1日目
今日も海がきれいだった。
晴れ渡る空と相まって、どこまでも深いブルー。
陽射しと風が心地よい。
けれど、こんな絶景に場違いなオブジェクトが1つ水面に浮かんでいる。
海の上に建てられた十字架に人間が磔にされていた。
私は小舟に乗ってその十字架の元までやって来ていた。
「ごきげんよう、ルーク。気分はいかがかしら?」
そして、磔にされている男に声をかける。
「……」
金髪で童顔の可愛らしい彼は私の言葉を無視し、視線を遥か彼方へ追いやった。
「ルーク、無視は良くないわ。こうなったのも全部あなたのせいよ」
私ははあ、とため息を吐いた。
そもそもこうなったのはほとんどこの男のせいなのだ。
大人しくしていれば今頃、互いに平穏を享受できていただろうに。
「僕のせい?」
私の言葉が気に触ったのか、ルークはきつく私を睨んだ。
「ふざけないでくれ。僕がこうして磔の刑にされているのも、僕らの国が滅ぼされたのも、全て君たちのせいじゃないかっ!」
「あら。人聞きが悪いわね」
またため息が出てしまった。
どうやらルークは自分にはまるで非がないつもりだ。
「あなたが私との婚約を破棄したから全部壊れてしまったんでしょうに……」
「たかが婚約破棄ごときで国を滅ぼす必要があるのか? 王子を捕らえて処刑にする必要があるのか?」
「それは私に言われても困るわよ。お父様に聞いて頂戴」
「聞かないね。今さら」
ルークが吐き捨てるように言う。
まあ、確かにそれもそうだ。
磔にされて今さら何かどうこうできるわけでもないし。
「ていうか、私との婚約を"たかが"とは心が痛むわ、ルーク」
「知ったことか。それより僕らの国を傀儡にするために花嫁になって悲しくないのか?」
「あら。私はあなたとの将来に前向きだったわよ」
「ああ。そうかい」
そうして、ルークは黙ってしまった。
私が目を合わせようとしても顔を背けられる。
「お腹空かない?」
「……」
「寒くない? 体痛くない?」
「……」
「せっかく会いに来てあげたのだから、ちゃんとお話しましょうよ。暇でしょう」
「……チッ」
ルークが悪態をつく。
「僕は君になんて会いたくなかったよ。出会いたくすらなかったよ」
「懲りてないのね」
「今から反省したら君は僕を助けてくれるのか?」
「それは無理ね」
残念ながらルークの磔には政治的な意味もある。
私の独断では解放してあげられない。
まあ、解放するつもりもないけれど。
「じゃあ君は何をしに来たんだ? 磔にされてゆっくり弱っていく僕を笑いに来たのか?」
「はははっ」
「何がおかしい? 笑うところではないよ」
「いやあ、ね」
自覚あるんだと思ってさ。
「これはそういう刑だろう。いつか鳥に食べられて僕はいなくなる」
「あらまあ。可哀想に」
「言葉に心が感じられないぞ」
だってそりゃあ本気で可哀想ではないもの。
「酷い女だな、君は……ってどこに行くんだ?」
小舟を漕ごうとする私にルークが聞いた。
「どこってお腹が空いたから帰るのよ。何、まだいてほしいの?」
「そんなわけあるか。さっさと消えてくれ」
「はーい」
じゃあ明日も来てあげるから元気でね~。
手を振る私に、しかし、ルークの反応はなかった。
磔の刑、1日目のことだった。