第1章一節 -旅立ち、峠を越え王都へ-
登場人物
・ティッキー(Ticky Kharim)
アランス村出身の魔術士。
・ヴィオラ(Viola Alfirede)
王都レムザストルの冒険者ギルド『協会』の双剣士。
・ベアトリス(Beatrice Ansrolia)
正義の神に仕える聖堂出身の少女。
・フィー(Fee Eridnise)
王都の宿屋『剣を抱いて眠る竜』の主。
アランス村より王都へは一日中休まず歩いたと仮定して丸2日程度、実際には峠を歩き、野宿もするのだから3日以上掛かるという。
村を発ち、既に一日が経過するという頃にはティッキーも王都についてある程度は理解してきた。
「…そんな訳で協会は石頭の貴族達のせいで他の国より冒険者という事業の認識が遅れてて…」
ヴィオラから主に協会について話を聞く。何処かへ行ってしまった幼馴染を探す為、これから協会を頼る事も多くなるだろうと思ったからだ。
「…8年前、レムザストル国王ルドルフ・マグノリア・レムザスの急死により当時7歳の王女様が次期国王として王座に着いたんだ。その時に…」
「7歳?という事は子供の時から王様って事?」
然し自身の決意よりも興味を惹かれた内容に思わず食い付いてしまう。
「女の子だったから女王様だね。と言ってもレムザストルでは君主として正式に即位出来るのは16歳からという法があるから、それまでは代々王家に仕えてきたワーグナー家の御子息が摂政として国を纏めてた」
流石に小さい子に政治は任せられないしね、ヴィオラはそう付け加えた。
「この摂政、今は宰相として国政を担ってるんだけど、この人が中々の堅物らしくてねー。国を跨いで活動する冒険者が気に食わないらしく、ギルドという冒険者稼業が王都内で普及するのに時間が掛かった原因とまで言われてるよ」
「へぇー、よく出来たね、協会」
「エルザ王女様のお陰だね、エルザ様は冒険者稼業に理解のあるお人なんだ」
気が付くと協会についての話が、王家の話へと脱線してしまった。
「…とと、協会についての話だったね、まぁそんなこんなでうちの冒険者ギルドっていうのはまだ歴史も浅く、登録冒険者もそんなに場数を踏んでない奴らが多いの」
ヴィオラは申し訳なさそうに肩を竦めた。
「だから頼ってくれたら嬉しいんだけど、若しかしたらあまり力になれないかもしれないんだ。…その時はごめんね?」
「いえ!大丈夫!なんでも協会に頼りっきりにするつもりは無かったし、それに」
ティッキーは続ける。
「リデルは絶対に私が見つけてあげないと、じゃないと…リデルはまた一人になっちゃう」
「…また一人に──」
そう聞き返そうとして、いきなりティッキーを抱き寄せ物陰に連れ込むヴィオラ。
「えっ!ええ!?」
突然の事で状況が把握出来ない。戸惑いながら自分を抱きしめる女性を見上げると、その表情は鋭く遠くに向けていた。
「…静かに、剣戟が聴こえる」
「え?」
耳を澄ませると、穏やかな峠道には不相応な気配を感じた。
男の怒声と金属がかち合う様な音。少なくとも喧嘩とは思えない、殺気立った気配。
「…山賊?」
ティッキーは落ち着きを取り戻しつつ、ヴィオラに訊ねた。
「多分ね、あまり余計な荒事には巻き込まれたくないんだけどな〜」
二人は不穏な音を頼りに現場を特定していく。感覚を研ぎ澄まし慎重に音を聞き測る。
剣戟の音は二人の居る場所とは一段下の道、ここから先に進めば道を折り返して辿り着く所から聴こえてくる。身体を潜め見下ろすと武装した男達の存在が確認できた。
数は四人、その全員が一人の少女を襲撃している。
「彼奴ら…!」
咄嗟に集中し魔力を溜めるティッキー、だがそんな正義感溢れる魔術士をヴィオラは制止した。
「待って、少し様子を見て」
集中を解き、言われたまま下を覗う。
少女一人に対し男四人、男達は既にそれぞれの得物を手に少女へ襲いかかっている。
「ぐあぁっ!」
然し想像した展開とは異なり、少女は手にした大剣で暴漢共を正確に捌いていく。
戦況を完璧に把握しているのか、一見動きにくそうなワンピース姿でも上手く立ち回っていた。
「凄い…あんな大きな剣を持ってるのに」
身の丈程有りそうな長大な剣を片手で振り回し、確実で効果的な斬撃を返していく少女。
不意にカチャリと近くで音がした、ヴィオラが剣に手を掛けた音だ。
ヴィオラの表情は険しく一点を見つめている。視線の先を追うと一瞬何かが光った。
(弓だ!)
物陰から大剣を持った少女を狙っている。まだ他の男達が居るからか、矢先はフラフラとして定まっていない。
(この状態だと私達の方にも矢が向くかも、下手したら返り討ちだ)
隣の双剣士を見る、自分と同じ事を思案しているのか、隙を窺っている様だ。
そんな事を考えていると眼下の戦闘は終局に迫っていた。
既に3人倒れ、一人となった男が剣を構え直し少女と対峙する。
ジリジリと距離を変え少女の出方を図っている。
(矢の射線上に誘導する気だな?させるか!)
ティッキーは静かに魔力を溜める。一瞬だけ男達の注意を引けばいい、そうすれば後はヴィオラに任せても大丈夫な筈。
男達に気付かれないようゆっくりと構える。然し此方の準備よりも速く、少女が斬りかかってしまった。
「なっ、危ない!」
思わず声を出してしまう。
相対する男の方へ駆け、伏兵の射線上に踏み込む直前、少女はくるりと身体を返した。
スカートが翻り、白い太腿があらわになる。そこには小さな短剣が装着されていた。
剣を持ち替え短剣を引き抜く。駆け出した勢いのまま弓の射線に入ると手にした短剣を伏兵目掛けて投げ付けた。
ヒュンっと風を切り、短剣は身を潜めていた男の額へ刺さる。斃れた仲間の方を見て焦る暴漢に少女の大剣が食い込んだ。
「私達の出番無かったね」
安堵の息を洩らし、剣の柄から手を離すヴィオラ。
「だね…でもあの子すごいよ。私と歳が違わなそうなのに」
ティッキーが感嘆を上げる、然しすぐに先程とは異なる緊張が走った。
「わっ、あの子こっちに来るよ」
少女の進行方向には折り返しの曲がり道がある、このまま進めばいずれ鉢合わせる事になる。
二人は慌てて身を整え、何事も無かったかのように先へ歩む。
峠道の丁度曲がり角、大剣を携えた少女と向かい合う。
「こんにちは…」先の様子を知った故か、緊張で思わず声を掛けてしまう魔術士。
「…こんちわ」
顔を少し向け、挨拶を返す少女。
金髪で前髪を切りそろえ、緑色の瞳をしている。
その表情には愛想や疲労は無く、何処か淡白な印象を受けた。
「沢山の死線をくぐり抜けて来たのかな?」
少女の背中が見えなくなった頃を見計らい、同行者の双剣士に話し掛ける。
「アレは相当渡り歩いてるだろうねぇ」
そんな事を言いながら、ヴィオラは地に伏せた暴漢達の死体を蹴り上げた。
「此奴ら…どう思う?」
「どうって?」
剣を一振り抜き、気になる箇所に切っ先を向けながらヴィオラは話しだす。
「遠目だと気づかなかったけど、此奴らの装備、随分精巧な造りをしてると思わない?」
その話を聞き、倒れてる男達の装備を確認してみる。
「なんだろ…結構しっかりしてる武器だ、山賊ってもっとこう、ボロボロの武器使ってるイメージ」
「そのイメージもあながち間違ってないと思う。でもこれ程の代物は人攫いでも扱ってない筈」
「人攫い?」
聞き馴染みのない単語に反応する。
「居るんだよ、そんな輩が。正直最初はそっちだと思ってたけど…」
遺体から一本の短剣を拾い上げ、柄を確認するヴィオラ。
「人攫いなんて居るのか…ひょっとして、王都って治安悪いの?」
「んー、悪いって程ではないけど、こういう辺境の方では最近増えたって感じ。だから視界が悪くなる夜更けでは野宿は避けて朝方に身体を休めてたんだ」
先日の朝までに都合のいい地点に向かいたいと言っていたのは、そういう意味があったのか。
「夜間の移動が多いのはその為だったんだ…って、なにしてるの?」
突然男達の死体をまさぐり始めた女性にティッキーは問いかけた。
「お金と食糧持ってないかな〜って、やっぱ有れば便利だしさ」
確かに不届き者の亡骸に冥土への渡し賃など不要だろう。
然し既に動かないとはいえ、異性の身体に手を入れるのは流石に躊躇いがあった。
そんな新米冒険者ティッキーの思いをよそに、ヴィオラは手際良く遺品を集めていく。
「食糧は無かったけど、お金なら集まったよ」
汚れていた財布は棄て、男達の着ていたベストを見繕う。
かろうじて血の付いていないポケットの部分を剣で切り抜き、集めたお金を入れてティッキーへ投げる。
「あげる、これから何かと入用だと思うし」
「いいの?」
「全然集まんなかったし、どーせきたないお金なんだから、王都で必要な物を揃える足しにするといいよ」
「あ、ありがとうヴィオラ!」
正直きたないお金を持つ事に抵抗はあったのだが、それ以上にヴィオラの計らいは素直に嬉しかった。
山道を下り、王都への街道を歩く。
暴漢達の一件以来、特に大きな出来事は無くティッキーは案内人の話を聞き続けた。
取り敢えず先ずは宿を見つける事。幸い協会贔屓の宿があるようで都合してくれるらしい。
「何から何までありがとう」
「いいっていいって~。実は私の方にも下心があるし」
「下心?」
「宿に案内したら話すよ」
気が付くと大きな街道と合流していたらしく、広くなっていた道には人通りも増えていた。
やがて二人は王都の中へ続く立派な門扉の前に辿り着いた。
基本的に街への出入りは開放しており、余程不審な挙動さえとらなければ衛兵のお世話になることはないらしい。
そうは聞いてたものの、どうも落ち着かないティッキーはまじまじと兵士を眺めてしまう。
一人の衛兵と目が合ってしまった、咄嗟に頭を下げ会釈すると相手も同じ様に返してくれた。
「なんか雰囲気良い街かも」
「気に入ってくれると嬉しいよ」
初めて訪れた街中には関心を惹く建物や身なりが多かったが、流石に長旅の後の早々質問責めも難儀だろうと思い、ぐっと堪える。
大通りから噴水広場へ、一本の路地へ入り路地裏へ抜ける。すると賑やかな街並みから一転、開放的で緑豊かな空間に出た。
一瞬街の外に出たのかと思ったが、遠くを眺めれば先程くぐり抜けたばかりの城壁が見える。
「こっちこっち」
ヴィオラが手を振りながら呼ぶ、その先には小さな宿屋が建っていた。
手招きされるまま建物に入る、中は思っていたより広く二階へは吹き抜けとなっていた。
「いらっしゃいませ~…ってな~んだヴィオラかぁ」
明るく優しそうな声で奥から客人を迎える赤髪の女性、従業員だろうか。
「聞いて驚けフィー、久しぶりのお客様だぞ~」
「え!?」
フィーと呼ばれた女性は慌ててこちらへ駆け寄る。
「わっ、ほんとだ。んんっ、いらっしゃいませ!『眠り竜』へようこそ~」
「あ、ええっと、初めまして。今晩お世話になります」
「うん、初めまして。ずっと居てもいいんだよ?此処あんまりお客さん入らないし」
確かに立地も悪そうだし、先のやり取りでそれは何となく察していた。
「まあお陰で協会の客人なんかは案内しやすくて助かるけどね~、大体部屋空いてるし」
そう言ってヴィオラは受付に置いてあった帳簿へ記入していた。
正に勝手知ったるといった感じだ。
「協会からお金貰えるから何とかやっていけるけどさ~…。うちの店の宣伝してくれてもいいんだよヴィオラ?」
「それは協会への正式な依頼?」
「あー、イケズだぁ…」
ヴィオラから帳簿を受け取るフィー、記載された名前を確認してこちらを向き、
「えっと、ティッキーさん、だね。お部屋に案内します」
帳簿を抱え嬉しそうに微笑む。
扉から入り込んだ風がふわりとフィーの赤い髪を広げた。
案内された部屋は想像していたより広く、綺麗で、それでいて殺風景であった。
「ここは主に冒険者様に用意するお部屋なの。観光でゆっくり休むというよりは長期間拠点にしていただく為、お客様の装備とか自由に置いておける広めのスペースがポイントかな」
フィーは手際良く部屋の照明を灯していく。
「だからティッキーさんも自由につかってね。あ、でもベッドだけは壊さないでね」
「ありがとうございます、フィーさん」
「うん!それと、わたしには気を使わなくて大丈夫。変に遠慮されるとかえって意識しちゃう」
「あ、はい分かりま…んんっと、分かったよ…フィー?」
うんうんっと満面の笑みを浮かべて応えるフィー、普段よっぽど客が入らないのかとても嬉しそうだ。
「それじゃ、ごゆっくり~」
フィーが退出し一人残されるティッキー。荷物を置き、鎧とコートを脱いでベッドに腰掛ける。
「そうだ、ヴィオラの下心聞かなきゃ」
今まで半ば勢いに任せて行動してきた分、一人になってしまうと途端に不安を覚える。
たった今脱いだばかりの装備を纏い、部屋を出る。
階段を降り食堂と思わしき空間を覗き込む、然し肝心の双剣士の姿が見えない。
「あ、ティッキーさん、ヴィオラから伝言ー」
振り返ると先程の従業員が呼んでいる。
「伝言伝言、『協会に呼ばれたから一旦戻るね。明日また様子を見に来るけど、落ち着かなかったら協会に遊びに来て」…だって」
「うーん、協会の場所分かんない…」
「地図を描いてもいいけど此処からだと結構入り組んだ道程になるから人伝に行った方が良いかも」
帰りは協会の人間に教えてもらえばいい、フィーの提案に従いティッキーは宿を出た。
「流石王都、賑やかで活気があって…とても広い」
何気なく呟いた自身の独り言で確信できた。迷子になった。
フィーに言われた通り人伝に進んだものの、そもそも知らない街並みをまともに歩める筈もなかった。
「すみません、キョウカイって何処ですか」
既に何度も訊ねた言葉を使い回しすれ違う人々から情報を取得していく。しかし得れば得るほど逆に分からなくなっていた。
「こんなに複雑な道程なのか…?」
いつしか賑々しい街並みを離れ閑静な通りにでた。
恐らく裏通りなのだろうが道幅は広く日当たりが良い。
解放感すら覚えるその道を訊ね聞いた通りに進むとやがてそれらしき建物が見えてきた。
冒険者が集うギルドという割には随分と厳かな建造物だ、そんな事を考えながらティッキーは扉を開け中に入る。
「ああ…成程」
しかし、建物の中を一瞥し即座に自身の勘違いに気付く。
「何が成程なのかは知らないけど、取り敢えず礼拝ではないことは確信しても?」
「あ、はい、すみません」
教壇の奥に腰掛けていた女性が話しかけてきた。丁度陽が当たらない暗がりに居た為すぐには気付かなかった。
「『教会』へようこそ、今日はどのような迷いを?」
ティッキーに近づきながら女性が尋ねる。
歳は自分より上だろうか見た目より大人びた印象を受けた。紫の髪を腰まで伸ばし眠たげな眼差しをしている女性は此処の司祭か何かなのだろう、歳不相応な仰々しい装いに思わずたじろいでしまう。
「ええっと、キョウカイに行きたくて、でも迷子で…」
「?」
意図が把握出来なかったらしい女性は顎に手を当てて思案した。然し答えが導かれるまでそう時間は掛からなかった。
「ああ、『協会』…ギルドの方ね」
「あ、そうですそれです」
「随分道を逸れてきたのね…。いいわ、案内してあげる」
迷子が反応を示すより早く女性は引き受けた。
「え?あっ…」
教会はいいの?という疑問と協力を申し出てくれた言葉への感謝が同時に浮かび一瞬口籠る。
そんなティッキーの表情から疑問への回答だけを述べる。
「いいの、どうせ誰も来ないし。暇だったから」
もしも司祭なら尤もらしい言葉が欲しかった。
そう考えているうちに司祭らしき女性は外に出てしまう、ティッキーは慌てて後を追った。
先程自分が歩いた道程はなんだったのか、案内人について行くうちに人気の多い大通りへ出る。
「おい、あれ…」「珍しい…」「こんな所へどうしたんだろう…」
数こそ多くないものの何人かが案内人の女性を見てそんな事を呟く。
やはり教会の司祭ともなると普段平民区までは訪れないのだろうか、好奇の視線を向けられティッキーは若干の居心地の悪さを覚えた。
対して案内人の女性は臆面無く目的地へ進んでいく、浮世離れには慣れているのかもしれない。
「着いたわ」
不意に声を掛けられ我に返る。どうやら協会に着いたらしい。
立派な門構えではあるが想像より小さな建物だ。
「あ、ありがとうございます…」
ティッキーはお礼を言おうとするが女性は構わず建物の中へ先行してしまう。
「いらっしゃいませ!協会へ……え?」
受付嬢が挨拶を掛けてくれた。
冒険者の拠点と言うからには物々しい内装を想像していたが実際はかなり異なった。
フィーの宿屋をもう少し大きくしたような、暖かみすら感じるアットホームな雰囲気だ。
「ベアトリス様!?」
同行してくれた案内人を見て受付嬢は声を上げた。慌てた様子で身嗜みを整え始める彼女を案内人は声で制する。
「楽にして。別に貴族じゃないんだから。此方のお客さんが迷子になってたから案内しただけ」
「へ?」
そこまで異様な事を述べてた訳ではないと思うが相当慌ててたらしく受付嬢は気の抜けた返事をした。
「じゃあ、私は帰るわ」
案内人はティッキーの方へ向きそれだけを述べる。
「え?あ、はい。ありがとうございました…」
先程言いかけたお礼を言うと案内人は振り返りもせず協会から出ていった。
同行者の気配が遠のいた頃を見計らって、ティッキーは受付の方へ向く。
「えーと、ヴィオラに言われて来たんですが」
「え?ヴィオラ?」
余程緊張していたのか受付嬢は一瞬考え込む。
髪を後ろに縛り、つり目がちな顔付きからは何となく仕事の出来る女性という印象を受けたが今の受付嬢はどこか愛嬌があった。
「あ、ああ!ヴィオラの!」
事情を把握したらしい受付嬢はやっと平静を取り戻した様だ。
その声を皮切りに奥からぞろぞろと冒険者達が出てきた。
「お前すげーな…教会の司祭様に案内させるかふつー」
「何者なんだ?貴族か遠征冒険者か?」
「うら若きお嬢さん。貴女のお名前は?」
「お金持ってなさそう…新人?」
いきなりの質問攻めに気後れしていると受付嬢がヴィオラを呼んで来た。
「大変だったねぇ…やっぱ地図描いとけば良かったかな?」
「あ、ヴィオラ」
「わざわざ訪ねてきてもらってごめん、こっちに来てくれるかな?」
そう言いながら数枚の紙を束ねて奥に向かうヴィオラ。ティッキーは言われた通りについて行く。
「いやぁ、わざわざありがとうね」
案内された部屋は普段は冒険者達の憩いの場なのだろうか、広く解放的な空間の隅でティッキーは椅子に座りヴィオラと向かい合う。
招かれた際に先程の冒険者達と受付嬢までついて来た辺りヴィオラの言う下心に変な意味はなさそうだが、それでも見知らぬ土地で今日初めて会った人達に囲まれるのは穏やかではない。
そんなティッキーの様子を流石に理解したヴィオラは手を払い冒険者達を追いやるが、それでも遠くから眺められる。
「いや、まじごめん…彼奴ら今日は暇みたい」
「い、いえ大丈夫。…それで、下心って?」
ティッキーの問いに応える様にヴィオラは一枚の書類を差し出す。
「『協会登録申請』?」
「うん、実は先日のサイクロプスを見た時からずっと考えててさ。事情は聞いたにせよ、たった3人であんなヤツと対峙出来る術士は凄いと思ってね」
ヴィオラは言葉を続ける。
「前に話した通り、うちはまだ歴史の浅い小さな冒険者ギルドなんだ。だから是非協会に参加して欲しいなーって思ってさ」
「冒険者ギルドに…」
ティッキーは申請書に目を落とす。
「これから先、何かと入用だと思うし協会の名前を使えば仕事も受けやすいから。うちらとしても強力な冒険者が
増えてギルドとしての信頼も高まるし、それに…」
「それに?」
「協会に居てもらえるとリデルちゃんの情報も集めやすいと思う。何だったら彼奴らも使えるし」
そう言うとヴィオラは野次馬と化した冒険者達を指差す。
距離的に話の内容は聞き取れていないだろうが指差された冒険者達は思い思いに自身をアピールする。
「…まあ彼奴らは頼りないと思うけど、私も協力するしさ」
確かに協会へは何度もお世話になると想像していた。
これから暫くの間、この街に滞在する事を考えると寧ろこの誘いは魅力的ですらある。
「そうだな…よし」
手渡された書類に何度も目を通し、ティッキーは答えた。
「協会に入る!」
外野から歓声が上がった、新しい仲間が増えた事が嬉しいらしい。
「良かった!歓迎するよ、ティッキー!」
ヴィオラも嬉しそうな声を上げる。
「それじゃ今からティッキーは協会のメンバーだね。明日から協会のルールを改めて教えるよ。あ、これにサインだけお願い」
ティッキーがサインを書くと受付嬢がニコニコしながら取りに来た。
「よろしくお願いします。ティッキーさん」
「はい、よろしくお願いします!」
「ねえ、明日出来そうな依頼あるかな?」
ヴィオラが受付嬢に訊ねる。
「仕事の流れを纏めるだけなら…シアちゃんのはどう?」
「シアの?そういえば今月はまだだったか」
二人の会話を聞いていた冒険者の一人が依頼書を持ってきた。
背が高く、目深に着けたバンダナ姿から荒々しい印象を受けたが中々気の利く男性らしい。
「そうだね…シアなら此方の都合も理解してくれるし、明日この依頼受けるよ」
「オーケー、じゃあ仕分けとくね」
「うん、お願い」
ヴィオラはティッキーの方へ向き直る。
「それじゃ、明日フィーの宿まで迎えに行くよ。協会の仕事を教えるからいつでも動けるよう準備してて」
「うん、分かったよ」
「今日は疲れてると思うし、後で宿屋まで送るから待ってて」
そう言うとヴィオラは席を立った、ふと何かを思い付いたのか再びティッキーへ振り返る。
「…あ、街の地図要る?」
「…うん」
二人はお互いに苦笑した。