29.魔道具師ギルドに潜入
エルフ国アネモスギーヴに到着した私たち。
最初に立ち寄った村は公害による被害を受けていた。
原因は魔道具師ギルド【蠱毒の美食家】たちが垂れ流す瘴気。
村の浄化は終わったけれど、この瘴気を発生させないようにしない限り、根本的な解決には繋がらない。
ララちゃん達のいるエルフの村でとりあえずある程度情報を集めた。
そして私は村に一番近い、蠱毒の美食家の工房へと足を踏み入れた。
「なにぃ? 【アブクゼニー】さまに会いたいだとぉ?」
工房の受付にいた、どーみてもやる気の無さそうな人間の男に、私は声をかけた。
アブクゼニーとはこの工房の代表責任者……工房長の名前である。ララちゃんから聞いたのだ。
「はい。私たち旅の商人でして、是非とも蠱毒の美食家さまの魔道具を買い取りたくおもい、こうしてはせ参じた次第でございます」
ま、嘘だけど。
ララちゃん達の村の位置、村人達の症状から判断して、公害を引き起こす原因となっているのは、この工房にあることは間違いない。だが確証があるわけじゃない。
そこでまずは工房に潜入して証拠を集めようということになった。
「ふん。女の分際で商人なんぞやってるのか。セイ・ファート……? そんな商人聞いたことないぞ。怪しい奴め」
「まあまあそう言わずに。シェルジュ。このお方に【山吹色のお菓子】を」
「ああ? 山吹色のお菓子だぁ?」
シェルジュはストレージから革袋を取り出して、受付の男に手渡す。
彼はいぶかしげに中身を改めて……驚愕の表情を浮かべる。
「あ、あんたこれは……」
「お菓子、ですわ。どうぞお好きに、召し上がってくださいまし。まだまだありますので」
男は何度も袋の中の【それ】と私とを見比べて、へこへこと頭を下げ出す。
「へっ、へへっ。すぐにアブクゼニー様呼んできますので、ちょっとおまちくだせえ! お嬢様」
すたこらさっさと男が建物の奥へと消えていく。やれやれ。
「……セイ様。あの男に何を渡したのですか?」
「んー。シェルジュ。ゼニスちゃんに同じやつ渡してあげて」
メイドロボはエルフ奴隷のゼニスちゃんに、同じ物の入った革袋を手渡す。
「……なっ!? こ、これは……!」
「なになに、なんなのです……えええ!?」
「ふむ……どうしたお二人……ぬおおおお! これはー!」
驚いてる奴隷ちゃん達が私を見て言う。
「「「金じゃないですか!」」」
革袋にずっしりと入っていたのは金塊だ。
手のひら大のそれらがゴロンゴロンと大量に入ってる。
「おおおお、おねえちゃん! どうしたのですこんな大金!」
「ここに来る前にちょろーっとね」
「ま、まさか盗みでござるか!?」
「ちゃうちゃう、作ったのよ、錬金術で」
ぽかんとするダフネちゃんとトーカちゃん。
ゼニスちゃんは「なるほど……」と神妙な顔つきで、私の作った金塊を見てつぶやく。
「……錬金術は元々は、金を作り出すというのが始まりでしたね」
「そ。ま、結局難しくって大半の人たちは諦めちゃって、副産物のポーションとか魔道具とか作るようになったんだけど、出発点は錬金、つまり価値のない鉱物から価値のある鉱物を作り出すことだったのよ」
「……すごい。本当に金を作り出すなんて。本物の錬金術だ。おとぎ話とばかり思ってました……」
「ん~? 意外と簡単よ。師匠もバシバシ作ってたし」
まあとはいえ、あんまり無から金を作り出しすぎるのはよくない。どこで手にいれたんだって必ず疑われるし。
やり過ぎると金の価値が下落するとかで、よくないんだけどね。
「ふむん? これは食べられるのでござるか? 山吹色のお菓子と主殿は申しておったが」
「賄賂の比喩表現よ。いちおう本物の金だから、食べちゃだめよ?」
ほどなくして、デブのおっさんが私たちを応接間へと通してきた。
「いやぁ大商人様! こんな辺鄙なところまでわざわざきてくださり誠にありがとうございますぅうう!」
おっさんはにっこにこで私に愛想を振る舞ってくる。
こいつがアブクゼニーね。
どうやらさっきの受付の男が、金持ってる女が来たと報告でもしたのね。
金はないけどな。
「いえいえ。私はセイ・ファートともうします。蠱毒の美食家の魔道具が欲しくて、ゲータ・ニィガ王国からやってまいりました」
「それはそれは! 遠いところからご苦労様です!」
「さっそくだけど魔道具を作ってるところを見せてもらえないかしら? 商品を仕入れる前に、製造工程を確認しておきたいのよね」
「どーぞどーぞ! ささ、ご案内いたいしますぞぉ!」
アブクゼニーってば、もうなんというか、悪党のお手本みたいな下品な笑みを浮かべていたわね。
私のことを、美人な奴隷を3人も引き連れて、メイドまで同行させている、さぞ金持ちのボンボンだと思ったことだろう。
残念、こちとらただの元孤児の錬金術師ですよっと。ま、向こうが勝手に勘違いしてるだけだからね。
アブクゼニーに連れられて工房のなかを見学することになったんだけど……。
「……これは?」
「従業員達ですぞ! 彼らにはこうして毎日泊まり込みで作業をさせ……んん! 自主的に作業をしているのです!」
……嘘だ。顔を見ればわかる。作業員さんたちの目が、みんな死んでる。
あの目を私は知っている。上司から仕事を押しつけられて、無理矢理働かされてる人たちの目だ。
生気のない顔つきに、星のない夜空のような黒々とした瞳。
知らず、私は憤っていた。私もまた、彼らと同様に、上司から虐げられ無理矢理働かされていた……社畜だったからだ。
ぶちん、と私の中で何かがキレた音がした。
「トーカちゃん」
「……なんでござろうか?」
ああ、トーカちゃんも怒ってる。そりゃそうだ。こんな風に人が、まるで家畜のように働かされてるところを見たらね。
自分たちも奴隷として、酷い重労働を強いられてきた過去があるがゆえに、許せないのだろう。
「私が許す。このバカをぶん殴りなさい。思い切り! シェルジュ! 強化ポーション!」
シェルジュから強化ポーションを受け取り、トーカちゃんがそれを飲み干す。
ぐぐっ、と拳を握りしめると……。
ばこぉおおん! とアブクゼニーの頬をぶん殴った!
「ほぎゃぁあああああああ!」
建物の壁をぶち抜き、すっとんでいくアブクゼニー。
「シェルジュ! 慰謝料と権利の買い取りだ、ありったけの金塊をまとめてプレゼントふぉーゆーしてやりなさい!」
ストレージに入っていた金塊を持ち上げて、アブクゼニーが飛んでいった方向へとぶんなげた。
「あなたたち! よく聞きなさい!」
目が死んでる作業員さんたちに向けて、私が言う。
「今このときをもって、この工房は私がのっとり……指揮する!」
私の宣言にみんな困惑している様子。
だが寝不足で頭が回らないのか、生気のない顔でこちらを見ているばかりだ。
「とりあえず今日はポーション飲んで……寝なさい! 話はそれからよ!」




