい……どうなってる……? 何がこの工房に起きたというのだ……」
「だから、セイ様のおかげですよ」
そこに現れたのはテリー。セイが最初に出会った従業員である。
彼は今、現場副監督として就任している。
「セイ……だと?」
「ええ、この改革はすべてセイ様お一人で実行なさったことです」
「あ、ありえん……貴様らグズは、わしがいなければなにもできんゴミの集まりだったじゃないか……」
はぁ……とテリーはため息をつく。
その態度からはアブクゼニーに対するリスペクトは全く感じられない。
「ゴミはてめえのほうだろ」
「なんだと……?」
「だってそうだろ。自分のことばっかで、下の奴らの気持ち何も考えない。けれどセイ様は違う。おれたちのことを気遣ってくれる。いつも、おれたち現場で働く従業員の気持ちを汲んで、技術指導や、改革を行ってくれた」
「ぐぬ……」
びしっ、とテリーが指を突きつける。
「技術力、指導力……すべての点においてあんたは、セイ様に劣ってるんだよ」
……なにも、言い返せなかった。
現場責任者を入れ替えた途端、従業員達のスキルが向上したことも、生産力が上がったのも事実。
アブクゼニーが無能だったという何よりの証拠。
「出て行けよ。あんたみたいな無能のクズの居場所なんて、ここにはもうないんだよ!」
「う、ぐ、ち、くしょぉおおお! 言いたいこと言いやがって!」
アブクゼニーは立ち上がると、テリーに殴りかかろうとする。
だが彼は強化ポーションを取り出して飲むと、アブクゼニーにアッパーを噛ます。
ばごぉんん! という大きな音とともにアブクゼニーが吹っ飛ぶ。
壁に激突し、ぐったりと倒れる。
「出てけ、ここはセイ様の工房だ。次無断で入ってきたら、ただではすまさないからな!」
テリーを含めて、現場の人間達全員から敵意のまなざしを向けられる。
圧倒的な疎外感を覚えた。
「うぐぐぅう……ううう……ぢくしょぉおお……」
アブクゼニーは悔し涙をうかべながら、とぼとぼと去って行ったのだった。