15.聖女さまの巡礼
セイたちが師匠の工房を目指す、一方その頃。
荒野の入り口の町……【イトイ】の町へと到着した、Sランク冒険者フィライトと恋人のボルス。
「ここが境界の町イトイか。前は閑散としてたイメージだが、随分と栄えてんなぁ」
ここはゲータ・ニィガ王国の西の果て。つまり辺境の地だ。
あまり人が訪れるとは思えなかった。だが今は商人が行き交い、冒険者たちが歩いている。
町の人たちには笑顔が浮かんでおり、町全体に活気があふれてるように感じた。
「ボルス。黒髪の聖女さまは、ここからどうエルフ国アネモスギーヴに向かったと思いますの?」
「こっからだとよぉ、船か陸路だなぁ」
船を使って、この町からまっすぐ南に下りていく方法が一つ。
そして陸路。大陸西側に広がる人外魔境の地を渡る必要がある。
「てなると、船使ってるだろうなぁ。陸路はあぶねえしよ。聖女さまは奴隷連れてるとはいえ女だし。わざわざあぶねー橋は渡らねーだろ」
フィライトは恋人の意見が正しいと思えた。
とはいえ、ここで選択肢をミスるわけにはいかない。彼女の目的は聖女に会うことだからだ。
「一応聞き込みしてみましょう。陸路を選んだ可能性がゼロとは言えませんし」
フィライトたちは手分けして、町で黒髪の聖女の聞き込みをする。
数時間後。
とある冒険者の一団から、話を聞くことに成功した。
イトイの冒険者ギルドにて。
「なっ!? 聖女さまと会った!? しかも、人外魔境でだとぉ!」
ボルス達はギルドの酒場で話を聞いていた。
パーティリーダーは神妙な顔つきでうなずく。
「ああ。黒髪の美しい聖女さまだろ? おれらが荒野を護衛依頼中に出会ったぜ」
「信じらんねえ……あの過酷な人外魔境を通ってエルフ国に向かおうとしてんのか……しかし、どうして……?」
危険な陸路より、絶対に航路を選んだ方がいい。
もちろん、海上ルートが絶対安全とは保証できないが。
末端冒険者のボルスですら、人外魔境の地がいかに危険かは知っている。
高ランクのモンスターがはびこるだけじゃない。
水も食料も手に入らない荒れ地が延々と広がっている。日光を遮るものはなく、火の精霊がその地に住んでいる影響もあって、かなり気温が高い。
旅慣れていない人間が入れる場所では決してなかった。
「聖女さまはキャラバンにでも参加してたのかぁ?」
「いいや。竜車に乗っていらっしゃった。お供の女奴隷3人だけを連れてたな」
「なぁっ!? そ、そんな馬鹿な!? 自殺でもするつもりなのか!?」
魔物はびこる過酷な環境下で、女4人での旅?
どう見ても危険すぎた。航路を選ばない理由が不明すぎる。
「なんでわざわざ陸路で、そんな少人数で渡るような、馬鹿なまねしてるんだ……?」
すると今まで黙って聞いていたフィライトが「フッ……」と恋人を馬鹿にするように鼻で笑う。
「やれやれ……どうやらわたくしだけしか、聖女さまの真意に気づけないようですわね」
「あ? どういうこった、フィライト。真意って」
フィライトはにんまりと笑う。そこには確かな【勝者の笑み】があった。
すなわち、凡人では理解できない崇高なる理念を、信者である自分だけが理解できているという、余裕。
彼女は堂々と、自分だけが気づけたという真意を口にする。
「聖女さまは、巡礼の旅をなさってるのですわ」
「巡礼……?」
「ええ。その過程で、困ってる人々を助けて回っているのです」
なるほど、とリーダーがうなずく。
「確かに、聖女さまは我らをお救いになられた。人外魔境を単身で旅していたのも、巡礼だと思うと合点がゆく」
でしょう、とフィライトが得意顔でうなずく。
「黒髪の聖女さまはあえて過酷な道を選んだのです。そこで困っている多くの人たちをお救いになるために……! ああ! なんて素晴らしいのでしょう!」
悲しいことに、この予想は全くの的外れであった。
セイは巡礼するつもりもなければ、人助けの旅をしているつもりもない。
彼女は単に気の向くまま旅しているだけだった。
そして、陸路を選んだのは、単純に師匠の工房が人外魔境の地にあるからだった。
……それと加えるなら、航路の存在を知らなかったからである。無論、彼女の仲間の一人ゼニスならば、エルフ国への航路を知っていたのだが。
ゼニスは奴隷という立場であるため、あくまで主の行動にいちいち異を唱えたりはしない。
セイが陸路を選んだので、もっと安全で快適な海路があるとは言わなかったのだ。
ボルスは恋人に言う。
「まあ……それが事実かどうかはおいといてよぉ。これからどーするよ?」
「当然、後を追いかけますわ!」
「つっても陸路は危険だぜ……? 強い魔物ががんがんでてくるしよぉ」
するとリーダーが「そこは問題ない」という。
「あ? 問題ないってどういうことだよ」
「聖女さまが通った道に、魔除けの加護がなされていたからだ」
「はぁ? 魔除けの加護だぁ?」
「実際に行ってみるのが早いよ」
★
食料や水などを買い込み、さらにさっきの冒険者たちに同行依頼を出して、フィライト達は人外魔境の地へとやってきた……。
「んなっ!? なんじゃこりゃ!」
ボルスは目をむく。
キラキラと光り輝く、1本の道ができていたからだ。
この道から離れた場所に、狼型のモンスターが群れでいた。
だが決して、狼たちはこの光の道に近づこうとしないのだ。
「一体全体、どーなってやがる……?」
「聖女さまがくださった、【聖水】のおかげです」
「聖水だぁ……?」
リーダーがうなずいて、こないだセイと出会ったときのことを語る。
「聖女さまは我らに、魔除けの力を持つ聖なる水をくださったのです。そしてその効果は町に戻って、宿屋で行水するまでずっと続きました」
ボルスは目をむいて言う。
「し、しんじられねえ……魔除けのポーションは、確かに市場に出回っちゃいるが、数十分も保たないもんだぜ? 聖女さまと出会って何日も経ってるのにまだ持続してるなんて……」
しかも恐ろしいことに、聖水を使った彼らが歩いた道もまた、魔除けの力が付与されているのだ。
「素晴らしいですわ! 聖女さまは人が通れるように、こうして聖なる力を配って、人を通りやすくしてくださってる! なんと! なんと! 素晴らしいことでしょう!」
「ああ、さすが聖女さまだ。庶民であるおれらのために、無償でここまでしてくださるなんて! 本当にできたお方だぜ!」
リーダーもまた、フィライトと同じ、信者側にいってしまった。
ボルスは二人のテンションについていけない……。
「さぁ! 参りましょう! 聖女さまのところへ!」
フィライトは同志とともに、黒髪の聖女であるセイの後を追うのだった。