あなたへ。
ざぶーん、ざぶーん。
夕暮れの浜辺に波が打ち付けている。
それはまるで息をしなくなったルークを慰めるようだった。
「ルーク、あなた、死ぬの?」
結局、彼は頑張りを見せて処刑場からこの砂浜まで見事に泳ぎきってみせた。
彼はもう必死だった。
飢餓状態であることすら忘れるような勢いのある泳ぎだった。
そして、思っていたよりも早く陸地に辿り着いたのだ。
「せっかく自由になれるのに、こんなところで力尽きるの?」
つんつん、とルークをつついても返事はない。
私の問いかけに反応はない。
冷たい肌。
冷たい体温。
「可哀想に……」
その勇姿を見届けた身としては、死にゆくルークが可哀想であった。
情が湧いてしまったのかもしれない。
私らしくもないや。
「……」
ざぶーん、ざぶーん。
と、ここで遠くから馬が駆けてくる音が聞こえた。
「マーシャ様っ!」
やって来たのは王国軍の兵士たちだった。
「あら、あなたたち何をしに来たの?」
「ルークが脱走したと聞いて来ましたっ!」
あらま。対応が早いこと。
まあ、処刑場に定時の見回りが入ったのだろう。
「奴は息をしておりますか?」
「さあ? もう死んでるんじゃない?」
「そうですか、念のためトドメを刺しておきましょう」
そう言って、兵士はルークの頭上へ槍を構えた。
「待ちなさいっ!」
私は反射的に怒鳴っていた。
「その必要はないわ。彼は私が砂に埋めます」
「し、しかし……」
「いいから、あなたは去りなさい」
「は、はい。承知致しました」
戸惑いながらも兵士は私の言う通りに馬に乗って去っていった。
ざぶーん、ざぶーん。
「……ざまあない……な」
おや?
浜辺に着いてからピクリともしなかったルークの口から掠れ声が漏れた。
「ルーク、生きてたのね」
「ははっ……もう限界だよ」
笑っているつもりだろうが、ルークの表情は動いていない。
「マーシャ……、君には感謝しておくよ」
「感謝? どうして?」
「君が海に突き落としてくれたおかげで……僕は罪人としてではなく……ルーク・オブスタインとして死ぬことができる」
「そう。恨んでいるかと思ったわ」
「ははっ……恨み半分だけどな」
「祟らないで頂戴よ?」
「君が僕をちゃんと葬ってくれるのなら……僕は大人しくしていよう」
「わかったわ」
「来世で待ってるよ。次は結婚しようぜ」
「ふふふ。そのときも王子様でいるなら考えてあげるわ」
はっとルークが自嘲するように笑った。
「さよなら、性悪女」
「さよなら、元王子様」
そして、ルークは動かなくなった。
ざぶーん、ざぶーん、ざぶーん。
波がルークの亡骸を拐わんとする。
私は約束通りにルークの身体を砂に埋める。
波打ち際から離れた大きな木の根元に弔おう。
「これで正しかったのかはわからないけれど、あなたが感謝してくれたのなら、それでいいのかもね」
夕暮れはすっかり暮れて夜になってしまった。
私とルークの関係が終わるには誂え向きの静寂だった。
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